満月は血が欲しくなる……だなんて、ただの冗談かと思っていた。
甘い……甘い臭いがする。むせ返りそうなくらい、甘い匂い。
その存在感を強く臭わせる。どんなに意識を逸らそうとしても、その匂いに戻ってしまうほど……強烈に甘い、匂い。
今日も、学校に居る間中、ずっとあの甘い匂いがしていた。甘くて意識の中枢を壊すような、そんな甘い匂い。
ああ、そろそろ満月なんだろう……今は見えない月の形を自分の体調で意識する。
満月が近くなると、何故かやたらに喉が乾いた。喉は乾いていると思うのに、水を飲みたいわけじゃない。どんなに飲んでも乾いている。
やけに飢餓感を覚える。さっき夕御飯食べたのに。食べても胸焼けしてしまうだけで、何を食べても結局お腹が空いているわけではない事を思い知る。
ああ……きっとそろそろ満月なんだろう。
こんなにも甘い、匂いがする。
教室で感じていた。その、甘い匂い。教室の中から……満月が近くなるとその匂いは強くなる。
数ヵ月その匂いと格闘して、僕がその匂いを感じるのが満月の辺りだと分析した。すごく強い甘い匂いがする……きっと、今日か明日あたりは満月なんだろう。
その甘い匂いは黒崎からだった。
黒崎が近づくと………甘くて、とろけてしまいそうな匂いに毎月、僕はむせかえりそうになる。
やけに喉が乾いた。
黒崎が近づくだけで、その匂いが強くなる。匂いが立ち上る場所は一番初めに感じていた。
黒崎は満月になるとやけに甘い匂いがする。
だから、今日はなるべく避けるようにしていたのに……。
「何で、そのまま来たんだ? 馬鹿か君はっ!」
何で身体を安全な場所に置いて来なかったんだ!
「仕方ねえだろ、コンは浦原さんとこで、置いてくる場所無かったんだって。その辺に放置しとけねえだろうが」
僕が怒鳴ると黒崎は僕に怒鳴り返してきたので、よけいに僕の苛立ちは募る。
簡単な黒崎の説明を詳細にすると、擬魂丸はメンテナンス中らしくて浦原さんに預けてあるらしい。その間、虚の出現に備えて、強制的に身体から霊体を出すアイテムを持っているらしいけど……
だからってわざわざ……身体を連れてくる事ないのに……ちゃんと家に帰ってから、置いてくれば良かったのんだ。
明日は満月。でも、今空に浮かんでいる月も、ほぼ丸い。
夜空に煌々と輝く月はほとんど円になっていた。照らされるほどに眩しく光っている。
こんな日に……虚が出た。いや、新月だって満月だって虚には関係ないのだろうけれど……。
虚の出現は満月でも、僕は関係ない。僕は滅却すればいいだけだ……でも、今日黒崎が来るのは、まずいんだ。
僕の家から近かったから、僕の方が先に到着して戦っていた。
虚はとても低級。僕ですら一撃で倒せるはずだ……けど、人家に寄らないように、人目につかない公園に誘き寄せた。
そうしたら近くで交通事故にあったらしい中年男性の地爆霊を盾に逃げられて、困っていた。そんな事に手間取ってしまっていたから……黒崎が来てしまった。
明日は満月、見事に今日の月はもう丸い。
魂葬は……とか偽善的なことを言って黒崎なんかを待つんじゃ無かったんだ。ぐずぐずしている場合じゃなかった。
黒崎を待っているつもりも無かったけど、いつもなら、黒崎が動く気配を感じたら、魂葬は黒崎がすれば良いと思い、待つこともあったけど。
こんなことなら、多少人家が壊れた所で、さっさと滅却しておくべきだった。
「君の身体なんか犬にでも食べられてれば良かったんだ」
「てめ……わざわざ全力疾走して来たんだから、少しは労れよ」
「頼んでないね」
死神化した黒崎の霊体なら匂いが無いはずだから大丈夫だったのに……案の定、霊体の黒崎がこんなに近付いても匂いはしなかった。
なのに……何で身体ごと来るかな。
まだ、解らないけど、こんなに満月が近い日に霊体の黒崎と会うのは初めてだから解らないけど、霊体なら多分大丈夫だって、確信している。
身体から……強烈に甘い香りがする。
魂葬は黒崎がした方がいいとか、少しでも考えたのがいけなかった。
黒崎の身体から発せられる甘い匂いに、僕の神経が麻痺させられそうになる。
黒崎が公園に到着してから、どんな道具を使ってどうやって死神化したのか、僕は背を向けて虚を見ていたから解らないけれど、黒崎は身体から抜け出して死神になった。
後ろには黒崎の身体が、落ちてる。コン君が入って無いから、身体は死体と同じはずなのに。
匂いが……甘い匂いが……きつい。
虚と対峙して鋭敏に研磨された僕の感覚が麻痺するほどの、強い、強い匂い。
甘すぎて………。
喉が乾く。
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