状態変化 07 






 たぶん喋っているのは日本語だと思うんだけど、僕が黒崎と話している内容だと思っている部分と、黒崎の言葉とあまりにも深い溝がある……ような、気がするのは何故だろうか。僕としたことが黒崎の言っている内容がさっぱり解らない。黒崎は基本的に単純にできているはずなのに、僕が理解できないなんて。

「君が、僕に飽きたんだろう?」
 そういう事だろう? だから僕が怒って君を挑発した。今はその話をしているんじゃないのか?
「……は?」
 黒崎は、さっきの僕と同じような顔をしたんだと思う。目を丸くして、口を開いて、僕を凝視した。

「だから、君は、もう僕が要らないって……そう言う事だろう?」

 黒崎が僕を選んだんだ。選んでくれて……結局黒崎は僕を要らなくなったんだ。


「は? 何だよ、それ。ちょっと待て。てめえを中でどんな結論出てんだよ」
「……君が……僕に飽きたんだろう? 君が別れたいって言うなら……」

「ちょ、待て。待て待てっ! 何でそういう事になってんの!? 別れるって、お前どうなったんだ!」
「そうとしか考えられない」
「どうしてそう考えられんだよ! 一人で勝手に暴走すんなよ。俺の話も聞けよ」
「話?」

 今更、何の話があるんだ? もう、結論は出てるんじゃないか。

「ごめん……俺、お前のこと、試した」
「試すって……」
「だから……お前から声かけてくれんの待ってた」

「………?」
「だから、まあ……大成功?」

「………は?」

 黒崎が、どういう意図があるのか、僕にはわからなかったけれど、僕が声をかけるって……どう言う意味だ?

「俺ばっかりお前が大好きで、告白したのも俺からだし、お前態度冷たいし……」

 そう、ぶつぶつ言いながら、黒崎は自分の首筋をガリガリと掻いた。
 ……誰かに付けられた……キスマーク……黒崎が僕の肌によく残す痕と、似ていて……似ているけど……黒崎が掻いている部分が赤く広がっていく。

 て、もしかして? それは鬱血の痕じゃ、ないのか?

「黒崎そこ……首、どうした?」

 もしかして、キスマーク……じゃ、ないのか!?

「あ、昨日蚊に刺されたみたいでさ」
「………蚊?」
「たぶん。痒いし」

 勘違い?

「……そう。赤くなってるよ」

 僕は勘違いをして、蚊なんかに嫉妬したのかっ!?

 蚊だったらしい……なんて事だ、蚊のせいで僕は……いや、違う。紛らわしい場所から血を吸わせてる黒崎のせいで、ただでさえ修行なんかで休みが多いのに、授業を受けなかった。単位は大丈夫だろうか。なんでそんな場所、蚊に食われてるんだよ!

 全部、黒崎のせいだ、君が悪いんだ!



「石田……悪かった」

 自分の中の自分に対するどうしていいのか解らない憤りを自分の中で黒崎に責任転嫁したら、謝られた。

「黒崎……」
 黒崎が僕を引き寄せて抱き締めた。黒崎の腕の中で黒崎の体温を感じた………これだけでも僕は、幸福を感じて、意識がふわふわとしてしまう。僕は本当に黒崎が好きなのだと自覚する。

 どうやら、本当に好きすぎて、僕は蚊に嫉妬して、授業をサボってこんなことをしてしまったらしい。
 だって、そんな場所、やめろって言ってもいつも黒崎が僕の首に付けてくる場所と、だいたい同じだったし……

「………もういいよ」
 もう、本当に。僕が悪いんだ。そのくらいわかってる。全部、僕が勝手に暴走したんだ。謝られたら謝られただけ僕が惨めになるような気がする。

「悪かった。乱暴にしちまって……怖がらせたりしなかったか、お前」
「別に………」
 別に……って、言ったけれど、それなりに僕の状態はひどいものだ。シャツのボタンを探さないと……ここが被覆室でよかった。ボタンが飛んだだけで、シャツの布地には影響はないから、ボタンさえあれば二、三分で済む。

「ごめん、石田」
 怖くなかったわけじゃない。やっぱり、怖かったけど……でも、少し嬉しかったと言うか……僕の事だけ見つめて余裕がない黒崎を見て、安心したというか……。
 いつも優しいから、とても優しくて、僕だけが気持ち良くなっているような気がしていたから……だから、君の気持ちが少しでも僕にまだ向けられている事が、嬉しくて。

 それに、謝るのは僕の方だ。
 黒崎が僕から離れていくのが、僕にはどうしても許せなかったんだ。
 覚悟、していたはずなのに……僕は、黒崎を引き止める努力もしなかったのに、僕から離れていかないで欲しいだなんて、それが許せないだなんて……覚悟なんてできていなかったんじゃないか。
 こんなに、黒崎の心を僕に置いておきたいなら、僕は自分でもっと努力をすべきだったんだ。




「でも、ま、効果あったな。押して駄目なら引いてみろ作戦。水色に相談してみてよかった」

「は? 作戦?」

「お前あんまわかんねえから。好きだって言ったって顔色変わんねえし……」

 黒崎が僕の耳元でそんな妙な事を言う。

 好きだって言われて、態度変わらないって、毎回僕の中では大恐慌だよ!
 毎回その言葉でどれだけ僕がいっぱいいっぱいになってるかなんて、解らないだろ。心臓なんか一回ごとに止まったり弾けそうになったりしてるんだからな。
 そんなかっこ悪い所に気付かれてなくて良かったよっ!

 いや、それよりも、小島君に相談したって……!!

「だから、石田って意外と俺の事好きなんだって、解った」

「……」
「言わねえからさ、わかんねえよ、お前」
「………」
「お前の事試すような真似して悪かったって思ってるけど」




「これで……解っただろ」

 これで、僕が、どれだけ君を好きなのか、解っただろ?

 そんな事試されなくても、僕が君から僕の心を離すことなんかないのに。

「ああ、解った。石田もちゃんと俺の事好きだって、解った」

 僕を抱きしめていた腕を、少し緩めて、黒崎は僕の顔を覗き込んだ。おでこをくっつけて黒崎は、笑った。
 本当に嬉しそうに、笑った。

 この笑顔……好きだなって思う。
 黒崎が僕だけに向けてくれているその笑顔が、僕は嬉しくて。

 黒崎が笑ってくれているのが、僕には本当に嬉しくて。



「そっか。俺の方が好きだと思うけど、石田も俺の事好きでいてくれんだ」

「悪いけど、負けないよ」

 黒崎の笑顔をもっと見たくなって……たまには言ってやろうかな、って思った。




「黒崎」

「ん?」


「……僕は、本当に君が大好きだよ」


 黒崎は顔を赤くして、だらしないくらいに溶けた笑顔で、僕のことを抱きしめた。










20130710
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