「一度でいいから……」
その言葉に絆されてしまったのは確かに僕のミスだ。
「お前、すげえな」
僕の家の炊飯器は三合しか炊けないのに、どうしようかと思うほどの勢いで阿散井の口の中に吸い込まれるように、ご飯が消えていく。
……ご飯は飲料じゃないんだけど……。もう、何度目かの事だから、いい加減僕も慣れればいいのに……いや、まあ、こんなに美味しそうに食べて貰えるなら本望っていうか……それでも見ているだけでお腹がいっぱいになってしまい食欲減退するのは仕方ない。
確かに190センチもありそうな身長に付け加え、がっしりとした体格だから、燃費が悪いのは仕方ないとは思うけど。
「浦原さんちのご飯美味しくないの?」
阿散井は、浦原さんちに時々居候しつつも、暇があると僕の家に来た。茶渡君と修行しているみたいだから、忙しいようだけど、その合間を縫って僕の家にご飯を食べに来る。
「そういうわけじゃねえけど、石田のメシのが旨いし」
別に、いいけど。
勿論、僕がこの食費を払うと思えば全力で阿散井の訪問を拒絶するけど、阿散井は現世で暮らす分の支給額あるからって、今の食事はさっき一緒に買い物に行って、買ってもらった食材だ。しかも全部使うわけじゃないから、これで一週間は買い物に行かなくて済む。だから、一人分作るのも三人分作るのも手間は大して変わらないし、食費の面では来てくれても構わない。
そう言ったら、遠慮って言葉もどうやらなかったようで、阿散井は時々やってきて、僕の作ったご飯を食べた。別に、助かるといえば助かるけど。
でも……なんか、変な感じだ。
食べ終わった食器を片付けながら思う。
何で、僕はこの死神と馴れ合ってるんだろう。
初対面は、最悪だった。
最悪と言うか、自分が不甲斐ないと言うか、思い出したくもないと言うか……死ぬほどの怪我じゃなかったとは言え、そこそこ深手を負わされたのは確かだし……その事は最近ふと思い出した時に言ったら、謝ってもらったけど……痛かったし、しばらく根にもって居たのに……すまんって、軽く言われたのもそれなりに腹が立っていたのに……。
過剰な好意を向けられて、自分だけが一方的に腹を立てている事に、ふと気がついた時に、すごく疲れた。
食器を片付け終わって、冷やしてあるお茶を出した。
隣に座ると、本格的に体格が気になる。
僕は大きい方ではないけど、だからってそれほど小さい方じゃないと思うけど、それにしても二回りくらい違う。立てば阿散井の肩に目線が届くくらいで……本当にどうやって成長したんだか。だから燃費悪いんだ。
持ってきたお茶を飲んで、中の氷をガリガリと齧る。そして、僕も知ってる死神の近況とか上機嫌に教えてくれたりとか……やっぱり、どこか不思議。これは、一体何の空間なんだろう。初対面で僕はこの男に殺されかけたのに。それに僕の祖父よりもだいぶ年上の死神になんでご飯を作ってあげなきゃならないんだろう。
「阿散井、僕と居て楽しいの?」
なんか、不思議……と言うか腑に落ちない。
阿散井は茶を啜りながら、凄まじく不機嫌な顔をした。
「俺、お前が好きだって、言ったよな?」
……言われたけど。
僕が作るご飯が、じゃなくて、僕が好きなんだって、この前来た時に言われたけど……。
「それは、困るよ」
困るんだ。
だって……。
僕は滅却師だし、阿散井は代行の余地すらない完璧なに死神だ。
それもひとまず置いておくとしても。
男同士だから、とは思わない。
それはお互い様だ。
困るんだ、本当に。
ずっと、僕の心は黒崎が占めていた。
本当はきっと入学した時から、黒崎の霊圧には惹かれていたんだ。黒崎が死神の力を手に入れてからも、本当はずっと好きだったんだ。
黒崎に気持ち悪いと思われたくなくて言えない。
最近は、仲良くなれた。一緒にいて笑うことができるようになった。友達として近くに居る事ができれば、僕はそれ以上望んでいない。
まだ近くに居たいから、僕の気持ちは言わなくて良い、側に居たいから、言ったら終わるから。
だから……。
「困るよ、阿散井」
困るんだ。
阿散井から、僕が好きだと言われた時に、僕は黒崎が好きなんだと言った。
だから、受け入れられないと、ちゃんと言った。そうやって、断った。
「うっせえ。仕方ねえだろ」
仕方無いって……。
何がだよ。気持ちを受け取る方だってそれなりの覚悟が必要なんだ。
とか……僕が黒崎を好きじゃなければ言えたかもしれない。
言えるはず無い。
もし、何かの間違いで、僕の気持ちが黒崎に漏れたら……そう思うと、言えない。
「なんで、阿散井は、僕なんか……?」
それが、解らなかった。
阿散井が僕を好きになる理由なんて、何処にも無いのに。
だってまず僕達は男同士だし、僕は滅却師である以前に人間だし、それに僕が誰かに好きになって貰えるような人格をしているとは、自分でも思わない。
だから……。
「お前が辛そうにしてんの、嫌だった、から。お前が笑った顔見たかったから」
「……仕方ないよ」
仕方ないよ、それは。
死神だし同性の黒崎なんかが好きになった僕が悪いんだ。
だから、僕が辛いのは、ただの僕の自己満足なんだ。
だからさ。
阿散井がもし本当に僕のことが好きだったら、辛い気持ち、理解できる。
阿散井の対象が僕だって事だけが理解できないだけで、想いが届かない辛さは、僕には理解できる。気持ちを受け入れることはできないけど、同情だけなら、僕以上にできる人はいないと思う。
「でも俺なら、一護よりお前を大事にする、絶対」
「君を好きになった方が、もっと辛いよ」
気持ちが通じ合ったら……そう思う。それはどんなに幸せな事何だろう。
大好きな人に大好きと伝える事ができて、同じ温度の気持ちを返してもらえたら、きっとそれだけで世界が満たされるような気分になるんだろう。そう、思う。
だから、僕が黒崎を忘れて、その気持ちを阿散井に向ける事が出来たら……。
そう、考えなかったわけじゃない。言われてから、今日まで考えた。何度も。
でも阿散井は死神だ。黒崎以上に死神なんだ。
「時間の流れだって違うんだ。君は一瞬の事でも、僕はすぐにおじいさんになる」
僕達の時間の流れは違うんだ。住む世界だって違う。
だから、黒崎に一生片想いしている方が、僕には辛くない選択肢だった。
そんな利己的で打算な感情で動けるほど、僕は器用じゃないけれど。
「……でも俺は、石田が好きだ」
「……ありがとう」
阿散井の気持ちは、嬉しかった。けど……僕はやっぱり黒崎が好きなんだ。
「あのさ……今は? 今だけなら?」
阿散井が、僕の腕を掴んだ。
掴んで、引き寄せられる。
「……今?」
すっぽりと僕は阿散井の胸の中に収まった。両腕で抱き込まれると、僕は身動ぐことすら出来なくなる。
「……一度だけ」
「え?」
「一度だけ、抱かせてくんねえ?」
「は?」
抱く?
「そしたら忘れる。二度とお前に好きだなんて言わねえ。好きだって言う前の関係に戻る。俺の気持ち忘れてくれればいい。俺も石田の事忘れるように努力する」
すごく、苦しそうな声だったんだ。
僕の耳に吹き込むように、阿散井は一言一言、僕に伝えた。
苦しい……と、思った。
胸に顔を押し付けられているから、呼吸ができなくて。って言う以上に……気持ちも苦しかった。
僕だって………。
もし、黒崎と……一度だけでも……。
一度だけでも叶うなら……。
「いいよ」
僕と阿散井が同じ気持ちだと思うと……。
それで良いなら。
だって僕は阿散井に気持ちを返せない。どんなに頑張っても僕の心は黒崎で占められているんだ。
「阿散井の、気が済むなら」
僕は男なんだし、取り返しのつかない事になるわけじゃない。
誰が作ったのかあまり考えたくないけれど、擬骸に生殖機能まで付いているのは、やりすぎじゃないか? とは思わないでもないけど、それでも……別に。
ちょっとくらい、痛いかもしれないけど、きっと、死ぬほどじゃない。
明日、休みだし……。
一度だけなら……。
「阿散井……」
僕だって、男の黒崎が好きなんだ。
気持ちは、わかるんだ。
「僕……お風呂、入って来るね」
何とか、口実を作って、阿散井の腕を抜け出す。
少し熱目の温度にしたシャワーを浴びて…………
少しずつ、冷静になってきた。
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20120904
どうやら書いたのは2009です。かなり昔のことを思い出しながら読んでいただけると嬉しいです。
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