「また、会えた」

 扉を開いて、ポッターがどこにいるのか確認しようとするまでもなく、扉の前に立っていた奴が僕に声をかけた。
 こいつは言語を理解していないのだろうか……。
 頭をかち割って、中身を調べてやりたい気分をぐっと堪えて、僕は無理矢理営業用のスマイルを貼り付けた。
 この顔は高いんだ。お前にただでくれてやるほど僕はお人好しじゃない。あとてたっぷり利子をふんだくってやるから、覚悟しておけ。

「こんばんわ、ハリー・ポッター」 

 僕は、馬鹿な頭でも理解できるように、わざとゆっくりと喋ってやった。










 僕は、あの日以来、ポッターから執拗にリズと連絡を取るように迫られた。
 連絡といっても、僕に話せばそれが直接伝わることを理解していない馬鹿は、僕に脅迫に近い哀願で頼み倒した。放って置いたらきっとこいつはそのうち土下座でもしかねない勢いだった。させてもいいのだが……気分が良くなる前にどちらかというと見苦しそうだというのがあったから、その手前でやめた、というかやめさせた。
 まあ、ポッターに頭を下げられるのは、悪い気分ではない。

「何で僕に頼むんだ! スリザリンだったら他にもいくらでも生徒はいるだろう?」
「君しかろくに話したことないからさ」

 いけしゃあしゃあと。厚顔無恥にも。
 あつかましい。
 今までの僕達が果てしなく苦労をして、散々な目に合いながらも培った熱い厚い宿敵という壁をさもなかったかのように、リズに関しての頼みごとの時のみ僕に対してフレンドリーに振舞う。
 図々しい。

 今までのことを忘れたのか。僕達はあんなことやこんなことを乗り越えての今があるじゃないか! 勿論、リズに関して以外の時は相変わらず僕たちの間には埋めても埋めきれないほどの熱い溝が横たわっている。馬鹿だと思うからその態度を表面にすれば、あっちはあっちで憤慨する。馬鹿だと思われるような行動をするほうが馬鹿なんだ。そのことにすら気付けない馬鹿が!

 まあ、僕以外に僕の女装の事を聞かれても困るのだけど。あの日のあの時の金髪の云々を言われたら、事情を理解していない奴はきっと僕のことだと答えてしまう可能性があったから、僕に言ってくれないと困るといえば困る。

 根負けしたのと、ポッターをからかうためとで、僕は計画の第一弾を決行することを決意した。






 ……本当はもうちょっと焦らすつもりだったのだけれど。







 僕はあの時に入手した、自分の髪の毛から作ったロングヘアーのかつらをクローゼットの奥のほうから引っ張り出した。すぐにゴミ箱にぶち込む気だったのだけれど、なんとなく取っておいた。捨てることなどいつでもできる……二度とかぶる機なんてなかった事は本当だ。ただ、父上のように髪を伸ばしたいという気持も少しはあってそのための吟味……は、もうしなくてもいい気がする。やめよう。僕は長い髪は似合いそうもない……というか似合うから困る。
 さすがにスカートを履く気にはならないし、そもそも入手することもプライドとか色々な障害があって困難というよりも、普通は必用がないので持っていないのは当たり前なので、母上に私服として送って頂いたちょっと少女趣味の入った淡い色合いのブラウス……母上には申し訳ないが、これは今初めて袖を通します。襟元と袖口にレースをあしらっている所が頂けない……と、黒の細身のパンツを着た。これならばとりわけ、女装をしているわけでもないし、かといって女の子が着ない服でもない。
 その上から、ローブを羽織って。
 この前は先輩になにやら唇に塗りたくられたが、臭いしべとべとして気持が悪いし、唇で髪の毛を捕獲する必要もないので唇はいつも通りにしておく。ちょっと唇を舐めれば充血して赤くなるだろうし。

 仕上げは……。
 僕はゴイルの引き出しを勝手にあさった。
 いつ見ても整理されていない、ぐちゃぐちゃの引き出し。

 ……見つけた。
 隣にゴイルがいたが、僕が漁ってもあまり気にしていない様子だったから、何も言わずに持っていく。
 ホグズミートで購入したらしい飴。こいつらは、どうせホグズミートの安い駄菓子屋では購入できないようなケーキとかクッキーとかマフィンとか、クリームたっぷりとか、胸焼けするような甘くて柔らかい物ばかりを好んで食べるのに、時々食べもしないのに変な物を買ってくる。

 声が変わる飴。

 これは、どうやら声を高くする飴らしい。二人が面白がって食べていた事を思い出した。飽きるとすぐにゴミ箱のつもりか机の引き出しに投げ入れられている。
 
「あー・あーあー」

 発声練習。本日晴天也。

 僕の声が少しだけ高くなった。
 ポッターのあの調子では、僕が声を変えなくてもばれそうもないけれど、それでもとりあえず念を入れて。ばれたら元も子もない。

「マルフォイ、どこ行くの?」

 夕食も終わり、あとは個人で勉強をするか遊ぶか寝るか。僕は紅茶を飲みながら読書をすることが多いけど。
 そんな時間に僕が出かけることなんて滅多にないから。用があるにしてもゴイルに頼むかクラッブに頼むか二人に頼むか、他の奴に頼むか。まあ、僕の用であっても僕は行かない。
 だから、不審に思ったのかクラッブとゴイルが僕の行く先を尋ねた。


「………イタズラをしにちょっとな」


 かつらを被って、僕は二人に向けて笑顔を作ってやった。
 二人が黙り込むのが見えた。





















 そろそろ就寝時間も迫っているから、いつもは生徒達でにぎわっている全生徒が共通して使える談話室も、今は誰もいなくてしんと静まり返っていた。寮にも談話室はあるが、たいていはそっちでのんびりするが、他の寮の生徒と話がある時はこっちを使う事もある。ただどこの生徒も自分の寮内で友人が出来ることが多いから、ここの談話室は元々余り繁盛していない。




「初めてみた時から、ずっと好きだったんだ」




 二言目には、それか!
 普通はもうちょっと世間話をして、盛り上がって会話が途切れた瞬間とか少しクールダウンした時を狙って呟くように言うものではないのだろうか。ロマンの欠片もない。減点10点だ。
 ゴングがなった瞬間カウンターを食らわされたような気分だ。様子見、とか、相手の出方とかふつうは観察するものではないのか?
 だからと言ってここで怯んでは駄目だ。

「ありがとう。でも会ったばっかりだし、私マルフォイから聞いたことしか貴方の事について何も知らないから」

 やんわりと、お断りの言葉を入れてみた。
 お友達から始めましょうって寸法だ。
 ちょっとずつ様子を見ながら、ポッターを僕の都合のいいように変えて行こうという僕の長期的かつ壮大な計画だ。

「大丈夫! 愛に時間は関係ないよ」

 ………そうきたか。
 一筋縄ではいかないな。さすが僕の認めたライバルだと認めてやろう。

「いや、でも」
「僕のこと嫌い?」

 いやいやいやいや。
 そうじゃないだろう? これからお互いを知って行こうって、そういう話には持っていけないのか!?

 まあ、大っ嫌いだけどさ!

「……いや、別にそういうわけではなくて」
「じゃあ好き」

 近い! 顔が近い!
 いつの間に僕の手を握ってるんだ、こいつは。
 好きなわけがない。
「あの、だから、ぼ……私ハリーの良いところ全然知らないから」
「君好みの男になるよ」
「いや……そうではなく」
「君のことが好きなんだ」




 ………。
 会話のキャッチボールしてくれよ。
 これだから、英雄として人気もあるし、明るい性格だし、顔だってそこそこ男前なのにも関わらず、未だに彼女の一人もできないんだ。
 ポッターは僕の両手を握って顔を近づけているから、僕は知らないうちに壁のほうへと下がってしまう。

 ちょっと……怖い。

 僕は男なんだから、本気を出して抵抗すれば逃げることだってできるだろうけど……。
 怖くて、動けなくなる。
 男に迫られても大丈夫って……女の子ってすごいなあ。とか、ちょっと明後日の方向に思考が飛びそうになるのは、危機回避能力の一端だろうか。

 ちょっと後ろにずれると、ずれた分だけポッターが近づいて来るから、僕はとうとう壁際まで追いやられてしまった。
 本気で、怖い。
 何なんだ、一体。
 僕の計画としては僕がリードするはずだったんだ。
 その時のポッターの馬鹿面を拝んでやろうと、楽しみにしてたってのに。

 なんでこんな恐怖体験をしなければならない。


「ポッター、少し落ち着いてくれ!」
 思いっきり振り払った手は、少しだけ効果があったようだ。

「………ごめん」

 なんだか、まるでポッターの方が傷ついたような顔をするから、僕は頭に血が上ってしまった。
「ごめんじゃないだろう! 女の子に対してその扱い方はひどいだろ? もうちょっと相手の気持ちを考えたらどうだ! 少しは我慢しろ」
 だからモテないんだ!

「………その……嫌だった?」

 当たり前だ!!
 と、言いたい言葉を飲み込んだ。
 しまった、素が出た。怖さのあまり気が動転した。
 
「ちょっと、怖かったから」

 ちょっと、どころの話ではないけれど。
「怖がらせちゃってごめんね」

 僕は、ため息をついてしまった。
 まったくちっとも全然気付いていないようだ。

「少し、話をしないか?」

 とりあえず、譲歩。
 逃げ帰っても良かったのだけれど、というか、本心は逃げ帰りたい気持ちがほとんどを占めているのだけれど、ここで尻尾を巻いて逃げるのも、僕のプライドが許さないし、帰ってしまったらせっかく立てたプランが水の泡だ。

 言葉遣いも、気を使っていたが、もうこいつごときに言葉遣いまで譲歩して気を使ってやる必要もないだろう。

「うん! そうだね」

 ポッターが僕が見たこともないような満面の笑顔でそう言った。
 ああ、大丈夫だ。











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