【Full Moon 2】 11 











 ざっと斜め後ろで砂利を踏んだ音がした。
 石田が俺の隣に降りて来た音。


 ……こいつは、生身のクセに。
 線路からここまで、三階くらいの高さはあるってのに……いつも思うが、どんな身体能力してんだ。
 俺も自分の身体にも影響するらしいから、それなりに生身でも強いと思うけど、こいつは人間のレベルじゃない、と思う。



「終わったか?」
「ああ」


 石田が、虚を引き付けて、攻撃を加えて、高架下に虚の逃げ場を作るから、俺がそこを狙い撃ちして、一撃。
 おかげで公共物破損もせずに、時間もかからずに終わった。

 ガタガタと空気を揺らし、轟音鳴らしながら、上の線路を電車が走っていった。



「じゃあ、僕は帰るよ」

 じゃり、と川原の石を踏みしめる音がした。
 いつも、そんな感じだ。
 いつも通り、石田は終わればすぐに帰る。

 同じクラスってまとまりはあるけど、こうやって命を晒して戦ってんの二、石田はいつも終わると何事もなかったかのようにして、すぐに帰る。俺もそんなもんだって思ってたけど。


 でも……今日は。



「ちょっと待てよ!」
「何だ?」

「お前、何で大丈夫なんだ?」


「…………」

 石田は、目を逸らした。俺からも空からも。



 満月。
 雲一つ無い晴天。
 ぽかりと浮いてる丸い月は、街灯よりも明るく俺達を照らしてた。

 まだ低い位置に浮かんでる、やけにでかくて赤い月は……丸い。




「お前……さっきも駅前の人混みの中で」

 見事な動き方だった。
 攻撃もぶれずに、雑踏で気配を殺し、誰にもぶつからず、虚の足元を打ち抜いた。

 学校では歩く事がやっとで、青い顔してたのに。
 今だって顔色はそんなに良く無さそうだけど、暗いから石田の白さがやけに青く見えるけど。
 学校に居る頃よか全然ましだ。


 吸血鬼、治ってる?
 いや、吸血鬼って治るとかそういうもんなのか?


「石田、お前大丈夫なのか?」
「………」


 石田は、横を向いた。


「……今は大丈夫だよ」


 もしかして、具合悪いのって石田の、演技だった?
 具合悪そうにしてれば俺が血をやるって思われてたりすんのか?

 いや、演技にしたって何の為に?

 石田は満月だけ我慢すりゃいいって言ってたけど。
 いつも血をやる前は、本当にふらふらしてて、意識も朦朧としてて……満月、今日だよな? 目の前に証拠が浮かんでんだから、間違いない。


「俺の目を見て言えよ」

 石田が、何かを隠してる事だけは、確証が持てた。こうやって目をそらそうとする態度からも、何か隠してるか嘘ついてるのは解った。
 なんか、言いたくないことがあんのは解った。


「………」

 石田の視線は砂利に向けられていたのが、気に食わねえ。
 俺を、見ろよ。こっち見ろよ。

「石田……」

 石田の肩を、掴んだ。

 ワケがわかんねえ。

 何なんだ? 血を飲まないでも大丈夫だったのか? 俺、今までこいつの役に立ててたのか?

 でも、アレが演技だったなんて俺には思えなくて……。




「……血の匂いが、今はあまりしないから」

 石田は、小さな声で、言った。川の水音で掻き消されそうなくらいに小さな声だった。

「……何で?」

 さっき、人込みの中に居た。あんなに人がたくさんいたのに、血の匂いがしないって、どういう事だ?




「君が、居ないから」

「ここに居るだろ?」

「………」

 石田は……何だ?
 何、言ってんだ?



「石田、説明してくれないか?」

 今まで交換条件なんて石田にとって都合の悪い事持ち出してた俺の言うこと、何で聞いてんだ?
 大丈夫なら、べつに体調悪くしてまで俺とわざわざセックスなんかしなくても良かったんじゃねえか?

 そりゃ、あんな状況下で、石田は意識が朦朧としてて、それにつけ込んだわけだから、かなり無理矢理だったけど。でも本当に嫌なら拒否するよな?


 だって、やった後、やっぱり毎回辛そうにしてて。





「君の血が……」

「え?」


「黒崎の血が、欲しいんだ! 君があまりにも甘い匂いさせるから僕がおかしくなるんだ! そうでなければ僕だって血なんか飲みたく無いのに……」



「………石田」



「別に、我慢すればいいだけなんだ。君の血以外は飲みたくない。だから、君が居なければ………」


 俺の? 俺の血が? 俺の血、だけなのか?


「俺が居なけりゃ、大丈夫だったのか?」
「………」

 石田は、俺に横顔を見せたままだった。


「石田が辛そうだったのは、俺が居たから……」
「……」


「今は、俺が霊体だから……」

 だから、血の匂いがしないって……


「ああ、そうだよ! 君が居なければ大丈夫なんだ! 君が居なければ、僕は吸血鬼になんかならずに済む……君が、居るから」




 なんだ。
 そうなのか。

「僕だって何も好き好んで、血が飲みたいわけじゃない」



 俺が居るから、石田に負担かけて、その上セックスまで強要してたってことになるのか。

 ただ、俺はお前に好きになって貰いたかっただけなのに。




 なんか……空回り、以上にとんでもねえな、俺。





「……悪かった」

「黒崎? 何を謝るんだ?」


「学校は、仕方ねえけど……学校でだけは我慢してくれよ」



「黒崎?」



「石田……悪かった」

「黒崎、何を……」

「俺、帰るから」


「………黒崎」




 石田が苦しいのは、俺のせいなんだって。



 血が俺のが美味しいから、ってだけで……。

 石田の事だから、どうせ滅却師だから俺の霊圧が強いからとか、そんな理由なんだろう。
 確かに、俺が血をやった翌日の石田の霊圧は、いつも抑えていたって、霊圧を感知する能力が鈍い俺ですら石田が強くなった事が解る。その程度には格段の差がある。
 霊圧って、どうやら感じない奴にも、存在感みたいに感じ取れる奴は居る。石田はそんな小さなセンサーにも引っかかんないように、普段は最小限に霊圧を抑えて暮らしてるらしい。それでも漏れ出す霊圧は俺にも解るほどに密度が濃くて白い気がした。

 石田が俺の血を飲みたいのって、どうせ、俺の霊圧が強いから、とかだろ?


 それで、俺は、何した?




 石田は本当は、血なんか飲みたくねえって。

 なんか……










20111214