「んだよ、そんなに驚くなって」
「だって、君ちゃんと髪は拭いたのか? 冷たかったぞ」
今拭いてるって、とか言いながら、水滴を垂らしながら………。
真っ赤な髪から垂れた滴は当然だけど透明だった。髪の色が溶け出して水まで赤くなってしまいそうな阿散井の赤い髪は乱暴な手付きで、タオルでガシガシと拭かれていた。
いや、別に髪が濡れてたから、冷たかったからじゃなくて、本当に驚いたんだけど……でも、意識しすぎだとか思われたくない。いや、しすぎてる、自覚はある。
自分の言った言葉の責任の重さには、すごく、ものすごく潰れてしまいそうな自覚をしている。むしろ、これはただの後悔だ。
それにしても、服、着ろよ。
とか、言っていいかな。
下着は着てたけど……。
だって……見ちゃうだろ? 男の僕から見ても、阿散井はがっしりして、思わず見入ってしまいそうになるくらい、いい身体つきをしていると思う。やっぱり鍛え方が違うのだろうか。僕もそれなりには鍛えているつもりだけれど。本当に、胸なんか、筋肉が盛り上がってて、厚みのある身体は、惜しげもなく僕の前にさらされている。
さて、どうしよう。
どうやってお断りをするべきか。
「石田………」
だって阿散井の目がマジだ。
軽いノリで、やっぱりやめよう、と言って、はたして納得して貰えるのか?
とりあえず。
タイムリミットはもう限界だ。
何て言おう。
「ああああのさ、阿散井」
「ん?」
なんて言って断ればいいんだ。やっぱり御遠慮しますって……言葉を選びすぎてなにも無い。
そもそも……本当に阿散井は僕でいいのか? なんで僕なんだ?
だって男だぞ、僕は。それに、滅却師という絶滅危惧種でレアかもしれないけれど、結局はただの人間だ。
冷静に考えてみたら、いくら僕が黒崎を好きだって……確かに、触れ合いたい、って願望は少しはあるけれど、勃つか? と訊かれたら、申し訳ないけれど暫く時間を頂かなくてはならないかもしれない。
しかも、僕の身体なんて……鍛えてないわけじゃないけど、成長期のせいか、なかなか筋肉つかなくて、綺麗でもないし、あんまり男らしいような身体じゃないのに。
「君は……僕なの、か?」
君が欲求を覚える対象は、本当に僕なのか?
「……今更かよ」
ようやく、阿散井の顔を見ることができた。阿散井はやっぱり頭一つ分ほど身長が高いから、下から覗き込むようになってしまう。
「…………本当に僕で、いいの?」
本当に、僕で勃つのか?
って、生々しい言葉はさすがに言えなかったけど………。
そんな恥ずかしい事を口に出したくもなくて、耳まで熱い。ああ、なんでこんなことになってしまったんだろう。ちゃんと初めから断るべきだったんだろうけれど……こんなこと言いたくもないのに。
だって、セックスって、つまり興奮して膨張することが出来なくて役に立たなかったらできないものだろ? 本当に僕なんかとセックスをしようって思っても、君のは僕でなんとかなるものなのか? って意味は言葉が少なかったかもしれないけれど、もしかしたら阿散井にはちょっと違うニュアンスで伝わってしまったかもしれないけれど……でも、具体的な意味では通じたはずだ。
けど。
「石田っ!」
急に、阿散井に抱き締められた……のは、一体何?
僕は、一体何の琴線に触れてしまったんだっ!
いや、僕は今説得しようとしたんだ。今、抱き締めろだなんて合図は一切出していない!
阿散井はぎゅうぎゅうと僕を抱きしめてくる。僕だってちゃんと鍛えてあると言っても……まず体格が全然違うんだ、苦しい……。
「阿散井っ! だから、セックスするって言っても、僕の身体別に面白くないよ!」
阿散井を離そうと、肩を押したけど、悔しい事にびくともしない。余計に力が込められた気がする。このままじゃ、僕の背骨が折られるっ!
「ばーか」
「何がバカだ!」
「お前の白い肌、舐めて見たいと思う。肌吸って、痕残してえ」
「……っ!」
……今、こいつ、何て、言った?
「お前の細い腰を掴んで、俺のぶち込んで、お前を気持ち良くさせてえって思う」
「………………………」
…………なんて、恥ずかしい事を言ってるんだ、阿散井はっ!
そして、血の気が引くどころか、余計に赤くなってる僕は一体何だと思う。
ああ……どうやって説得したらいい?
理路整然と論理性のある言葉をさがして、阿散井に辞退するって言葉を突き付けないと、本当にこのままじゃ、童貞を捨てる前に、死神と初体験などというとんでもない事態になってしまう。
「……阿散井」
困ったな………。どうしよう、本当に。
阿散井の顔を見つめる。
本当に困った。どう言えば諦めて貰えるんだろう。
阿散井も僕をじっと見ていた。
視線で伝わればいいのに。
やっぱり、ちょっと無理があるんじゃないだろうか。君は死神で、僕は滅却師であることの前に、大前提として僕達は男同士だし……無理、だよ。
そう思うと……逸らす事もできなくて……。
「………石田」
何? って、言おうとした時に………。
唇が………。
重なって……
………初体験の前に、ファーストキスは、今目の前の死神によって奪われてしまった。
別に、初めての他人とのキスだっていう初物だとしても、結局はただの接触だ。大事に別に取っておいたわけでもなく、そんな機会に恵まれなかっただけで、そんなに大切にしていたつもりもないのだけれど。
でもっ!
阿散井は、僕の唇に押し付けるようにして、唇を重ねた。
擦るように、唇を押し付けられているうちに、阿散井は僕の口を、すっぽりと口に入れた。
僕の顔が、食べられてる。
「……っ、ふ、……ぁばら、いっ!」
顔を何とか横にふって、逃れたと思ったら……開けた唇の間から、舌が侵入してきた……。
僕の口の中で、阿散井の舌が暴れる。
滑った感触に、皮膚がざわざわとした。
溶ける
そんな気がした。
溶けて、なくなる。
気持ち良いのか悪いのかなんて、わからなかったけど、強張っていた全身から力が抜けた。押し退けても力の差は圧倒的で、どうせ無駄だって解っているけれど、それでも僕は阿散井の肩を押した。全然力が入らなかったけれど。
阿散井の舌が僕の舌を舐める。
ぞくぞく、した。
頭の裏側から溶けてしまう
溶ける。
僕が溶ける……。
力が抜けたけど、阿散井の力強い腕が僕を支えた。
身体中から、全部の力が抜けた。
どうしようって、色々考えようとするのに、阿散井の舌の動きだけに意識が奪われてしまって……どこにも力が入らない。くにゃりとして、関節すら溶けたようになって……流されないようにしがみついてるのに、力が入らない。
「ん、ぅ…ぁ…」
阿散井の舌が僕の口の中を生き物のように這い回っているのを、ずっと感じながら。
口を離した時には、溢れた唾液が顎まで伝っていた。
こつん、と額がぶつかった。
「……石田?」
阿散井が、僕の顔を覗き込む。至近距離で見つめられて……何だかとても恥ずかしい。
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20120912
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