僕は、ジャングルジムの陰で、黒崎が、虚を倒すのを見ていた。
僕は、ただ……見ていた。
……悔しい。
こんな、はずじゃなかった。
僕が倒したって、良かったのに……。
僕は何もできずに、見ていただけだった。
腕が熱い。幸い、利き腕じゃないけど……痛みで照準が鈍るのは、確かだ。今、僕はただの足手まといにしかならないのは、悔しいけれど事実だ。
虚が現れたのを知ったのは、23時頃。距離は僕の家から北に約1キロ。
黒崎の家からは少しかかる。
滅却師は魂葬が出来ず、殺す能力だから、死神の能力を羨ましいと感じたことはないが、出来れば黒崎を待っていようと……。
黒崎が向かって居たのは感じていたけれど、僕の方が近かったから、僕が先に到着し、戦っていた。
人気のない公園まで誘き寄せる。
大きな虚だった。
もともと接近戦は、僕の戦い方では分が悪い。
この大きさだと近距離の力業のタイプだろうと、高をくくっていた僕のミスだ。
間合いを測りながら、黒崎の到着を待つ。
虚は、間合いを詰めてこようとし、近づくと巨大な斧のような腕を降り降ろす、そんな戦い方をしていたから……。
距離を取りながら、矢を放ち牽制をしつつ……。
ガサリと近くの茂みから音が聞こえた。今考えれば、人の気配はなかったから、野良猫か何かだろうが、それでも、僕に隙が出来たのは事実だ。
突然強酸のような、液体を飛ばされ、腕が焼かれた。
「……っ」
服が溶け、肌が赤く、焼けている……、異臭を含む強烈な痛みに意識を取られた隙に、虚が凪ぎ払った腕に飛ばされて、公園の遊具に叩きつけられた。
背中を強く打ち付けた。息が、つまる。
黒崎を待っている場合じゃなかった。
魂葬をしている場合ではない。
滅却しないと、殺される。
僕が、殺される。
降り下ろされた腕を、左に転がって、ギリギリでかわす。
どうにか体勢を立て直し、距離を取らなくてはならないのに、詰められた間合いで、連続的に降り降ろされる巨大な腕の猛攻に、避けるのがやっとで……立ち上がる余裕すらない。
人家の方に、逃げるわけには行かない。公園内から出るわけには行かない。一応、公園には軽い結界を張ってある。逃げられないようにするためのものではなく、人間がここに近付かなくするようにする程度のものだけれど、僕に意識が向いている限り、僕がここから出なければ、逃げなければ、被害を最小限に食い止めることが出来るから……ここから出るわけには行かない。
どうにか……倒さなくては。
降り降ろされる腕を、見る。呼吸が、まだ出来ないけれど、寸での所で弧雀を出す。
「くっ……!」
重圧が、のしかかる。
霊圧を上げて、盾がわりに使う。
力押しで、負けたら、潰される。
だから、もともと、接近戦は苦手なんだ。力で押すのは苦手なんだ。僕は、急所を一撃で必殺する事が得意なんだ。このタイプの虚には、遠くから急所を射抜けばそれで終わりだったのだから、黒崎を待っているべきではなかったけれど……僕が油断したのが全ての敗因だ。
防ぐのに、精一杯で、徐々に押されていく。
どうにか押し返さないと、このままじゃ………。
潰される。
体勢が悪い。
押されていく………。
「石田ァッ!」
ふと、虚が吹き飛んだ。急に、軽くなる。
「黒崎………遅い」
大太刀を払い、虚を吹き飛ばしたのは、黒崎だった。
「………その傷…」
「……」
黒崎が、僕の腕を見て、表情を固めた。
僕の、失態だ。
この程度の虚相手に追い詰められたのは、僕のミスだ。情けない。
焼かれた腕を押さえて立ち上がる。
「僕が足止めをするよ、その隙に君が……」
「……お前は下がっていろ」
静かな、声だった。
低い声だった。
逆らう事を許さないような。
普段なら、下がっていろなどと言われたって、引き下がる気なんかなかったけれど……。
ぞっとするような、低い声音で……僕は……一歩、下がって黒崎を見ていた。
「気を付けろ。酸のような体液を飛ばしてくる」
「……ああ」
黒崎は、僕の声を背中で聞いて……。
急激に上がる、黒崎の霊圧……膨らんで、膨張して……肌がピリピリとするほど……。
一撃、だった。
黒崎は、一撃で、虚を仕留めた。
それを、僕はただ見ていた……。
「黒崎……」
呼吸も整い、腕の火傷を庇いながら僕は、黒崎の所へ歩み寄る。
黒崎は、ぼんやりと立ち尽くしていた。
あきらかに、様子がおかしい。
こうやって、僕と黒崎と二人で共に戦い虚を倒すことは、何度かあった。
虚に気付くのは、僕の方が先だから、僕の方が先に到着することが多い。
その後に黒崎が来て、僕が虚を引き付けているうちに、黒崎が倒す。
いつもの事だ。
いつもと違うのは、僕がミスをして、負けかかって居たこと。
情けない。
「黒崎………どうかしたのか?」
肩を叩くと、黒崎はびくりと身体を震わせてから、僕を見た。
「………石田」
「黒崎? 何か……」
黒崎は、僕の腕を見て顔をしかめた。
僕は、慌て左腕を背に回して隠す。
情けない……自分の恥を咎められているような……そんな気がしたから、ほとんど無意識に腕を背に回した。
「……石田、腕、見せろ」
「大した事ない」
「見せろって言ってんだ!」
怒鳴り声を浴びせかけられて、僕は黒崎の顔を見た。
怖い、顔をしていた。
「黒崎?」
何を怒って……いるのか、訊こうとしたけれど。
「……っ」
黒崎が僕が身体を引くよりも早く、左腕を掴んで、傷口を見た。
羞恥に、身体が熱くなる。
この程度の虚に……黒崎が一撃で倒した虚に……。
「痛いから、放せ」
「………」
「黒崎、聞いているのか? 傷は大した事はないが、痛いんだ。放せ」
「お前、もう俺が来るのを待つな」
「本当にまずかったら、今度から、そうするよ」
そうするつもりだった、とは、悔しくて言えない。黒崎が一撃だった敵に……。
「もう、虚を引き付ける、とか、いいから」
「でも……僕は虚を殺す能力だ」
できれば黒崎に……死神が魂葬した方がいいんだ。そのくらいはわかっている。
「じゃあ、来るな」
「何だよ、それは」
あまりの、言い方だ。
それじゃあまるで……
「僕が、足手まといだと言いたいのか?」
怪我を負って、使い物にならないから? 僕が弱いから?
でも君に護られるなんてごめんだ。今日のような事は、二度とない。だから、僕は、闘える。二度とこんな情けない負け方はしない。僕は弱くない。
今だって、痛みで多少、照準が狂う可能性はあるが、痛みに対しての耐性はある。このくらい我慢できる。
僕は、僕のやり方がある。
「………死ぬかと、思ったんだ」
「悪かったな」
確かに、黒崎の到着がもう少し遅れていたら、まずい事になっていただろう……潰されていた。
確かに、僕のミスだ。
だけど、僕は滅却師としてのプライドがある。戦いの中で死ぬなら、それは仕方がないことだ。
それは、こうして戦いに身を置く黒崎だって同じ事……。
「死ぬかと、思った。俺が」
そう、言って、黒崎は、僕の肩に額を乗せた。
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090525
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