【加圧型ラバーズ】 12








 何を言ったら一護の機嫌なおるんだ? 一体何が地雷だったのかさっぱりわかんねえ。何が何だか解んねえけど、ただ一つ解ってんのが、一護が怖い。
 あーとか、うーとか日本語にならない唸り声をあげてみたが、やっぱり一護はなんだかとても機嫌が悪い……のは、本当に何だよ。俺のせいか?

「一護? なんか、ごめん」

 耐えきれなくなって、俺はついに折れた。だって怖いんだもん。
 折れたけど、一体何が悪いのか本格的にわけわかんねえっ!


「……別に、怒ってねえよ」

 嘘だっ!
 どの顔が、怒ってないとか言うんだって! 滅茶苦茶怖いって、お前のその空気と顔!

「……あ、そうなの?」

 だけど、怒ってないって言ってる奴に追い討ちをかけて怒っていることを指摘すると更に火に油を注ぐ自体になりかねない。


「悪い……気にすんな」

 って言ったきり、一護は下を向いちまった。


 ……どうやって!?
 滅茶苦茶気になるっての! なんだかわかんなけりゃ、きっと俺の事だからまたしでかすぞ、たぶん。何が気に入らなくて何が地雷だったのかちゃんと教えてくんなきゃ分かんねえって。何のために人類は言葉を操れると思ってんだ! 相互理解って言葉知ってるか!? 色々言いたい事はあるけど……

 ……逃げたい。とにかく、逃げたい。








「ねえ、ケイゴ、せっかくだから海に寄って行こうよ」

 前を歩いてた水色が突然振り返って、そんな提案した。

「浜まで歩いてすぐだって。チャド君がこのあたり来たことあるんだって」
「マジでか? 海っ!?」



 水色に、後光がさして見えたのは、生まれて初めての経験だ。

 俺は、前を歩く水色とチャドにタックルをかまして一護から逃げた。いや、何とかして早く逃げないと俺が氷りそうだった。
 見た目はそんなに青くなってないつもりだけど、けっこう血の気引いて心拍数上がってるに違いない。

「チャド、お前この辺り詳しいの?」
「前に……来たことがある」
「海っ海ぃっ!」

 いや、無駄にはしゃいでんのは、後ろの一護が怖いから。背中にビリビリ視線を感じるんだけど。ものすげ冷たい奴。

 やっぱり、俺なんかしでかしましたでしょうか?



 見透かしたように、水色が俺を見て溜め息をついた……けど。

 えと、何なんでしょうか、水色さん。
 俺がなんかした? のか? やっぱり。んでお前は何だか解ってんの? チャドも溜め息ついてたけど……もしかして、俺だけ? 俺だけが仲間はずれ?



「黒崎も見てただろ? イルカって凄いスピードで泳ぐんだね。水中から外を見る時に屈折するのに、ちゃんと投げたボールに届くって、やっぱりそこまで計算してるのかな」

 後ろで激しく機嫌が低下してる一護に石田が構わずに話しかけていた。
 石田のやつ……まだ興奮してんのか?
 いつも一護があんまり機嫌が良くないと、何も言わなかったり、わざわざトドメ刺したり(一護限定)して空気読めてるはずなのに! イルカに興奮してるせいか?
 今はマズいって! 石田っ! 今、一護が機嫌悪いから! ……たぶん俺のせいで。



「そうだよな? 水の中から見てちゃんとジャンプできるってすげえよな」
「すごいよね! 僕、水族館に来たの初めてだったけど、すごいな」
「んじゃ、また来ようぜ」
「そうだね。また見たいな、イルカ。古代魚も面白かったけど」
「遠くないんだし、また来りゃいいって」
「そうだね」


 あれ?

 一護、普通?















 やっぱり海はでかかった。海は広くて大きかった。


「……さみぃ」

 そんで波が強くて風が冷たかった。

 暑い時期なら、服が濡れても迷わず飛び込んで、濡れたまま水色とか一護に抱きついて次の日まで怒られるんだろうなとか想像できたけど、さすがに今の時期は無理だ。
 寒すぎる。興奮しててもさすがにそのくらいの思慮は持ってる。


「寒いな……」

 波の音に消えそうな呟きだったけど、近くに居たから石田の声を耳が拾った。
 てか、そんな声聞かなくてもこっちから訊いてただろうけど。



「俺はダウン着てるからへーきだけど、石田、お前大丈夫なの?」

 寒い時期に、余計な脂肪つけて無さげな石田はただでさえ寒そうなのに、寒くねえのかなって綿のジャケット。

 水族館の中は暖房効いてたけど、外はけっこう寒い。朝は一護と走ってきてたから寒くなかったかもしんないけど……こうやって海の風を浴びてじっとしてると、けっこう芯の方まで冷たくなってくる気がした。


「大丈夫じゃないって、さすがに寒いよ。せめてインナーもう一枚着てくるべきだった」
 ジャケットのボタン全部締めて、自分の身体を抱きかかえるようにしてる石田は、確かに見るからに寒がってる。

「あ、だったらマフラー貸してやろうか? 鞄の中につっこんであんだけど」

「いや、大丈夫だよ」
「無理すんなって。学校で返してくれりゃいいから」

「でも、悪いよ」
「気にすんなって。俺、全然寒くねえし」

 俺は、今朝出がけに偶然、美人なお姉様が、晴れているけど今日は寒気がどうのこうので寒くなるでしょうって言ってたから、素直に信じた。お天気お姉様アリガトウ。
 だからっても服選んでる余裕もなくてとりあえず早いかと思ったけどダウン来てきたから、風は冷たいけど実際けっこう暖かい。

 から、鞄の中からマフラー引っ張り出して石田に渡した。


「見てる方が寒いんだって。ほら」

 赤と白の配色の派手なマフラーは石田にはあんまり似合いそうもなかったけど、見た目の問題じゃねえし、今。そんな格好で風邪ひかれたら、明日なんか気分悪いし。別に俺は、寒くないし。

 って思ったからマフラー渡した。

 うん、他意はない。水色でも一護でもきっと同じ状況なら渡した。水色だったら恩着せがましく貸出して後でお姉さまとの出会いの場の提供を要求するだろうって程度。



 石田は、少しだけ俺を上目遣いに見てから、笑顔を作った。


「ありがとう」
「どーいたしまして」

 って途端に、石田がくしゃみした。

「ほら、早く巻いとけって。マフラーだけでもだいぶ違うぜ」
「じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」

 さっきから、機嫌がいい石田は、笑顔を崩そうともせずに、俺のマフラーを首に巻いた……時に、






「これも着とけ」





 って、一護が、自分が着てた中綿ジャケットを石田の肩にかけた。










20120822