黒崎はあまり自分のことを話さないから、彼女とうまく行っているのかは、よく解らないけれど、それでも黒崎が楽しそうにしているのを見るのは嬉しい。ちゃんと付き合ったりしているのだろうか。黒崎が何も言わないから、どうなっているのかわからないけど。
きっと、彼女とは付き合っているのだろう。そして、黒崎のことだ、好きな人はとても優しくするんだろう。
黒崎が嬉しいなら僕も嬉しい、と……あと少し、寂しいけど、不思議なことに僕は落ち着いていた。もともと覚悟はしていたけれど、それでも僕は泣いたりしなかった。
変なの……。
もっと荒れると思った。
たくさん泣いて、情けないくらい泣いてしまうんだと思っていた。諦めたいって、まだ思わないけど、諦めたほうがいいって思っているけど、でもこのまま僕が黒崎を好きでいることだって、絶対に隠し続けていれば大丈夫なんだ。
僕なら、きっとそれができる。このままずっと好きでいたっていいはずなんだ。言わなければ誰にも迷惑をかけることもない。黒崎にも、僕にも。
でも……阿散井が。阿散井だけが、
阿散井は、僕を好きだって言ってくれた。僕は黒崎が好きで、諦めようって思っても諦め方も知らない。
それでも阿散井は僕が好きだって言ってくれているのに、僕は何も返せていない。
それどころか、僕は阿散井に黒崎が好きだって言ったけど、黒崎自身には僕の気持ちを伝えたことがない。伝えようとも思っていなかったけれど。
でも……それじゃ、僕が阿散井よりも負けているよな感じがする。
何も返せていないし、そもそもまだ僕は阿散井と対等な立場でもない。
「黒崎、知ってる?」
「何?」
「僕は君が好きなんだよ」
僕は、黒崎に言った。
ずっと伝えないまま、心の中にとどめておくつもりだったけれど……でも、僕が黒崎を好きでいるために、阿散井に対してこのままじゃ誠実じゃないって思った。
僕も黒崎に告白して、その状態なら阿散井と僕はようやく対等な立場になれるんだって、そんなふうに思った。
「……」
黒崎は、驚いていた。当然だ。
僕だって突然言われたら驚く。阿散井に言われた時は驚く以前に意味すら理解できなかった。
「石田……?」
「君が好きだって言ったんだけど、聞こえなかったのか」
「いや、まあ憎まれてた時から比べたら、まあ嬉しい、かな」
ほら、意味だって理解しようとしていない。それも僕の中では当たり前だったから、黒崎のその態度にいちいち呆れたりしない。
「友達としてじゃなくてって言えばいい?」
「冗談……」
「僕がそんな冗談を言うと思う?」
冗談だって笑い飛ばしてあげた方が、きっと黒崎のためなんだろうけど。僕は僕のために告白をしたんだ。黒崎のためじゃない。
僕のけじめのためだ。
「石田……俺……」
「うん。別に言いたかっただけ。気にしないで」
「……石田」
「忘れてくれていいよ。言ったから僕もこれですっきりした」
これで、いいんだ。
不思議なことに、僕はの心臓はいつも通りに鼓動していた。とりわけ極端に早くなったりしなかった。
「そこ、代入式間違えてるよ」
「あ、おう」
放課後の教室で、黒崎が受けられなかった授業の内容を復習していた。扉は前も後ろも空いていて、いろんな生徒が教室の前を通っていったけれど、教室には僕たち二人だけだった。
運動部がグラウンドで練習をしている掛け声が響いているくらいで、とても静かだったんだ。
「そこ、また間違えてるよ。単純な計算ミス」
「……おう」
僕がノートを指すと、黒崎は消しゴムで今の式を全部消した。全部消さなくていいのに、途中まではあっていたんだけど。今、僕が言ったことを一緒に消そうとでもしているのだろうか。
「あ……石田」
「ん?」
「……考えたこと無かったけど、お前、男だし……ちょっと考えらんないけど」
そうだよね。当然だ。
これで、ようやく僕はフラレた。これで僕のこの恋に終止符を打てる。
「石田のこと友達だって、それしか考えたことなかったし、それ以外で考えられる自信ねえし……」
顔を上げたら、黒崎が僕を見ていた。
「うん当たり前だよ」
当たり前だ。
僕だって自分の気持ちに気付いた時は自分にドン引きした。黒崎の反応はとても正しい。
気持ち悪いから、そんな風に思わないでくれとか言ってくれたって構わない。そうすれば僕は君を忘れる努力ができる。忘れるように努力をして、それでもその足掻きが無駄だった時は、悪いけど、迷惑は書けないようにするから僕が君を好きだってことぐらいは、君が諦めてくれよ。
「でも、お前が俺のこと好きだって、全然気持ち悪いとか思わなかったから。嬉しかったから」
………。
「………うん」
困ったな。
忘れなくてもいいって意味かな……忘れないまま、ずっと君を好きなままでいるのも、でもそれでもいいって言ってくれてるのだろうか。
よく、解らないや。
でも、ようやく僕はこれで、阿散井と一緒になった。
阿散井はちゃんと僕が好きだって僕に告げてくれたんだ。
僕だって黒崎が好きだって黒崎に伝えていなければ、僕と阿散井は対等じゃなかったんだ。
阿散井と対等になった。僕はもう阿散井に後ろめたい思いをする必要がなくなった。
僕も、君と同じなんだ。
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20121111
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