なんか……寂しいなんて、何で僕はそんなことを思うんだろう。
でも、寂しい。
来れば来たで、大きいし邪魔だし、鬱陶しいって思うこともあるし、阿散井が帰った後は台風が過ぎたようにどっと疲れるのに……僕は、寂しいって思っている。
あれから、阿散井が来ない。
もう一ヶ月も会ってない。
一ヶ月ぐらい、だ。一ヶ月なんてたかだか三十日だ。たかが七二〇時間だ……僕は四三二〇〇分も阿散井に会えないでいる。
どうしたんだろう……。仕事、忙しいんだろうか。
今まで週末になると僕の都合もお構いなしに阿散井は僕のうちの晩御飯を襲撃にやって来ていたから、その習慣がほんの少しのあいだに染み付いてしまったらしい。
金曜日や土曜日になると、オカズを作りすぎる。
今まで和食の方が好きで、煮物が得意だったのに、阿散井がカレーやグラタンやハンバーグ何かが好きだから必然的に洋食の腕が上がってしまった。
今日も来ないんだろうか……いつも僕の予定なんて聞かれたことなんてないし、いつ来るかなんて教えてもらったこともない。
なんで、来ないんだよ。
今日もこないの?
だってハンバーグ6個も流石に一人じゃ食べきれない。冷凍しておいてお弁当にしてもいいけど、味が落ちてしまう。せっかく美味しく作れたのに。今日は和風にしてみた。焼くんじゃなくて少量の出汁で蒸してみた。シソを刻んで大根おろしを添えてみた。いい匂いだし、きっとすごく美味しいのに。買い物も少し多く買ってしまった。バナナとか別に僕は食べないのに……何やってんだろう、僕は。
僕は、何をやっているんだ?
ハンバーグは自分でも満足する出来だった。美味しいって、思った。
でも、美味しいのは理解できるけど、美味しいって感じるのは舌の細胞が味覚の刺激を受けているだけだ。美味しいって感じているだけで、それが喜びに直結するわけじゃない。
……美味しいのに。
味がしない。
阿散井がここに居て、いっぱい食べてくれた時は、もう少し煮た方が良かったかなとか、胡椒入れすぎたなって思った時でも、美味しかった。美味しいって……違う。
きっと、嬉しかったんだ。美味しいって言ってくれて、僕が作った御飯をたくさん食べてくれたのが嬉し買ったんだ。
すごく上手に出来たんだ、今日のハンバーグ。僕ひとりで食べてる料理は、味がしない。
何で、阿散井は来ないんだろう。
確かに毎週来ていたわけじゃなかった。来れない時だってあったし、泊まりませずに帰った日だってあった。一応あれでも副隊長なんだ、忙しいのはなんとなくだけど、予想がつくけど。
もしかして、嫌われたかな。
って……思った。
愛想尽かすかな。そりゃ、当然尽かすよな。
だって、大して取り柄もなくて、女の子でもないし、男だし、人間で、滅却師だ。それでも僕が好きだって言ってくれたのに……僕は阿散井じゃなくてほかの人が好きだった。黒崎が好きだった。忘れるつもりなんてないって、諦めるつもりなんてないって……。
それじゃ、確かに愛想だって尽きるよな。
だって、何もいいことなんてない。
少し美味しいご飯を作ってあげられる程度のメリットしかない。そもそも擬骸がご飯を食べる必要ってあるんだろうか。無いなら、僕が作ったご飯がいくら気に入ってくれたとしても大した役には立たない。
やっぱり……嫌われたんだろうか。
そうかもしれない。きっと、そうなんだろう。阿散井がいくら僕よりもずっと寿命が長くても、いつまでも別の誰かを好きな相手を好きでいる必要なんて無いんだ。
きっと、もう僕を諦めたんだろう。
だって、来ないし。最近毎週のように来ていたのに、もう一ヶ月も来てない。このまま一生会えなくなる可能性だって当然ある。
三つ目のハンバーグに箸をつけようとしてやめた。僕はあまり早食いの方じゃないけれど、いい加減に冷めてきてしまっているし。本当に六つも作るなんて、馬鹿じゃないのか、僕は。
箸を置いて、ごちそうさまって手を合わせてから、気がついた。
赤い、霊圧。
「阿散井っ!」
僕は家の中を走って行ってドアを思い切り開いた。
今玄関のチャイムを鳴らそうとしていた阿散井が、僕を見て驚いたように固まっていた。
「びっくりした……あ、そっか。霊圧か」
いや、今更そんな事で驚いてもらわなくてもいいんだけど。
「久しぶり、石田。腹減った。何か作ってくれ」
阿散井が……来てくれた。
「………」
「石田、どうしたんだ?」
どうしたって、こっちが聞きたいよ。
ずっと……一ヶ月も来なかったくせに。
「……阿散井」
僕の言いたい事はただのワガママだって知ってる。
阿散井だって阿散井の生活があるんだ。僕だけしかないわけじゃないんだ。そんなこと知ってる。
「どした?」
一ヶ月ぶりに見た阿散井は……相変わらずデカイ。僕の頭一個分ぐらい大きい。
でも、少しやつれてた。
燃費が悪そうな巨体は相変わらずだけど、少し顔に披露の色が浮かんでいた。
霊体は擬骸に影響するらしいけど……。
「どうしたの?」
それは、僕のセリフだった。
どうしたんだ。らしくもない疲れてる顔色して。いつも週一ぐらいのペースで来てたのに、一ヶ月も来なかったし。
阿散井は、ああとかうーとか妙な言葉を発しながら言葉を濁しているようだったけど……何か、あったのかな。
「……ハンバーグ、僕の余りだけど、食べる?」
「おう!」
とりあえず、阿散井を部屋の中に入れて、目の前のハンバ
ーグに目をキラキラさせてから、鯨飲馬食って四字熟語がふと頭に浮かぶぐらいの勢いで見る間に僕が作ったハンバーグが消えていく……美味しいって思ってくれているのだろうことは解るけど、やっぱりもうちょっと味わって食べてくれてもいいと思う。
きっと冷凍する羽目になるんだろうって思っていたハンバーグは、本当に綺麗になくなった。
「で?」
食べ終わった食器を片付けてから、僕は阿散井に向き直ると、阿散井は当然のように僕の膝の上に頭を落とそうとするから、僕は全力で頭を押し返した。
今、ちょっと話があるんで、そういう事は後にしてもらわないと困る……いや、まず何でそう言うことをするんだってことも含めて全部色々話し合う必要があると思う。
「最近、来なかったけど何かあったのか?」
別に、忙しかったのなら仕方がないけれど。
阿散井は、不貞腐れたようにして、口を尖らせた……別に、責めてるわけじゃないんだけど……。
ああ、でも一ヶ月も会えなかったから、寂しいって思ってしまって、ちょっと僕も拗ねているのかもしれない。
「……無断でこっち来てたのバレた、から……」
「はあ?」
「いや、だから」
「無断、だったのか?」
つまり、今まで頻繁に僕に会いに来ていたのは、全部無断だったのだろうか。
「半分は許可とってたけどさ……バレた」
僕は死神の世界がどのように機能しているのかは良く解っていないから、それがどのくらい大きな犯罪になるのかはわからないけれど……一応、仮にも副隊長じゃなかったっけ、阿散井は。
「んで、厳重注意とデスクワーク回されたから、ちょっと時間かかっちまって……」
ばっっっっかじゃないのか!?
だって一応、馬鹿に見えたってそれなりの立場があるんだろう、君は!?
それなのに僕に会うために……。
って言ってやらなきゃならなかったはずなのに、僕は、言葉をなくした。
というか、空いた口が塞がらないというか……。
「石田?」
「………」
「石田? おい」
「…………」
「石田って、どうしたんだ?」
君は、どれだけ馬鹿なんだ? 自分の立場ってものだってあるだろう? 仮にも副隊長だろ? 僕なんかのために何してるんだ!
って……言うつもりなのに。
「……たかと、思った」
「は?」
「嫌われたと思ったんだよ! 君に愛想尽かされたかと思ったんだ! 今まで一週間置きぐらいに来てたのに、一ヶ月も音沙汰ないし、連絡だって出来ないし、会いたいって思ったって君には会えないし!」
「石田」
「もう、君がここに来ないって思ったんだよ! もう阿散井と二度と会えなくなるんだって、そう思ったんだ!」
ああ……何言ってるんだよ、僕は。
全部、本音じゃないか。
何言ってるんだ、こんなこと言うつもりじゃなかった。全部本当のことだけど、こんなこと言ったってどうしようもないのに!
僕は……泣き出した。
もう、どう言っていいのか解らなかった。すごく怒っているんだと思うけど、何に怒っているんだろう。悲しいわけでもないのに、僕は泣いた。
馬鹿みたいに泣き始めた。子供じゃないのに、声を上げて泣いた。
おかしい。
何でだ?
僕は何で泣いているんだ?
黒崎に失恋したって、僕は泣かなかった。ちゃんと好きだって言って、駄目だったけど、それでも僕は泣かなかった。
でも、今僕はこうやって泣いてる。
阿散井が、僕のことを嫌いになったわけじゃないって解って、僕は泣いてる。
何で?
「……阿散井の馬鹿」
もう、全部阿散井がいけないんだ。僕は何で泣いてるんだ? 良く解らないけど、原因の全部は阿散井にあるような気がする。もう君が全部悪いんだ!
「おい、ちょ、石田、何なんだよ、泣くなよ」
「うるさい! 泣かせろ!」
「何で泣いてんだよ、石田」
「知るわけないだろ! そんなのこっちが聞きたい! もう君なんて知らない!」
涙が、頬を伝ってぽたぽたと落ちた。濃い色のズボンに涙の染みができる。
「ちょっと落ち着けよ」
「嫌だね。君の言うことなんて聞いてやるもんか! 君が傍若無人に僕の中にずかずか上がり込んでくるのがいけないんだ!」
阿散井は、そっと、僕の肩に手を置いた。
僕は下を向いているから阿散井がどんな顔をしているのかなんて全然解らないけど、きっと困った顔をしているんだろう。いい気味だ。もっと困っていいよ。もっともっと困ればいいんだ。
僕は泣いてしまっていて、嗚咽でまともに言葉にできないから、阿散井に向かって怒鳴ることしかできない。
「石田……」
君に会えなくなるんじゃないかって、もう阿散井に会えなくなるんじゃないかって……
「だから! 君に会えなくて寂しかったって言ってるんだ!」
「……え?」
「………」
「……石田、ちょ、もっかい」
「言うか!」
二度と言うか!
聞き逃したなら聞き逃した君が悪いんだ。全部君のせいだ!
「石田っ!!」
突然、抱き締められた。
強い力で引き寄せられて、阿散井が僕の身体を強く抱きしめてる……。
「石田、好き」
「………」
「石田が好き。すげえ好き」
「…………知ってる」
「お前のこと一番好きでいるから、ずっと好きだから、だから頼むから俺のもんになって」
「………」
返事なんてしてやりたくなかった。
だってこんなに僕を泣かせたのは君が原因なんだ。
だってまだ、僕は謝ってもらってない。
まず君が僕を好きになってしまって、僕の生活圏内にずかずかと侵入してきて、僕はそれに慣れさせられてしまった。そのうえ、それが居心地いいなんて思わされてしまった。手放したくないって、会いたいって、会えないと苦しいくらいに寂しいって……。
ほら、全部君がいけないんだ。
「石田、大好き」
「………」
僕は、返事をしてやりたくないから、言葉の代わりに阿散井の背中に腕を回した。これで、意味が解らないならそれまでだ。
そう思ったけど、どうやら通じてしまったらしくて、僕はもっと強い力で抱き締められた。
だから、ぎゅって、阿散井を抱きしめた。
ああ、悔しい。
だって、阿散井がこうやって僕を抱きしめてくれるのが嬉しいと思ってしまったんだ。
暖かい。
擬骸なのにさ。
なんで、安心するんだろう……。
「………うん」
阿散井は、そんな僕を知ってか、強く抱きしめてくれた。
すごく、安心した。
でも、それ以上に……
力考えろ! 背骨折る気か、君は!
了
本当はもうちょっと黒崎が誰かとお付き合いしてる雰囲気を書く予定だったけれど、私が無理でした。
この後一護と恋次と雨竜君と三角関係になってもいいと思う、もう。
この『迷走台風』は「タイトル決まらねえ」って嘆いた時に優しい方が付けてくださったものです。もう2年くらい前のことで、その方にはご覧頂けていないかもしれませんが、タイトルを付けてくださった方、本当に有難うございました。このタイトルお気に入りですv
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