整わない呼吸をそのままに、彼は床に潰れた僕を見ていた。僕が目蓋を開かないでも感じる程度には、視線に重圧があった。僕を、見ている。
まだ、全身がピリピリと痛い。彼の霊圧を浴びた身体の器官が、痛い。
繋がっていた部分は、まだ焼けているような気がする。まだ、中にあるような気がする。
もう、終ったんだ。僕は、解放されたんだ。
「……なんで……?」
「あ?」
「何で、こんな事……」
何で?
僕は、黒崎が嫌いなんだ。
その相手に………黒崎じゃない事はわかる、でも彼は黒崎以外誰でもない。そんな相手に、僕は……僕は何をされた? 考えたくない。何も、考えたくない。
「お前、俺の事嫌いだろ? オトモダチになりたかったんだって……」
悪気など微塵もない顔で、彼は気安い口調で……実際、彼にそんなものなどないのだろう。彼は彼の思う通りに動き、たまたま僕がそこにあっただけ。きっと、それだけだ。そのくらいの気軽さで、僕はこうやって今床に這い蹲っている。
「だったら、僕じゃなくても……」
僕じゃなくても、本当は良かったんじゃないか? 彼の気が済むようなら、僕じゃなくても良かったはずだ。そう簡単には死んであげるつもりはない僕は、ちょうどいいのかもしれないけれど、何故僕だった?
「だって、お前が一番弱そうだったしさ」
彼は、へらりと笑っていた……。悪気など、微塵も感じられない口調だった。わざと僕を挑発するような口ぶりでもなかった。
僕が、弱いと当然のごとく、そう言って、へらりと笑った。ここに空気がある程度の当然な口ぶり。
僕が……弱い? そう、言った。
僕は弱い。
それは僕だけが知っていればいい事実だ。誰よりも、黒崎だけは知らなくてもいい事実だ。彼がそれに気付いていると言う事は、黒崎も僕をそう認識していると言う事だろうか? 黒崎だけには、僕を弱いだなんて認識してもらいたくない。強くはなくてもいい。弱いだなんて見下されたくない……黒崎だけには。
「あと……腹の中の温度が、俺と一番近そうだったからな」
思いついたように、彼はそう付け足した。
温度が、近い。どういうことだろう? 弱いと言われた事よりも、温度の方が真理に少し近いような気がし、僕は真意を確かめたく目蓋を開き、彼を見上げた。
彼は、僕を見ていた。人ではない瞳が、僕を見下ろしていた。人ではない。黒崎なのに。
霊圧が、白いと、思った。
同じ霊圧なのに、色が違うような気がした。黒崎の霊圧は死神だから、赤にとても近い。陽だまりのような、温度を感じさせるような暖色をしている。霊絡は視覚化できるけれど、個人の持つ霊圧を色でイメージするのは、楽曲を色で表すようなものだと思う。必要もないし、その表現をしても個人の感覚だし、誰にも伝えるつもりもない上に、理解できる相手もいないだろう。
それでも、ただ、白いと、思った。彼は、白かった。
霊圧を色で表すなら、白い、と、そう思った。闇のような重厚さで、幾重にもただ白が重なり、光よりもただ深淵に暗い白があった。
「……君は……」
「一護って呼べよ」
「……」
一護………、彼が僕に何を言いたかったのか、僕にはまだ解らなかった。温度が近い。僕と彼とで、そんなはずないのに。
僕は、人間だ。
一護、彼は……人間でもない。黒崎だけれど、虚だ。
「っと、やべ。さっさと後始末しないと、一護に見られちまうぜ?」
彼は、身なりを正すと、近くの椅子に座った。
ふと……緊張の糸が切れたような。緩んだ瞬間、張り詰めていた事を意識した。
鋭く刺さるような空気が緩和された。呼吸が、苦しくない。空気中に確かに酸素が濃度を持っていると実感できる。温度すら感じられない固まった空気が、緩み、柔らかくなる。
…………彼が、消えた。
彼……一護の霊圧が……いつもの黒崎のモノに……変わる。
僕は慌て服を身につけた。拭いて居なかったから、気持ち悪かったけど。
タオルで、床を拭いて、痕跡を消した。
痕跡なんか、残せない。
消さないと。
一護が消えた今、事実は僕の中にだけある。
だから……何も、残さないように。
何も、全て、消えればいい。
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20110209 |