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「マルフォイ。リズの予定、聞いておいてくれた?」
「はあ?」

 次の日、グリフィンドールとの合同授業が終わったあと、いきなりポッターが馴れ馴れしく声をかけてきた。
 ぎこちなくならないように今使っていた教科書とノートを揃える。
「リズの予定だよ。リズから聞いてない?」
「聞いてない」

 しまった、忘れていた。
 あのあと、シャワーを浴びたらすっきりしてしまって、今読んでいる小説の続きが気になっていたのもあって、夜遅くまで布団に包まって本を読んでいたけれど、すっかり忘れていた。
 今なら手帳を持っているし、空いている時間ぐらいはわかるのだけれど、僕の手帳でリズの予定がわかるのもおかしな話だ。ポッターの馬鹿のことだ、きっと気付かないだろうけれど、それでも用心に越した事はない。

「だいたいなあ、いくら同じ寮だからといって、そう頻繁に毎日顔を合わせるわけではないんだ」
「そりゃ、毎日君と彼女が会ってるなんてこと嫌だけどさ。同じ寮ってだけでも嫌なのに」

 昨日は、親友だとか言ってなかったか? この大法螺吹きめ。まあ僕だってお前と親友などになるのは生まれ変わってもお断りだ。

「昨日はどうだった?」

 とりあえず、感想でも聞いておいてやるか。今後の方針に役立てたい。
 感触としては悪くなかったように思える。ポッターも僕だと気付いたような感じもなかったし、それどころかどうやら盲目的に女装姿の僕を気に入っているらしい事が良くわかった。わかりたくもないが。まあ、実際は楽しいと言ってしまえば楽しいと言えないこともない。


「そうなんだよ。マルフォイも聞いて!」

 なんか、ひどく引っかかる言い方だ。
 ………「も」ってなんだ、「も」って!
「昨日帰ったあと、ロンにずっと話してたんだけどさあ……」



 ………。
 やめてくれ!!

 なんて奴だなんて奴だなんて奴だ!
 ばれたらどうするつもりだ。ウィーズリーの双子にはばれてるんだぞ。弟が情報を握っている可能性だってあるんだ……まあ同学年のウィーズリーはこのポッターよりも鈍そうだから大丈夫だろうけれど。ポッターよりも馬鹿というとそうとうなモノだろう。あいつと今後結婚する女性は苦労するに違いない。いや、だが女性に対しては見当違いにも気遣いはありそうだ、ポッターと違って!

「相変わらず、色が白くって、目が大きくてさあ。昨日は薄いピンク色のレースの付いたブラウスを着てて、黒いパンツ履いてたけど、本当に細くって華奢でさあ。胸は小さいほうなんだ。Aカップぐらいかなあ。なんか、僕とか私服ってトレーナーとジーパンとかなのに、なんだかお嬢様って感じだったよ。足が長くて綺麗だったから、本当はスカートの方が似合うと思うんだけどさあ。何着ても綺麗だよね」
「……そうか」
 知るか。スカートなどというものは金輪際履かないと決意したんだ。しかも、Aカップとか言うな。男が乳を膨らませてどうする。あってたまるか。
 見てないようで、見ていたんだな。残念ながらトレーナとかいうラフすぎるものは持っていないんだ。

「昨日は初めてお話しちゃったんだよね。声も済んでいて綺麗だったなあ。喋り方はちょっと男勝りだったかな? 初めのうちは普通に女の子が話すような言葉遣いだったんだけど、途中からね。いつもはそういう喋り方してるのかなあ。でもあの女の子っぽくて綺麗で可愛らしい顔であの言葉遣いのそのギャップもまたチャーミングなんだ」

 へえ。つまり、あれでも良かったと。というか、僕に気が付いていてわざと言ってるんじゃないだろうかこいつは。何気に傷つく事を言われている気がするのだが。

「手も触れたんだけど……」

 お前が勝手に握ってきたんだろう?
「指も長くって、つめの形も綺麗に整ってて、卵形でさ。手の甲とか本当すべすべでさ。手の温度がちょっと冷たかったから、なんだか僕が暖めてあげなきゃって思っちゃうんだよね」
 必要ない!
「身体が弱いらしくてさあ、人に酔うんだって」

 ……ああ、そんな嘘をついた気がする。大広間にかつらをかぶって行けるはずがないんだから。

「しかもしかも! 聞いてよ、すごいんだ」
「何だ!」
「彼女、僕の事知っててくれたんだ」
「はあ?」

 ハリー・ポッター。魔法界の英雄。そんな肩書きを知らないような奴がこのホグワーツのどこにいる。
「いやー、僕が英雄なんて呼ばれて、君に絡まれたりとかして、ずっと嫌な思いばっかりしてきたけど昨日ほど僕が英雄やってて良かったって思ったことはないよ。本当すごいよ」

 魔法界の危機と一人の存在すらしない女のことを天秤にかけられるお前のほうがすごい。
 しかもさらりと僕の悪口言ってないか?
「よっぽど惚れてるんだな」
 確認。
「うん。もう彼女が太陽だったら僕はその光を浴びて生きていく植物さ。彼女が綺麗な花なら僕はその蜜を吸いにくる虫だよ」

 ……こいつは、頭がおかしいんじゃないのか。

「本当、神話に出てくる美の女神とかそんな感じ?」
「……」
 何を言い出すんだこいつは。
 僕を見てもなんとも思ってないくせに。
 さすがに、恥ずかしくなって僕は赤くなってしまった。
 ちやほやされるのには慣れているけれど、褒められる経験のほうが家柄上多いけれど、そこまで言い切る奴はいまだかつていなかったから。っていうか、言う方も言う方だ。さすがにそこまで言ったらお世辞だってわかるから。
 でもこいつはどうやら本心で言っているからすごい。

「彼女となら僕は僕の一生を捧げても惜しくないよ。彼女と結婚できたら最高に幸せだなあ。リズと僕の子供だったら、本当に可愛いと思うんだよね。子供は3人ぐらいかな。それ以上でもいいけど。僕がお父さんでリズがお母さん。子供には絶対悲しい思いはさせないように、僕は全力で家族を守っちゃったりしてさ。まあリズが子供嫌いって言うのなら要らないけど。仕事から帰ってくると、お帰りなさいアナタって白いエプロン着て出てきてくれてさ」
 こいつは妄想癖があるんじゃないか。危ない。性質が粘着質だったら好きになった女性に付きまとう危険性がある。
「ご飯は絶対家で食べるし。もし彼女が料理嫌いなら僕が作る。洗物とかして彼女の手が荒れちゃったりしたら可哀想だし。おはようと行ってらっしゃいと、お帰りなさいと、おやすみなさいのキスは必ずしなきゃね。まあ、まだキスもしてないんだけどさ。彼女とキスしたらどんな感じだろう。キスなんてしたら僕はそれだけでイっちゃうよ」

 勝手に昇天してろ!

 いい加減黙れ!

 聞いているだけで恥ずかしくなってきてしまう。
 しかも、その対象が僕だと言うことを知らないこいつの妄想はきっと止めなければエスカレートしていくんじゃないだろうか。
 さっきまで少し赤くなっていた僕だけど、どんどんと血の気が引いてきているのがわかった。
 ……僕はオトコなんだぞ。

「それでね、それで……」
 まだ続くのか! 
「済まないがこれから授業なんだ」

 限界を感じた僕は、無理矢理ポッターの話をさえぎって立ち上がった。
 悪いが、本当に授業なんだ。














「リズの予定聞いておいてくれた?」

 夕食のとき、再びポッターが声をかけてきた。あれから半日も経っていない。
 しかもよく考えればまだ寮にも戻っていないというのに。普通に考えたら次の日とかに聞いてくるものだろう。
 まあ、さっき手帳を見て確認したからだいたいの自分の予定は頭に入っている。僕はスケジュールを立てるのが好きで、しかもその通りに実行できないと気分が悪い方だから、手帳は有効に活用している方だ。小さなこともちゃんとメモをしている。
 そして、クィディッチの練習場をどの寮が使うかという日程も。

「来週の月曜日の放課後ならば時間が作れるらしい」
「……あ、そう」

 勿論その日が放課後グリフィンドールが練習場を使う日だ。

「その日じゃないと駄目かなあ」
「僕が知るか」
 僕じゃないと知らないのだけど。
「うん……まあなんとかなるよ」

 なんだ、断らないのか? ってゆうかまさかこいつ練習をサボるつもりじゃないのか?

「クィディッチの練習がある日なんだけどさ。まあその日は腹痛の予定だから」

 なんて奴だ。
 サボる気なんだな……まあ、ライバルの練習量が減るのはありがたい。




















 それまでの数日の間、僕にリズの話を聞いてきてうるさかった。
 僕達は天敵じゃなかったのか?
 僕が嫌味を言っても一切口を開こうともしない、我慢強い態度なんてもう見る影もない。
 僕を見ればリズの話題を持ちかけてきて………僕しか話す相手がいないんじゃないだろうか。僕もかなり閉口してきているから、同室の奴らなんかはもうリズという名前も聞きたくないぐらいになっているだろう事は簡単に予想が付く。














 約束の日のポッターは、朝から目の色が違った。
 珍しく、櫛を入れてきたのか、いつもはぼさぼさの髪の毛がそうでもなかったし、顔つきも気持ちの悪いほどの笑顔だった。

 ああ……できれば、近寄りたくない。
 ポッターは顔は悪くないと思うのに……何故こいつがこう笑顔だと気味が悪いのだろう。

 が、……仕方がない。約束だ。











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