足りないって、思った。
熱が溢れるのに、どんどん身体は熱くなってきて耐え切れなくなりそうなのに……足りない。
そんなんじゃ、足りない。
「やっ……黒崎っ……も、指、やだっ」
苦しくて、それでも指だけじゃ、十分な熱が与えて貰えなくて……。
「どうしたい?」
黒崎がそんな事を意地悪く訊いてくる。僕が、何を欲しいかなんて、解ってるだろう?
僕は、君が欲しいんだ。
黒崎は?
まだ、僕を好き? 君はまだ僕を欲しいって思ってくれている? 君の中にまだ僕の余地はある?
「……欲しいっ……」
僕は君が欲しい。
欲しくて、貰えないから足りない。
黒崎が欲しいんだ。嫌いにならないで。僕を好きでいてほしい。僕から離れないで。君は、僕のだ。
黒崎の質量を、熱量を感じたくて、だから。
「黒崎が、欲し……」
黒崎の指が、抜かれた、そして……。
「っ……あっ…あぁあっ」
中に入って来る……黒崎の……。
「……黒崎っ……」
身体を割り開かれるような、内蔵を押し上げられるような、そんな圧迫感。
「……あっ……ふっ、ぁ」
呼吸を整える暇も無く、ずんずんと、黒崎の腰が僕の身体を押し上げるように、中を突いてくる。
熱が、広がる。黒崎と繋がっている場所から、身体中に熱が伝わってくる。熱くて、指先までも熱くなって、髪の一本一本までが、黒崎が支配していくような、そんな熱。
こうやって、僕の身体の中に熱が広がる。熱くなって個体だった僕はどろどろの液体になってしまい、血液すらも沸騰しているような錯覚がする。
「……黒崎っ」
「石田……も、俺」
「黒崎っ……」
黒崎の首にしがみついて、どこか遠くに飛ばされないようにしがみついて……。
「……くっ」
黒崎が僕の中に熱を吐き出して……、僕もその温度に
「あっ……―−っ!」
弾ける。
「………黒崎の馬鹿」
「っ、何だよ、お前っ! 開口一番にそれかよ」
「黒崎の馬鹿」
僕は、もう一度言った。ちゃんと黒崎の目を見て言ってやった。どうやって言っていいのか解らなかったけど、僕の気持ちを的確に表現できるのはこの言葉しかないと思った。
まだ、呼吸は上手くできないけれど、それでも黒崎に言わなきゃって。
「………悪い」
「謝るな、馬鹿」
「じゃあ、どうすりゃいいんだって!」
ろくに呼吸も整っていない繋がったままの僕達は、互いに見つめあったままで、そんな距離で。
「………何だよ、お前」
黒崎に文句を言われた。勿論黒崎が怒っているのは当然だと思う。
この状態は明らかに僕が招いた惨事だ。授業もサボってしまい、こんな場所で、服もぐしゃぐしゃになってしまい……シャツ、どうしようかって、自分の状態を把握して、今更ながらに青ざめた。
でも、
「それは黒崎の方だろっ!」
僕は、だってそれどころじゃなかったんだ。
黒崎が勝手に僕を好きになって、勝手に僕に飽きた。僕はいつまでそれに振り回されればいい? 黒崎が僕を好きになってくれて、僕はどうしようもないほど黒崎が必要になったのに、黒崎が僕に飽きてしまったら、僕の気持ちはどこに向ければいい?
「悪い」
「謝るな」
「……ごめん」
「………」
黒崎が、ずるりと抜くと、中から黒崎が出したものが溢れた。その感触に、震えた。
あんなに熱かった身体が急速に冷えていく。気体になっていた僕は、また固まって固体になり、僕を作る。
「石田……ごめん」
謝るってつまり心当たりがあるって事だろう?
そんな事聞きたくない。心当たりなんて、知りたくない。
君がずっと僕のものであればいい。僕の事を好きじゃない黒崎なんて、嫌いだけど、嫌いになるなんて許せないから、だから、心変わりなんて許さない。
君は、ずっと僕の物でないと、嫌なんだ。
「なあ石田、その……気持ち、良かった?」
……情けない、と思った。答えられるはず無かった。
嫉妬して、こんな事をして……嫌われても仕方がない真似をしたんだ。
黒崎が僕から離れていくのが許せなくて、僕が黒崎に手を出して、黒崎を挑発した。こんな浅ましい真似をしてまで僕は黒崎の心を僕にとどめておきたかった。
黒崎はいつも身体を重ねる時は、僕を壊れ物のように優しく扱う。壊れないのに、僕はそんな事じゃ壊れないのに、黒崎はいつも優しくて、僕に気を使っていたから。大事にされているのは嬉しかったけれど……でも僕は黒崎に大事にされたいわけじゃなかった。僕だって同じように黒崎を大切にしたいけれど、僕がどうすれば良いのかなんてわからなかったし……伝えられなかった。
今日、僕の挑発に乗ってきた黒崎が初めて怖いと思った……それでも。
僕でこんなに余裕を無くした黒崎を見たの初めてだった。嬉しかった。
僕で感じてくれている黒崎が嬉しかった。
そんな事は言えないけど。
まだ、君は僕を好きだって、そう思ってくれている? 少しでも君の心は僕にある?
僕ばかりが君を好きでいて、僕はそれがずっと怖かった。
いつか黒崎が居なくなるんじゃないかって思っていた。きっと今がその時なのかもしれないけれど……。
そもそも黒崎が僕に飽きたならそう言えばいいんだ。
気持ち良かったって、訊かれた。当たり前だって思う。最初の頃は痛いって思ったり苦しいって思う事もあったけれど、それ以上に黒崎が僕に優しかったから、気持ち良かった。
今僕の挑発に乗って来てくれて、余裕のない黒崎が嬉しかった。黒崎とこういうことをして、僕が気持ち良くない事なんて無いのに……
「……何で?」
何で、そんな事を訊くんだ?
「いや、だって……いつも誘うの俺からだし、お前素っ気ないから……」
「は?」
素っ気ないって……黒崎の目に、そんなふうに映っていたのか!?
確かに、黒崎は僕を選んでくれたけれど、いつか僕に飽きてしまって黒崎が離れるかもしれないって思って恐がっていた部分はある。ずっとそう思っていたけれど。
「だからさ……もしかして、いつもの感じよりも、石田こういう方が好き?」
「……こういうって?」
「無理矢理系っていうか、激しめの方」
きっと今僕はとても間の抜けた顔を黒崎に見せてしまったと思う。
「……は?」
どうしよう。
黒崎が何を言っているのか解らない。
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20130619
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