白亜の闇 32










「……あ……んっ」

 足の付け根にあるオレンジ色の頭に手を乗せると、黒崎が口に含んだ僕の性器を吸い上げる。


「……黒崎っ……」

 逆らいきれないような波に流されそうになりながら、僕はわずかばかりの抵抗をした。黒崎の頭を押しのけようとしたはずの手には、すでに力が入っていないことぐらいは解っていた。

「石田……これ気持ちイイ?」

 暖かい口腔に含まれ、舌でなぞられる度に、身体が跳ねる。口の中の唾液の温度に包まれると身体中の関節が役割を失い弛緩する。

「ッ……いちいち、訊くなよ……ぁっ」


 僕は、何をやってるんだろう。




 僕の馴染んだ自分の家に今黒崎がいて、僕達はこんなことをしている……。
 黒崎が僕の服を脱がせて、自分の服も脱ぎ捨てて、床に散った制服と、ベッドの上で裸で重なる僕と黒崎。変なの……僕の部屋なのに。


 明日は休みだから、黒崎が学校の帰りに僕の家に寄った。

 それで、こんなことを始めた。
 また黒崎は僕のうちに泊まる気なんだろう……別に、いいけど。








 もう、こうするのは何度目の事だろうか。数えようと思えば数えられる回数だと思う。数えようとは思わないけど。
 もう何回か、僕は黒崎に抱かれた。
 別に、触られる事には大した抵抗はなかった。

 引き寄せられる腕に不満はなかった。黒崎の身体は嫌いじゃないから……抵抗はしなかった。




 もう、あれからしばらく経つ。

 近くに居ても、気にならなくなっていた。そばに居るだけで逆撫でられていた神経も、ささくれる事もなくなった。黒崎が虚を倒し、僕がその霊圧を観察することにも慣れた。
 何も出来ない僕がただ無駄な存在にしか思えなくて、情けなくて、黒崎はどんどん強くなっていって……でも、僕は何も出来ない。

 今でも歯痒いとは思うけれど……慣れたのだと思う。


 慣れる事と神経を鈍化させる事とは、きっと同じ種類の虚栄心を閉じ込めた無自覚の行為なんだろう。



 僕は相変わらず黒崎が苦手だったけれど……。

 僕と異質な存在。こんなに違うのに。

 黒崎が僕の何がそんなに拘るのか解らなかったけれど、できれば知りたくなかった。



 ――石田……好きだ。

 引き寄せられて、抱き締められて、腕の中で黒崎の呟きを繰り返し聞く。その言葉が僕の心に届いた所でどうなるわけでもないのに、黒崎は僕の頭に直接注ぐように、僕を抱き締めて耳元でその言葉を繰り返す。その度に僕は不思議な気分になる。

 ――何が? 何で僕なんだ?

 ふとした疑問を口にしてみた。訊いて後悔した。


 ――お前の事を護りたいから。

 それは、僕には屈辱的な意味合いしか含まれて居ない。


 ――そんな厚意は要らない。

 ――俺は欲しいんだよ。お前の事護る権利が欲しい。お前を護るのは俺がいい。俺以外の誰にもそれを譲りたくねえ。

 黒崎は傲慢な事を言っている自覚はあるのだろうか。その傲慢さも全て総括できる強さが黒崎に在ることくらい、僕にだってわかっているけれど。

 ――僕は、誰にも護られる必要なんて無いよ。

 僕を一個の僕として存立させる気もないらしい。僕の人権は大いに無視された。

 だから、君は嫌いなんだよ。


 ――護らせてくれ。
 ――嫌だね。

 ――お前が淋しそうなのが、辛いんだ。お前って、どっか脆そうだから。
 ――………。

 ――そりゃさ、お前強いから必要無いだろうけど………お前、時々凄く寂しげな顔すんだよ。その顔見たくない、ってか……。

 ――………。



 ――上手く言えねえけど、お前の心壊れそうだから、護りたいって……思った。


 ……黒崎は……気付いていた? 僕の中を気付いていた? 

 僕を護りたいと言った言葉は外的な要因に起因する事だと思っていた。それ以外僕に在るとも思わなかった。僕は常に空っぽだった。滅却師の能力が在る器だけの存在だった。
 自分の強さだけを僕は依拠していた。僕は空虚でどこにも居なかったはずなのに……。

 まさか、とは思った。


 黒崎なんかに気付かれたくなかった。黒崎に解るなんて思わなかった。
 黒崎は、本当の僕が在ることを知ってた?


 でも……そんな事……駄目だ。





 ――俺が笑わせてやりたいんだ。

 ――……別に僕は……。


 ――だけど、それ、俺じゃなきゃ、嫌なんだ。





 苦しそうな表情で、僕を見つめる瞳に浅ましくも優越感すら覚えた。傲慢で無知で圧倒的な強靭さを持つ黒崎が、僕を……僕だけを見る目に、僕はようやく劣等感を克服できたように思えた。
 黒崎と僕と、どちらが優位にあるかなんか知らないけれど……黒崎が渇望しているものは、今僕の所有だと言うことは解った。


 ――石田……上手く言えねえけどさ、お前の全部が欲しいんだよ。
 ――へえ……。


 ――お前が、欲しい。


 僕が黒崎を同じような視線で見つめる事が出来たら、黒崎はようやく満足できるのだろうか……。


 前にも、言ったと思うけれど。僕は君の望む事をしてあげるつもりはない。
 だから、僕は君を好きにならない。

 今僕が保てるプライドはその程度のものでしかない。君は僕の全部が欲しいって言った。僕は君に心を譲れない。黒崎以外に譲渡した。


 ――身体も?



 意地の悪い質問だと解っていた。
 優しく僕を包むように触れることはあっても、ずっと隣に居て何も喋らなくても僕のそばに長い時間居ても、それ以上は触れて来ようとしなかった。

 僕に触れたがっていることは解っていた。



 案の定黒崎は、僕の挑発に乗った。
 押し倒されて、衣服を脱がされ、抱かれた。

 こうすれば、身体を明け渡す事で、僕の敗北には繋がらない。
 僕から誘ったんだ。
 黒崎の意思じゃない。



 だから、僕は黒崎に負けたわけじゃない。



 黒崎は、僕を壊れ物のように、丁寧に扱った。
 身体中にキスを降らせて、全身を優しく撫でて、僕の興奮を高める事で嬉しそうにしていた。黒崎が僕の中に在る間も、僕に何度も辛くないか訊いてきた。


 一護の身体に僕は抱かれているはずなのに……。同じ身体なのに……それでも、黒崎だった。
 目を閉じて、感じる温度は同じなのに………。










「あっ……ッ…!」


 身体が痙攣する。

 黒崎の口に吐き出してしまった事に、羞恥と罪悪感を覚える。身体が、重力を受け止めて、布団に沈んだ。


 うっすらと目を開くと、黒崎の喉仏が上下して、僕が今吐き出したのを飲み込んでいたのが見えた……。













20110804