嫌な、夢を見た。
つい最近、近所でボヤ騒ぎがあったからだと思うけど、火事になった夢を見た。
家が燃えて、火事になって、今すぐ逃げなければいけない。火の手はすぐそこまで迫っていた。
そんな切羽詰まった状況なのに、何故か身体が動かせない。
熱くて、熱くて、せめて助けを求めようと叫びたくても、どうしてか声も出せない。
赤々とした火の手はどんどん迫ってくる。熱風が僕の頬を撫でる。
ゴウゴウと激しい音を立てて、炎の渦が天井までを覆い尽くし、僕は完全に囲まれてしまった。
それでも、僕は動けない。
身体がちっとも動かない。
助けて、と、僕は叫びたくて。
目の前の、柱が、僕に向かって倒れて来て……
って所で目が覚めた……のだけれど、ほっと息を吐くこともできなかった。
ドクドクと鳴る自分の心音を自覚しつつ、目の前に燃え盛る炎が突然消えた事に、何が起きたのか解らなかった。
最初、目が覚めた事にすら気付かなかった。
何故なら、目が覚めたはずなのに、動けなかったから……。
それに暑くて、息苦しくて……身体が動かない。
……のは、僕が黒崎の腕の中に閉じ込められていたからだと、ようやく気付いた。
気付いた、理由は、さっきまで聞こえていた炎が燃える音……。
「黒崎……」
イビキ、うるさい。
イビキ自体はそれほど大音量でもないけど、耳元だとそれなりにうるさい。
きっと、今僕が聞いていた火事の音はこれだったに違いないだろう。
「黒崎、暑い」
とにかく暑い。こんな寒い時期に寝汗をかくなんて思わなかった。勿論この汗は熱いばかりじゃなくて、冷や汗の割合も多いのかもしれないけれど、それでも今僕はとても暑い。頬に張り付いた髪の毛が気持ち悪くて、払いたいのに、何しろ動けない。がっちりと、黒崎の腕で僕が拘束されてしまっている。
布団で巻かれて炬燵に頭から入れられたような気分だ。我慢大会してるんじゃないのに。
おかげで、変な夢を見てしまった。
黒崎が僕をぎゅうぎゅうと抱き締めているから、頭からすっぽりと布団をかぶって、全身で黒崎の熱を受けているから、熱の逃げ場がない。暑くてどうしようもない。
黒崎は何でこんなに体温高いんだ?
冬場でもこんなに暑いんだったら、夏場はベッドから蹴落としてやりたくなるだろう。
まだ黒崎との夏は向かえていないから、今から不安だ。夏場は床で寝てもらう事にしようか。
黒崎と一緒に眠れる日は、冬場なら暖かくて寝やすいだろう、だなんて思ったのはとんでもない誤算だったかもしれない。
確かに眠りにつくのは、いつもよりもだいぶ早かったような気がする。すぐに微睡はやってきた。黒崎の体温を感じながら安寧の中に意識を委ねた。とても気持ち良く眠りに入る事が出来た。
けど!
寝ている時もこんなに体温高いなんて……暑い。
だから燃費が悪いんだ。だから食費だってバカにならない。いくら成長期だからって、僕の倍近く食べるし……僕だって成長期だからまだ背は伸びているはずだけど。
寝てる時くらいもう少し落ち着いた体温していれば、食べる量だって減るんじゃないのか?
「黒崎! 暑いって!」
そう言って僕が黒崎の胸を押せば、んがって妙なイビキを立てて、押した分、いやそれ以上の力で、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「苦しいから!」
黒崎の胸を腕を突っ張って離そうとしても、びくともしない……駄目だ。
僕が黒崎に腕力で負けている事くらいは自覚あるけど、黒崎が寝てる分手加減がなくて……こんなに差があるとは思わなかった! 僕だってそれなりに鍛えているつもりなのに……。
そんな悔しい気持ちもあるけど、今は……それどころじゃない! 頼むから離してくれ、暑いんだ! そう、懇願したい気持ちの方がよっぽど強い。
仕方ないから、せめて新鮮な空気を求めて、動くたびに黒崎の腕が僕の動きを阻止してきたけれど、なんとか顔だけ布団の外に出すことに成功した。
外の空気は、本当なら肌を刺すように冷たいはずなのに……すごく、その冷たさが心地いい。
いつも一人で寝る時はなかなか身体が暖まらなくて、あまり寝付きの良くない僕はますます寝にくい時期で、暑い方が苦手だからと言って、寒いのが好きになれるはずもない。
普段ならこの空気の冷たさからどうにか身を守ろうと、布団でガードしているけれど。
その寒さを、今はただ心地良いとすら思う。
僕はようやく胸一杯に吸い込む事の出来る新鮮な空気を、肺に取り込んで、深呼吸を何度か繰り返した。
そうしてようやく落ち着いた。
空気が美味しいと思える呼吸はできるようになったけれど、まだ黒崎はちっとも僕を離してくれようとしなくて、僕の首の下から背中に回された腕は枕にしては堅くて、安定感はあるけれど、寝心地が良いとはお世辞にも言えない。
もう少し待てば……いつかきっと黒崎も寝返りをうつだろうし、どうやらそれまで辛抱するしかないようだ。
真冬なのに汗をかいてしまいそうなほどに暑いから少し離れようとしても、黒崎が離してくれようとしないし。残念ながら力じゃ黒崎に敵わないのは解ってる。こうやって押さえ込まれたら、少し身体をずらすのがやっとだ。
こうやって寝ていて、黒崎は僕を抱き枕と勘違いしているのだろうかと、時々思う。今日は頭まで布団の中だったからとても暑かったけれど、黒崎の寝相は今日に始まった事じゃない。僕は人間なんだから、枕と違って無機物じゃないんだ、呼吸だってしたいんだ!
とは、思うけど、黒崎の家にお邪魔して、黒崎の部屋に行った事もあるけど……抱き枕なんて物は、黒崎の見た目の通り、無かった。
今度作ってあげたら喜ぶかな。
それとも、僕だから……なのだろうか。
僕だから、黒崎がこうやって……、とか自意識過剰なのかとも、思うけれど。
こんな風に抱き締められると、寝にくいんだけど……けど、なんか甘えられてるようで、嬉しい。
今に限っては暑いけど、黒崎と身体をくっつけて、こうして体温を感じることが出来る事は……やっぱり……かなり、嬉しい。と、思う。恥ずかしくてそんな事を黒崎に伝える事はできないけど。
黒崎は、どうにもカッコつけたがる所がある。
あんまり弱いところを僕に見せようとしないし、強がるし。
性格上の問題かもしれないけど、黒崎から僕に告白してきたからかな。
黒崎の方から僕を好きだって、そう言った。カッコつけたがっているのか、なんなのか。主導権を取りたがっている部分があるように思うのも、僕の勘違いほど勘違いでもないと思っている。
僕に強がったってどうしようもないのに。
黒崎は妹が二人もいて、長男だからなのか、甘えさせるのが上手で、いつも僕ばかりが黒崎に甘えている気がするのは、気のせいじゃないと思う。
ずっと一人だったから、甘え方なんて解らない僕が、黒崎の胸に安心して顔を埋めることが出来る。黒崎の体温を心地良いと思う事が出来る。
少し強引すぎると思う事もあるけど、僕は甘え方なんて解らないから、その方が嬉しい時もあったりする……なんて事は、言えないけど。
だから、こんな風に寝てる時だけでもこうやって僕に抱き付いてきて、甘えられると……可愛いとか……思ってしまう。
意外と甘えるの、好きなのかな。
いつも僕ばかりが黒崎に甘えてるけど、たまにはこんな風に黒崎にも甘えて欲しい。
僕にだって、黒崎を甘えさせる度量くらいあるつもりだからさ。
甘え方も知らない僕が、甘やかせ方なんて、もっと解るはずもないから、どうすればいいか解らないけど……せめて、今なら。
僕は何とか自由になった片腕を黒崎の背中に回した。
黒崎の背中には布団がかかっていなかった。
黒崎の方が壁側に寝ていたから、僕の方に布団が落ちて来たんだろう。シングルサイズに男二人なんてもともと無理があったんだ。
片腕で布団を引っ張って、ちゃんと黒崎が暖かくなるように、布団をかける。
布団が黒崎にもちゃんとかかったのを確認して、寝心地の良い場所を何とか作って、落ち着いた。
寝心地は、確かにあまり良くない。
腕枕だなんて、恥ずかしいのもあるけど、それ以上に実際に寝心地は悪い。僕だって黒崎の腕は硬いから首が疲れるし、寝違えてしまいそうだし、黒崎だって起きたら腕が痺れているに違いないのに。
暑いけど……。
なんか、いいな。
こういうの、いいな。
「……石田」
「黒崎? 起きたのか?」
動いたから、起こしたかな?
「寒くない?」
…………暑いよ。
「大丈夫」
「ん、良かった」
そう言って、蕩けそうな笑顔を僕に見せた後、またイビキ混じりの寝息で……。
また、僕に回された腕の力が強くなって、僕と黒崎は、もっと密着した。
そんな小さな事だけど、可愛いって思った。
もっと、甘えて欲しくなる。
頼ってくれるのは嬉しいけど、もっと、僕に甘えてくれてもいいのに。
君が可愛いんだ。
そう言ったら怒られるかな。
黒崎なんか、眉間のシワはトレードマークみたいなもので、普通にしてたって睨み付けるような目付きで、口調だって愛想の欠片もなくて、強引で、こんな奴を何で同じ男の僕が可愛いなんて思わなきゃいけないんだろうって思いながら……
こんな黒崎の事が可愛くてどうしようもない僕は、どうやらかなり末期のようだ。
了
→一護
お互いが「やべ、コイツ可愛い!」とか思って惚れ直してりゃいいんじゃね?
て話
20120321
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