「だから、阿散井。機嫌直して?」
阿散井の髪に触れていた僕の手は掴まれた。そして、勢いよく飛び起きて、阿散井が僕の顔を見た。
「マジで?」
僕らしくないことを言った自覚はある。
でも……こんな事でいいなら……どうしようもないんだ。僕が傷つけているんだ。でも、どうしようもない。
「嫌ならいいよ」
「んなワケねえだろ?」
阿散井は僕を抱き上げて、膝に下ろした。体格差や力の差は理解しているつもりだけど、僕だって平均と比べればそれなりに力はあると思うけど、それでもこんなふうに見せ付けられるのはあまり嬉しくはない。
阿散井の足の上に座って、僕は阿散井からのキスを受ける。
キスが、雨みたいに降ってくる。
「……ごめんね」
僕は何を謝っているんだろう。だって、謝ったってどうしようもないのに……。
阿散井に僕の気持ちをあげられなくて、ごめん。
黒崎が好きでごめん。
でも、君だって僕なんかを好きになってしまったから、同罪なんだ。
直情的な所も、真っ直ぐに前を見る視線も似てるけど、僕は黒崎が好きなんだ。黒崎が好きでごめん。誰に対して謝っていいのかもわからない。黒崎にも、阿散井にも、本当に謝りたいのに。
キスを受けながら、どう言っていいかわからない気持ちを伝えたくて、キスに応えた。キスの仕方なんてわからないけど、僕の中で動く舌を、少しだけ、舐める。
感じた罪悪感のままにに、僕は阿散井の背中に手を回した。
「やっぱ、辛い」
「……うん」
どんなに欲しがっても、どんなに望んでも、手に入れることができない。伝えたって、伝わったって、通じないんだ。
ごめんって、思った。
僕は、黒崎に気持ちを伝えることもしていないのに、同じ気持ちだなんて思うのは阿散井に失礼なんだろう。僕の方が、もっと勇気がなくて、情けない。
「お前の事、身体だけでも一度だけでも良いとか思ってた」
阿散井は、僕の身体を背骨が軋むほど強く抱き締めた。
「お前、人間だし。俺のこと見てないのは解ってたし……一度だけで忘れようって」
僕達の立場は、きっと僕が考える以上に阿散井の方がずっと見てきたぶん理解しているのだろう。
「でも……お前の心が手に入らないの辛い」
好きな人が自分を見て、笑ってくれたらって……。
「長期計画なんだろ?」
「……でも、辛い」
猪突猛進で自信家な阿散井の声だって思えないぐらい、情けなくて、ほとんど消えてしまいそうなくらい小さな声だったんだ。
「……阿散井」
阿散井の顔が見たかったけど、抱きしめられたままで身体を離すこともできなかった。
なんで……どうしようもないんだろう。自分の心がなんでコントロールできないんだろう。僕を好きになってくれた君が笑ってくれるなら、僕の心なんかあげてしまいたいのに……。
「やっぱ、やめよう。明日学校あんだろ?」
阿散井は僕の身体を離して、距離を置いた。
「阿散井」
「このままやったら、無茶苦茶にしちまいそうだ」
阿散井は、僕を膝の上から下ろすと立ち上がった……けど。
僕は……その、阿散井の手を、握ってしまった。
「いいよ」
僕は、黒崎が好きなんだ。
それでも………阿散井が辛そうなのも嫌なんだ。
握った手は、擬骸なのに、本物の阿散井の身体ってわけじゃないのに、生きてる温度がして、暖かかった。君は人間じゃないのに。死神なのに、暖かくて、涙が出そうだ。
上手く、伝えられない気持ちを、視線に乗せられればいいのに……。
「無茶苦茶にしても、いいよ」
僕は……
何を言ってるんだ!?
いや、良くないだろ!?
全然ちっともどこも良くないだろ!?
何を言ったか、自覚あるのか、僕は! いいわけがないだろ?
違うから! 言葉が違っただけだ。
いくら、阿散井が辛そうなのが見てらんなくても、僕が無茶苦茶にされたいわけじゃない!
本当に阿散井が頑張ったりすると、次の日の僕はどのくらいのダメージか、身に染みて解っているはずだ!
明日は学校もあるんだし、これから勉強だってしたいし!
ただでさえ阿散井とした次の日は朝は丸々動けないんだ。それでも優しくしてるつもりだって阿散井は言ってたのに……。
無茶苦茶は、やっぱりナシ!
「石田……」
阿散井が膝をついて、僕の顔を覗き込んだ……から……つい、顔をそらしてしまった。きっと僕の顔は赤くなってる……か、青くなってる。
無茶苦茶は、勘弁して貰いたいけど………でも、僕は本当に阿散井の辛そうな顔が嫌いなんだ。
僕を好きになってくれたのに、僕のせいで、こんな表情をさせたくない。
僕だけが傷つくのならいいのに。
「……石田、止めらんねえぞ」
低い声で、僕は床に押し倒された。
背中に当たる床の固い感触。フローリングの冷たい温度。
ベッド、そこにあるのに。
やっぱ、無茶苦茶は、勘弁してほしいな。
そんな事を片隅で思いながら、深いキスをした。
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20121029
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