【迷走台風】 12








「別に何でもなかっただろ?」

 黒崎達が夕方頃に帰って……阿散井は、滅茶苦茶機嫌が悪い。見た目からも誰がどう見たって不機嫌全開だ。後ろからだって機嫌が悪いの解る。そんなオーラが出ている。

「未遂だったじゃねえか!」
 ……君が邪魔したからね。君がいなかったらちゃんと完遂させたよ。

「……僕は、黒崎が好きだから邪魔しないで欲しいんだけど」

 別に……良いけどさ。
 間接キスしたからって、何が起こるわけでもない。
 そんな事で何が変わるわけでもない。ただちょっと僕が嬉しいだけで、黒崎とどうこうなろうって思っているわけじゃない。


「無理だな。絶対邪魔する」

 僕の意思はっ!

「お前が喜ぶなら何だってしてやりてえけど、お前が一護に笑うのだけだって限界なんだ」


 凄く阿散井は怒ってるのが、よくわかるオーラを出してるだけじゃなくて、そう言う表情をしている。
 でも別に、僕は悪くないよな? 阿散井と付き合っているわけでもないし、僕はもともと黒崎が好きだって言ってあるんだ。


「……夕飯、食べてく?」
「……食う」
「オムライス? ハンバーグ?」
「ハンバーグ」

 機嫌を取るために、なんで阿散井の好物作ってんだろう……。

 しかも、案の定、ご飯じゃ機嫌は治らなかった。
 さすがにそこまで単純じゃないか。
 まあ、相変わらずの量を平らげてくれたし、美味しいとは言ってくれたけど……。やっぱり不機嫌な奴が近くに居ると何となくこっちも穏やかにはなれない。



「阿散井さ、機嫌悪いなら帰れよ」
「るせえ」

 どうせ帰るんだろうし……今日は日曜日だから。
 金曜日の夜に来て土曜日朝に帰ったり、金曜日に来て日曜日の夜に帰ったり、土曜日に来て日曜日に帰ったり……阿散井の行動パタンは大体そんな感じだ。

 阿散井は自分のペースで行動しているようだけど、でも僕は?
 阿散井が居る間、僕は僕の事が出来ないじゃないか。

 試験が今週だ。
 もともとあまり試験前にガリガリするわけじゃない。勉強が趣味なわけじゃないから毎日何時間も勉強するわけじゃないし、悪いけど僕は日本の高等教育レベルの学力なら勉強をする必要はほとんどないけど、やっぱりせっかくなら首席を誰かに譲りたいわけじゃない。学校の試験は授業中にやった事を基本としているから、特に古文の先生は授業中の雑談なんかから問題を作ったりする意地の悪いテストだったりするから、さすがに少し復習したいのに。

「怒ったって仕方ないだろ」
 もともと、僕は君が好きだって言ったわけじゃないし、僕は黒崎が好きなんだから……それは言ってあるはずなんだ。阿散井だって解ってるだろうし。

「だから、仕方ないから怒ってんだろ」
「……怒らないでよ」

 怒られたって困るよ。

 怒られたって、僕はどうしていいのかわからない。


 ……せっかく一緒にいるのに。せっかく、阿散井と一緒にいられるのに。
 いつも一緒に居られるわけでも、毎日会えるわけでも無いのに……怒ってる阿散井なんか、嫌だ。



 …………いや、違う。


 そうじゃない!
 そうだけど、違う。

 僕の家に居るのに、機嫌悪いのは伝染するんだ!
 だからこっちまで気分が悪くなるから嫌なんだっ!
 ただそれだけだ。

 だから、阿散井が怒ってるのが寂しいとか思ったわけじゃない。思うはずがない。思う余地も必要もない。




「石田ぁ……慰めて」




 阿散井が、突然倒れてきて、座ってる僕の膝に頭を乗せた。膝枕は何度かやった事があるけど……ずっとしていると、結構重い。

「慰めるって……」
 僕に対して怒ってるんだろ? 怒られてる当人が君を慰めるのか?
「俺の好きな奴は、俺の前で惚れてる奴に笑顔向けてて、今俺すげえ凹んでるんだ」

 阿散井が僕の膝に顔を擦り付けてくるから、僕は阿散井の頭を撫でる。
 赤い大きな犬みたいだ。

 可愛いとか……こんな大きな身体をして、それで可愛くもない顔をしてるのに、こうやって甘えられると可愛いとか、思う。

「………仕方ないだろ」

 仕方ないよ。

 僕が黒崎を好きなんだから、仕方ない。
 僕だって阿散井を傷付けたいなんて思ってない。僕なんかを好きになってくれた阿散井が喜ぶなら、何だってしてあげたいって思うけど……心をコントロールできるなら、いいのに。

 残念ながら、僕の心は黒崎に向けられているんだ。仕方ないよ。僕だって好きで黒崎を好きになったわけじゃない。


「仕方ねえけどさ………」

 僕が、阿散井の立場だったら?
 もし、黒崎が好きな人ができて、その人と黒崎が仲良さそうに笑っていたら……僕は、どうなるんだろう?


 悲しくなった。そう、考えるだけで悲しくなってきた。

 僕は、黒崎の隣の場所を望んでいるわけじゃない。そんな高望みなんかしてない。好きだって、伝えるつもりさえない。
 せめて、黒崎の背中を守れるぐらいには強くなりたいって……そう思っているだけだ。

 どうせ気持ちを伝える勇気すらないんだ。








「仕方ないな。ウジウジしてられると鬱陶しいから、僕が君を慰めてあげる」








20121029