【Full Moon 2】 15 











「飲まねえの?」



 シャツを脱いで準備体制万全にしたのに、石田はベッドに腰をかけたまま、下を向いたままだった。膝の上で握った手が、僅かに震えていた。
 俺は、本当はその石田の手を握りたかった……けど、視界に入れないように気を付けた。


 久しぶりに来た石田の家は前に来た時と同じように、きちんと整理されていて、生活感の無い部屋で。
 カーテン閉めて、明かりを消したから、外からの街灯の光は少し漏れるけど……。



 ……辛そうだ、と思った。

 暗くても解る。

 呼吸が荒く浅い。薄い肩が上下してる。青い顔は今にも倒れそうだった。

 学校から、ずっと我慢してたんだ。

 学校でもまっすぐに歩けないくらいに石田はふらついてた。いつもなら無理しないで帰るくせに、別に俺は約束したら守るし、行くって言いっちまったからちゃんとここに来るつもりだったんだ。
 それでも、ここに来るまでも、石田はずっと俺の袖を掴んで歩いてた。


 逃げねえよ。

 逃げらんないって。


 そんな、状態だから、よっぽど乾いてるんだろうって思った。そんなに飲みたいのかと思ったから、玄関入ってすぐに石田が喰い付いてくるような気がしていた……けど。

 今、石田はベッドに座って、震えてる。



「石田?」

「……要らない」

 小さな、声だった。

 要らないって……? 言ったのか?
 血が飲みたいから、俺を連れてきたんだよな? 要らないって……だったら、俺の何が必要なんだ?




「おい、無理すんなって。お前の胃袋分の血ぐらいなら献血取られても俺なら……」
「要らない。別に、死ぬわけじゃない」

 さっき、学校であんなに飲みたがってたのに、どんな変化だ? 理性が服着て歩いてる石田のクセに、学校で俺に触ってきたくらいだったんだ。
 それなのに……

 何、だ? 学校からここまでくる間に、お前の中で何が変わったんだ? ついていけないから、その気持ちの変化を解るように話せよ。


「お前、俺にシャツまで脱がせといて……」

 俺のシャツのボタン外したのお前だろ?
 そんだけで、こっちの興奮度マックスに近いのに。

 我慢、しようって……出来る限りは、それでも我慢しようって思ってたけど、好きな相手に服脱がされて……それで終わりって、どうなんだ?


「……君と、話がしたかったんだ。本当はそれだけなんだ」
「話なら学校でも……」

「君、僕の事避けるじゃないか。ここに来てくれれば、落ち着いて、二人きりで話ができると思ったんだ……」



 顔を上げて、俺を見た石田の瞳は、相変わらず満月特有の赤い血の色をしてんのに……。
 それでも石田の意識ははっきりしてた。

 石田は、石田だった。


 吸血鬼の欲求に飲まれてるわけじゃない。苦しそうだったけど、辛そうだったけど、石田の口調からそんなことは解った。









「僕が、欲しいのは、君の血じゃない」

 でも、石田の言った事は、意識ははっきりしてるはずなのに、意味不明だった。

「は?」

 血が欲しいって、俺の血を飲んでる時の石田は、恍惚として、本当にうまそうに飲んでるのに。俺の血が欲しいわけじゃないって言われても、今更冗談か嘘にしか思えない。
 我慢してんだろ? 今だって呼吸するのすら大変そうだってのに。



「黒崎、君の血しか要らないって、どういう意味か解る?」
「………あれだろ? どうせ霊圧が強いからとかそんな理由だろ?」

 どうせそんな理由だろう。霊圧の探索能力に優れすぎてて、俺の霊圧が強いからとか、どうせそんなもんだろう。
 他に俺が他人と違って石田の注意引けるところなんか、そのくらいしか思い浮かばない。血液に霊圧が溶け出して、それを石田が吸収してるような感じだった。
 実際俺の血を飲んだ翌日、石田霊圧がはね上がってんだ。多分、それが理由だと思う。そんなの石田に訊かなくても解るって。




「違う。そうかも知れないけど、違うんだ!」

 違わねえよ。
 それだけだ。

 でも……お前はそれだけかもしんないけど、俺は……。

 そう言い返したかったけど、石田の声は怒鳴り声に近かった。ただでさえ体調が悪くて意識が不安定になってんだ。

 ここで俺が怒鳴り返すわけにはいかないって、我慢した。

 石田落ち着かせるためにも、今は俺が感情的になるわけにはいかない。





「君の血が特別なんじゃなくて、君が特別なんだ」

「石田……?」

 だから、そりゃ俺の霊圧が高いからだろ?
 その辺りがトクベツなんだろ?











「僕はどうやら、君が好きらしい」



 ……。



「今、なんつった?」


 あまりに予想外の言葉に、耳が勝手に妄想したような気がした。













20111224