6 「マルフォイ」 「うわあああ!」 朝食を食べ終わって、大広間を出た途端に、背後から……しかも耳元から、ポッターの地獄から這い上がってきたような、墓から這い出してきた死体のような禍々しくも恨めしい声が聞こえたので、僕は恐ろしさのあまり悲鳴を上げた。 「うるさいなあ」 振り返るとポッターが僕の後ろで不機嫌そうに耳を押さえていた。 「おま、いきなりっ! 無礼だろ」 後ろから、突然だったために、僕の心拍数は上がった。 しかも、今僕はポッターのことを考えている最中だったから、ばれたのかと思ってどきりとした。 というか……誰かが昨日の女装は僕だったとポッターに伝えたんじゃないのか? その可能性はあった。今気付いたが……何故今までその危惧をしなかったのだろうか。当たり前だ。あの双子が知っているんだ。僕……マルフォイとウィーズリーは親の代からの犬猿の仲なんだ。というか、父上とウィーズリーの父親が仲が悪かったから、そのまま僕たちが仲が悪いだけなんだが……僕が女装していた事をポッターにばらすなんて、ウィーズリーの双子は最高に楽しいに違いないのに……。 そうなると、もう僕の計画は台無しだ、というよりも、それをネタに脅される可能性も出てくる。 「昨日のあの子、夕食にも今日の朝ごはんも来ていないみたいなんだけど……」 「…………」 ………。 よかった、ばれていない。 っていうか来るはずないだろう。僕なんだから。僕が来てるんだから。 馬鹿だ。 やっぱりこいつ、目が悪いというかなんと言うか。 「たぶん、お前の言っているのは、リズ・ケリーだろう。身体が弱いらしく、あまり大広間では一緒に食事をしないらしい」 口からでまかせ。 「……リズって言うんだ? 可愛い名前」 「ああ。たぶん、お前の言っていた外見と一致する」 「そうか……身体が弱いんだ。本当に色白だったし」 馬鹿じゃないのか!? 昨日お前とさんざ追いかけっこをしただろう?? この広いホグワーツ2週はしたぞ。しかも全力ダッシュだ! 疾走した上に気配にも気を使い、時には身を隠したりして走り続けたので、ひどく疲れた。 あれだけ走り回れる人間のどこが身体が弱いように見える? 僕はこう見えても、今までろくに風邪すらひいたことのない健康優良児だ。体力だってあるほうなんだ! 確かに肌はあまり陽に焼けない方で褐色になったりしないし、食べても太らない体質だし、筋肉もつかない方だけど! 僕は決して病弱ではない。 「じゃあ、食事の時には会えないんだね」 ポッターのがっかりした顔が面白い。 「そういうことになるな」 だって、僕だって腹が減るから。まず僕が腹を満たさねば何も始まらない。リズが食事に出るというと僕がいなくなる。まあ、それはポッターは気がつかないだろうけど。 ポッターを騙して遊ぶためなら、食事の時にかつらを被って来ても良いのだが、先生方の目がある手前、あまりふざけたことはできない。 「どうにかして会えないかなあ」 ポッターがじっとりと僕を見て神妙な口調で僕に強請る。 会わせる気はあんまりないけれど。というか、二度とリズとして会う気なんてさらさらないけど。 「さあ……」 「彼女ってさあ、本当に綺麗だよね。少し儚げな雰囲気もあるし。繊細そうだし、なんて言うのかなあ……」 知るか! 「顔立ちも整っているし、髪の毛さらさらだし、目も大きかったし、睫とか知ってる? すごい長いんだよ。唇なんかも赤くってさー。顔もちっちゃくって」 ほっといたら、いつまでも僕のことを褒め称え続けるんじゃないだろうか、こいつは。目の前に同じ顔がいるというのに。 「そうか? お前がそこまで言うのだから、どんな美人かと思っていたからまるっきり思い当たらなかったぞ」 これは、少しの照れと謙遜。 どんなに嫌いな相手でも……たとえ相手がポッターであったと言っても、僕と知らないとはいえ、ここまで褒められればさすがに照れる。そうか、僕の睫は長いのか。身嗜みはきちんとしていないと嫌だが、それほどの長い間鏡の前で自分と睨めっこしているわけではないし、睫の長さなど測らないし気にした事はないのだから。 まあ、こいつと比べたら鏡の前にいる時間は10倍以上にはなると思うが。 本当に珍しく、謙遜してみたというのに……。 ポッターがすごい形相で僕を睨んだ! ポッターに睨まれると本当に怖いんだ! それを僕は身をもって体感している。経験済みだ。多分このホグワーツ内では僕が一番ポッターの視線の威力を体験しているはずだ。その僕が言うんだから間違いない、本当に怖いんだ。 しかも次の瞬間、僕は壁に突き飛ばされていて……。 ドンという、鈍い衝撃。 痛いと思うまもなく、ポッターが僕の肩を壁に押し付けていた。 ポッターの、怒りを顕わにした顔が、僕の鼻先十センチ。 ポッターは、怒ると本当に怖い。本気で怒ると、それに拍車がかかる。 僕がからかって、怒りを抑えている感じが僕にはたまらなく快感なのだが、本気で怒らせるその度合いが難しい。怒らせると怖いけど、その一歩手前ぐらいが楽しいんだ。 だから今は、本当に、心底から怖い。 きっとこいつは視線で人を呪い殺せると思う。 僕がポッターを押しのけようとすると、その倍の力で壁に押し付けられた。 ? 僕が何か言ったか!? 「何だ、ポッター! 離せ!」 怖いのをこらえて僕もポッターをあらん限りの力を目に込めて睨み返す。 「いくら同じ寮だからって、彼女のことを悪く言う奴は彼女が許しても僕が許さない」 背筋に冷や汗が伝うほど、低い声だった………。 いや、ちょっと待て! 今のは悪く言ったうちに入るのか!? しかも、僕が僕のことを言ったとして何が悪い。僕のことを言うのに、なぜ貴様の許可を求めねばならないのだ。 そう思ったけれど。 ポッターは僕から目を逸らさずに、鋭い眼差しを僕の瞳に放っている。 ……怖いというか、もはや痛みを感じるくらいの視線だ。 「………わかった」 とりあえず、気迫負けした。 僕がポッターに対して負けを認めるのは初めてじゃないだろうか。確かに箒の扱いに関しては……少しは認めるけど、それでもいつか追い抜かす予定だ。身長も負けたけどそれもいつか追い抜かす予定だ。 だが、今このポッターの迫力は一生勝てない気がする。 「とりあえず、彼女に僕が会いたいって伝えておいてよ」 ふと、ポッターの視線が緩んだ。 ふと、空気が和らいだ気がした。空気までがポッターに圧倒されてぴりぴりと凍っていたことを僕は今気がついた。空気はこんなに柔らかかったんだ! という感動。 「何で僕が」 「さっきの謝罪のつもりでさ」 「………」 頭のねじが一本外れてるんじゃないのか? そんなことで、この僕が何故お前に使われなければならない。 僕は相変わらず壁に押し付けられたままで、ポッターは相変わらずの視線を向けてきていた。 少しだけ、ポッターの腕を外そうとしてもがいてみたが、びくともしない。何なんだ、この馬鹿力は? 時々殴りあいの喧嘩とかもするけど、確かに最近負け越しだが……。 「………わかった」 少々の恐怖。は、秘密。 0701 → |