03




「お前って本当に付き合い悪いよな」

 荷物をまとめて帰り支度をしていた僕は、かけられた言葉にそれでも動きを止めないで、笑顔だけを返した。

「悪いね、毎回」

 仕事先では上手く振る舞えていると思う。人間関係も良好だし、仕事もできない方じゃない。それなりの社会性は保てていると自負している。
 だってうまくやっておかないと、面倒じゃないか。

「次は付き合えよ。お前が来ればもっと女の子が集まるから」

 この同僚は女性とお酒を飲むことが大好きなようで、頻繁に僕を誘ってくる。この同僚のことも、この同僚と話す時間も嫌いじゃないノリの軽い奴で、話していると気分が軽くなる。
 他にも仲が良い奴は何人かいる。愚痴を聞いたりもするし、相談にのったこともある。

 この世界ではうまく立ち回れていると思う。僕の世界を死守するために、必要最低限の手段だけど。嫌いじゃないけど、鬱陶しい。
 僕には、要らない。
 要るのは、ただ一人だけ。


「愛犬が淋しがり屋なんだ」

「そんなこと言ってると婚期を逃すぞ」


 僕は、苦笑だけを返した。
 きっとその苦笑が今この状況で求められている最善の僕の表情だ。だから、その顔を作る。

 でも、どうだっていいんだ。
 この今の僕を取り巻く環境は僕に辛くないから嫌いじゃないけれど、本当は僕は何も欲していない。

 仕事ではうまく笑顔を作ってやってるんだから、邪魔しないでくれないか?


 早く帰りたいんだ。


 彼が待っているんだ。

 きっと僕を待っていてくれている。



 早く帰らなきゃ心配なんだ。
 もしかしたら出ていってしまっているのではないかと。

 いなくなっていたらどうしよう。今日もまだいてくれるのだろうか。あの部屋に、まだ僕と一緒にいることを望んでくれているのだろうか。
 魔力を失った彼を閉じ込めているのは僕だけれど、逃げ出せるわけなんかない。僕の魔法は完璧なんだ。誰の目からも隠して、そしてどこにも行けない。細心の注意で魔法をかけた。彼が逃げ出してしまうことなんかあるはずがないことは知っているけれど、不安なんだ。

 帰って……帰った時にもし彼がいなかったら、どうしよう。


 仕事中、気が気じゃない。

 勿論、こんな自分を誰にも知らせる気はない。理解されるはずなんかないし理解されたいだなんて思わない。僕達を誰にも干渉されたくない。僕達だけの秘密なんだ。



 ずっと好きだったんだ。
 彼が欲しかった。


 ずっと喧嘩ばかりしていたし。
 きっと僕のこんな気持ちを知らなかったのだろうね。
 あんなことでも接触を持てたことは嬉しかった。彼からの言葉は心を刺したけれど、あのきれいな瞳が、僕を映すことが嬉しかった。
 あの戦いが終わったあと、僕は色々なモノを失った。

 なにもなかった。






 でも彼は、魔力すら失っていた。彼は本当に何もなかった。
 彼の方が、全部なくした。


 傷を舐め合いたかったわけじゃない。そんなこと必要ない、そんな傷があるのならその部分を切り捨ててしまえばいいだけだ。

 彼が欲しかった、手に入れたかった、好きだった、大好きだった。


 だから、見つけ出してここに閉じ込めた。

 手に入れたかった。
 手に入れて誰の目にも触れさせたくなかった。僕だけのものにしたかった。


 始めに向けられた憎悪でさえ、僕に向けられた彼からの感情は僕には心地好かったんだ。

 受け入れてもらえるだなんて思っていなかった。その憎悪のままでよかった。手に入れたかった、僕のものにしたかった。

 だから僕を好きだと、彼の口からそんな言葉が聞けるだなんて思っていなかった。


 僕は幸せだった。

 僕は何も持っていないけれど、それでも彼を手に入れたんだ。
 その他に何を望めばいいと言うの?


 だから、幸せなんだ。幸福なんだ。初めてこんな幸せを手に入れた。愛されたことなんて、記憶にない。



 それと同時に……。



 不安なんだ。


 出ていってしまうのではないかと。

 彼の僕への思いに虚偽は見出せない。きっと、今は彼は本当に僕を愛してくれている。それはわかっている。だけどそれは本当の彼の気持ちだろうか。
 こんなことまでして……僕の気持ちが空回りしていないのがおかしいくらいだ。僕の方の気持ちの方が強いんだ。
 優しくして慈しんで大切にしてあげるから、ずっと僕を好きでいて。



 壊れてしまったのかもしれない、彼の心は。僕が壊したのかもしれない。だから、僕を受け入れてくれたのかもしれない。きっとそうだ。

 僕が彼を壊したのだとしても、それでも僕は手に入れたんだ。




 壊れてしまったのかもしれないから……。

 だって、彼が僕を受け入れるはずなんか無いんだ。ずっと激しい敵意を向けられていたのだし。僕だってそうだ。そうすることを求められていたから。
 何もかも失った心の隙につけ込んだのは僕だ。どんな卑怯な手段を使っても、どんなに嫌われようと僕は手に入れたかった。


 もし彼が正気に戻ったら……出ていってしまうかもしれない。

 出ていきたいと言われたらどうしよう。
 僕は、彼の望みを叶えたい。から。





 早く、帰らないと。


 早く帰ってまだ彼が僕のものだと確認したい。早く安心したいんだ。



 ご飯を買っている時間が惜しい。食べなきゃ生きていかれないだなんて、なんて不便なんだろう。
 生活すら煩わしい。彼と触れ合っているだけで僕は満足なのに。


 食べる時間も要らない。寝ているのだって勿体無い。何もしなくていい。


 なにか、買っていこうか。
 何かプレゼントをしたら喜んでくれるだろうか。

 あの部屋には何もない。

 なにかしたい。
 何をすれば喜んでくれるのかわからないんだ。
 だって彼が何を好きかだなんて知らない。そんな付き合いはしていなかった。
 彼を閉じ込めてすぐに肌を重ねた。僕が無理矢理に。

 それでよかった。
 要らない。全部何も要らないから、そばにいてくれさえすればいい。


 早く帰ろう。


 早く会いたい。

 早く会って、触れたい。

 肌でその存在を確認したいんだ。


 抱き締めたい。抱き締められたい。
 そうしていいのは僕だけなんだ。僕の特権だ。他の誰にも譲らない。彼にだってその権利を奪わせない。

 誰にも……誰の目にも触れさせない。



 これだけでいい、ずっと離れないでいて。ずっとだよ。


 今の僕にはそれが全てなんだ。
 ずっと離れないで、僕のところにいて。僕だけのもので居て。


 もし失ったら僕はどうなってしまうのだろう。
 僕は死んでしまうかもしれない。

 僕が死んだら、それは彼のせいだ。



 早く帰らなきゃ。





















長々とお待たせしました。
ようやく続きです。
080618