きっとここを出て行く 01
ああ………
もう、これだけでいい
僕は彼を抱き締める
彼の存在が僕の腕に確かに伝わる
これだけでいい
これ以外要らない
他に欲しくない
だって、これ以上の幸福なんてないだろう?
あったとしても僕は知らない
知りたくもない
ベッドの上で僕は彼を抱き締める
彼は笑いながら僕の頭をその両腕で包み込んでくれる
僕はあまり他人に触れられる経験がなかったから
すぐに溺れた
抱き締める温度
彼の温もり
生きている温度
それは僕にとっての至高だ
なんていう幸せ
なんていう幸福
幸せだ、今僕は
「ドラコ……おいで」
「……ハリー……」
僕達はこうやって抱き締めあう
これだけでもう他になにも要らない
冗談じゃなくて本当なんだ
本当に
何にも要らないんだ
彼だけで
きっと空気さえなくても、僕は彼がいれば生きていける
だから逆に、僕は彼がいることで、ようやく自分を認識できる程度
彼がいなければ僕は自分の事すら忘れてしまうくらいだ
彼がいないと、現実は映画のスクリーンを見るように手触りが無いものになってしまう
今は彼が
触れ合う肌の温もりを伝えてくれる存在が
それが、僕の今のすべてだ
これからもそれだけでいい
なんにも要らないんだ
ここにいて
僕のそばにいて
ずっと
「ハリー、大好き」
「僕もだよ。僕もドラコが大好き。ずっと好きでいてあげるよ」
好きだと僕に伝えてくれる
それが嬉しい
僕は全てから棄てられたし、僕も全てを不要とした
全部彼だけでいい
僕の全てを捨てて彼を愛している
僕は全てを失ったけれど、そのかわり彼を手に入れた
僕の持っていた全てと比較しても同等の……それ以上の価値、そして幸福
「ねえ、ハリー僕のこと好きでいてくれる?」
「大好き」
「愛してる?」
「愛しているよ」
繰り返される無意味な発音は、何度でも心に沁みる
沁みて、
痛い
「ああ……ハリー」
僕は、いとおしくて、彼が、ここにいてくれることが嬉しくて
僕の存在が、僕の全身が求めていて
抱き締める
力を入れて抱き締める
抱き締められる腕に温もりを感じる
ねえ
このまま僕と一つにならないかな
なんで僕達に境界があるんだろう
このままどろどろと溶けて混じりあって、蒸発して
きっと何も残らない
僕達は不安定で愛情のふりをした執着という虚偽の妄想にとり憑かれているだけだ
きっと僕達には何もない
愛情の名を借りた、ただの執着
それでも、僕は
僕達は
「愛している」
「僕も……大好き」
この言葉を相変わらず好んで吐き出す
何の意味もないこの言葉は、恐ろしく忌まわしい拘束力を持ち、僕を捕縛する
この心地の良い旋律は
「愛しているよ」
僕達は、この言葉を呼気のように吐き出しながら、溶け合って混じりあう
僕から吐き出されるものは全てただの汚物でしかない
抱き締めて抱き締められて、一つになって
彼とでなければ汚ならしいこの行為すら僕は僕を認識するための崇高な手段になりうる
それ以外で僕は僕を確かめる方法を忘れてしまった
僕は彼を通じて以外で自分を確立する目的すら放棄した
彼がいないのであれば、僕は僕を必要としていない
だから、これだけしか僕にはないんだ
僕が生きていくために、僕は彼を求める
きっと、彼も同じ
僕達はこうやって抱き合う
素肌を触れ合わせる
本当に全てが此れだけになってしまえばいいと思う
彼だけいればいいんだ
僕の世界は彼で完結しているんだ
ああ……
「愛しているよ、ハリー」
壊れないで
誰も僕達を壊さないで
080309
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