「黒崎、昨日は心配かけて悪かったな」
何事もなかったかのごとく、石田が声をかけてきたのは一項時が終わってすぐ。
表情は、石田のクセに何だか柔らかかった。こんなただ機嫌が良いって石田の顔を見るのは珍しくて、何だか心拍数が上がって思わず目を逸らした。
「あ……、ああ。もう平気か?」
「昨日に比べたら、だいぶ調子はいいよ」
確かにまだ万全って顔色じゃなかったけど、だいぶまともな顔色してる。昨日なんか口をきくのも辛そうにしてたから、立って歩いて俺の席まで来て、俺に話しかけるなんて、昨日よか良くなってるんだろう。
「なあ黒崎、明日休みだし、今日うちに来ないか?」
「は?」
予想外の発言に、思わず石田の顔を見た。
石田は、笑顔だった。
滅多に俺に見せることもない、自然に浮かべた笑顔だった。
それなりに仲良くなって、気軽に話すこともあるけど……にしたって、笑顔まで浮かべてるとなると……何、考えてんだ?
普段から石田の笑顔なんか揚げ足取ってくる時と俺の血を飲んでる時くらいしか見れないから、なんか心臓が落ち着かない。
「昨日は心配させてしまったから、お詫びにご馳走を作るよ。こう見えても料理は得意なんだ」
こう見えてもっていうか、そう見えるよ。趣味が裁縫って時点でそう言う趣味ありそうだって。
石田の料理……か。
弁当を一緒に食ってる時に見る石田の飯は、美味そうだっていつも思ってた。ケイゴが美味そうだって言ったら、昨日の残り物だって覚めた顔で言ってた。その頃はまだ、石田が一人暮らししてんのなんか知らなかったけど……そんなに興味もなかったけど。
少し、よろめきそうになった……。いや、かなり。
石田の手料理……
「……いや、遠慮するわ」
「黒崎?」
行ける、わけがねえよ。
今だってどんな顔して石田と話していいかわかんねえ。
なんか満月が終わって普段を取り戻してきた顔の石田は、いつもと変わんなくて。
俺は相変わらず一人で悶々として。
お前が気にしてないなら良いんだって、そう思える程度の事じゃねえ……。
俺は、コイツに何した?
それに、今二人きりで正気保てるか自信無い。まだ、石田が吸血鬼の症状で苦しんでる時は石田だって多少……かなりオカシイから、許されてたような気もしたけど、いつもの石田と、二人きりって……
今、このいつも通りの石田に俺が欲望丸出しで触ったりしたら絶対嫌われるだろ。
石田に惚れてんだから、触りたいって思うの我慢できねえし、触って繋がって半端なく気持ち良いのだって知っている。
だから……。
って、どう言えば良い?
「……あ、俺」
「そうか。じゃあ、また」
俺は石田の顔は見れなかった。
声が少し小さくて聞き取りにくかった。
何か、言おうとして、でも何言ったらいいか解らなくて……それでも石田を引き留めようと、会話を少しでも続けようとして顔を上げたら、石田の背中だったから、やめた。
石田はいつもと変わらず。
いつも通りに沈着冷静で何考えてんのかわかんねえ無表情で。休憩時間には誰かと話してるより、窓際で本を読んでることが多い。
相変わらず、近寄りがたいオーラを全身から出して、話しかけにくそうだけど。
それでも最近仲良くなってきから、石田は平気で俺にも話しかけてくんのに。
最近、石田の棘も取れてきて、仲良くなってきたから、俺じゃなくてチャドや水色やケイゴと話してる所も見る。
だから今だって、昼飯一緒に屋上で食ってて、隣で水色と話てんのに、俺は、話に入り込む余裕もない。
どこのデパ地下の洋菓子店のケーキが美味しいとかは興味ないけど、興味ないふりして弁当掻き込んで、耳の意識は全部そっちに持ってかれてる。
でも俺は、罪悪感でいっぱいでロクに目すらあわせらんなくて……。
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20111214 |