「……石田」
ようやく、落ち着きを取り戻してきた僕に、黒崎はポツリと言った。
僕は、今まで黒崎の胸で泣いていた。子供みたいに泣きじゃくった。子供じみた理性の微塵もないただの我儘を僕は黒崎に叩きつけるようにして泣いた。
黒崎はそんな僕をただ受け入れていた。僕が泣いても、ただじっとそれを受け止めていた。
恥ずかしいことだとは知っていたけれど、それでも僕は感情を抑制する事は出来なかった。黒崎が嫌いで、羨ましくて、僕がこんなに惨めな想いをしているのにも気付かないで僕は黒崎が嫌いなのに、それでも僕に優しくしようとする黒崎をただ僻んでいただけなのに。
黒崎は、僕が内包する馬鹿げた些細な激情ごと、僕を抱き締めていた。
「石田……俺、お前が好きだ。付き合ってくれないか?」
僕の嫌いな黒崎は、僕が好きだと言う。
それは、何て言う矛盾なんだろう。
「僕は君が嫌いだって言ったよね」
嫌いなんだ。性格が会わない。価値観が違う。見ているものが違う。感じ方が違う。
僕は君のように真っ直ぐ前を見ることができない。そうしたくても、僕が僕で在る限り、僕は黒埼にはなれないから、できない。
「それでいいや。嫌われてたっていい」
「………」
「いつか好きになってもらうから」
「傲慢な屁理屈だ」
「一緒に居てくれ」
「……」
馬鹿じゃないのか?
付き合うだなんて、黒崎は僕と恋人という契約をする気らしい。互いに拮抗した温度を持つ執着を了承し合う事だろう? だとしたら、既に僕はその契約に違反する。
だ、なんて……離れ、られない僕に、断る資格はある?
黒崎の身体に回した腕を、僕は離せない。
この身体が一護の物だと思うと、離れられない。
黒崎だ。これは僕が嫌いな黒崎だなんて僕は知ってる。それでも、一護の身体なんだ。一護と同じもので出来ている。
「君を僕は嫌いだよ」
「そんくらいなら我慢する」
何だろう。何故だろう。
「君は、馬鹿だ」
黒崎が、僕に執着する必要は何処にも無いのに。本当は……本当に、黒崎は僕じゃなくてよかったんだ。黒崎なら僕以外の僕以上の相手を隣に並べる事が出来る。
僕である必要は何処にも無いのに。
護るのは僕じゃなくていいのに。
何で、僕なんだ?
一護の時も、そう思った。
何で、僕なんだろう。
僕が弱いから?
「お前が好きなんだ」
黒崎がそう言われる度に、庇護される事を強いられるような屈辱に見舞われるのは、僕がただ無力だからなのだろう。
僕は、一護に、会いたい。
一護なら、それでもいい。
彼には、僕の全部を見せた。見られた。
……一護だけなんだ。
僕を見せても、彼は僕を嫌悪しなかった。
会えなくても、そばに居たい。こんなに近くに居るのに、一護はここに居るのに、それを僕は知っているのに、会えない。でも、きっとここに居る。
だから、黒崎から離れがたい。
「お前が俺を嫌いでいいから、俺のそばに居てくれ」
黒崎も、同じ?
僕が黒崎に向ける感情と黒崎が僕に向ける感情の色が違っていても、君は僕がいいだなんて……
馬鹿らしくて呆れる。
黒崎はなんて馬鹿なのだろう。
でも、僕はもっと馬鹿だ。
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20110804
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