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 部屋に帰ると、クラッブとゴイルが僕を待っていた。部屋を開いた途端迎えられた。こんなお出迎えをされたのは初めてだ。何だ一体。

「……マルフォイだったんだね」
「はあ?」

 第一声が、それだった。
 恐る恐る、僕の機嫌を伺うように何かを言ってきた。

「何だ? 一体」
 マルフォイだったとは? 僕は昔から僕だったはずだが……何か? お前はずっと僕をマルフォイと呼びながらそれ以外で認識していたという、愚鈍な頭脳で複雑な処理をしていたというのか? それってつまり、馬鹿だろ?


「昔、パーティーの時、何度か会ったリズってマルフォイだったんだ!」
「………」
「ずっと、憧れてたんだ、リズに!」

 口々に興奮した口調で二人に言われて、僕は、苦虫を噛み潰したような顔になっているのだと思う。
 というか、現状が苦い。
 めずらしく、そっちから口を開いたと思ったら……。

 この自分の情けなさと、友人二人の馬鹿さ加減と、鈍感さと!


 僕は、二人の狭い間を、二人を押しのけるようにして進んだ。

 口も利きたくない。
 さっさと、スカートを脱ぎたい。
 というよりも、もう誰にも会いたくないし、誰とも喋りたくない!!
 さっさとシャワーを浴びて、もう寝てしまいたい。寝て、全てを忘れてしまいたい。

 それなのに、嫌なことを、追い討ちをかけるように思い出してしまった。
 こいつらが愚鈍なのも、僕が今日こんな目に会うのも、全部ポッターのせいだと言い切ってしまいたい。というかもう無責任な責任転嫁だと思われようとそうする。全部ポッターのせいだ! ああ畜生。







 僕は、服を脱ぎ捨ててシャワーを出した。
 熱いお湯が出てくると、少しだけほっとする。





 実は、僕の女装には年季が入っている。
 
 母上が、実は女の子が欲しかった、とよく仰ってた。母上はあまり丈夫な身体をお持ちではないので、僕に残念なことに妹はできなかった。本当に残念だったと思う。妹がいれば、まだ僕のコンプレックスはこんなに深くなかったはずだ。

 母上は少女趣味で、レースやフリルや刺繍やお花が大好きで、そして僕を溺愛していた。
 そして、女の子が欲しかったのだ。

 父上がいらっしゃらない時に、僕にドレスを着せて遊ばれるのは、もうかなり頻繁だった。
 母上が喜ばれるのは嬉しかったし、可愛いといわれるのも、母上になら嬉しかった。母上に喜んでもらえると思って、僕は……僕の女装は、もはや完璧だった。
 僕が女の子として振舞えば振舞うほど、母上は嬉しそうなお顔をするので、だから僕はもっと母上を喜ばせたくて……まあ僕も面白がっていた所もあるのは少しは認めよう。
 綺麗なドレスや、立ち居振る舞い、会話、どの同年代の女の子よりも完璧に女の子になりきる自信があった。
 その頃は、得意になっていた。
 僕のうちでのパーティーの時は主催者側だったから、僕は僕として参加していたけれど、父上がお仕事で参加なさらない時は、母上がパーティーにマルフォイとして参加して、そして女の子の僕を連れて行った。
 遠縁のリズ・ケリーとして。
 実際遠縁にリズという名前の人物は存在していたが……、高齢のおばあ様だ。

 僕は、リズとしてパーティーに参加して、そして完璧なまでの女の子を演じきった。
 母上はとても喜んでくださった。

 ゴイルもクラッブも僕の身内のようなものだから、マルフォイが参加するとなれば勿論出席していたから。
 会えば子供が少ないこともあって、必ず一緒に遊んだ。
 ……けれど。
 こっちは僕のつもりで遊んでいたけれど、ゴイルもクラッブもどうやら僕と気付かず、リズとして一緒に遊んでいたようだ。

 その事を、僕もあいつらも今日知った……。

 長年一緒に居たのだから、お前らぐらいは気付けよ。どこまで愚鈍なんだ。
 
 しかも思い出したくもないが、つい数年前までそうしていた。
 母上に微笑んで頼まれると、とてもではないが断れない。
 悲しそうなお顔は見たくないし。
 僕が女の子の格好をすることぐらいで喜んでくださるのなら……。

 ホグワーツに入学するまでと、母上は父上とお約束をなさっていたようだが、入学してからもごくたまに、母上が僕にドレスを着せていた。夏休みで帰省し、父上がお仕事でいらっしゃらない時などは、母上はこっそりと僕を呼んでレースやフリルのついたビラビラでフリフリの服を僕に着せて喜んでいらっしゃった……母上に喜ばれるのは嬉しいんだ。
 それにしても入学してからは、毎日のように会っている……というよりも一緒に生活をしているのだから、僕がドレスを着ていたらわかりそうなものなのだが……さすがにパーティーに出席したのは一年のときまでなのだが……それでも、声とかでわからないのか? 僕は当然僕のつもりでゴイルやクラッブに接していたというのに、彼らは僕をリズのつもりで接していたということに、僕も気付けなかった。何しろこいつらはいつも食べること意外は何を考えているのかわからない。

 さすがに、もう二度と女物の服を着ることはないと思っていたのだが。
 
 実際、似合っていることはわかっているのだし、僕の理想の女の子を演じることはほんの少しだけ楽しかった。

 のだが!

 別に、女装をするのが趣味というわけではないのだから、決してばれることはないと思っていたのに。いや、別に幼少の頃の恥部が暴露されたわけではないのだが。





 ため息。



 とにかく、ポッターだ。
 何よりも、問題がまずポッターだ。

 何なんだ、あいつは一体。


 宿敵である僕の顔を見忘れるだなんて。
 僕達はそんな浅い仲だったのだろうか。
 ポッターが女装をしたのだったら、僕は目ざとく発見して、一生忘れられないぐらい馬鹿にしてあげられる自信はある。
 なぜあいつは気付かないんだ!

 ……まあ、有難いといえば有難い。

 しかも……








『君のことが好きになっちゃったみたいなんだ』





 脳内で、ポッターの台詞がリフレインする。

 僕の顔を忘れたばかりか、こともあろうに僕に惚れただって?
 何なんだ!
 人のことを追い掛け回すし。
 完全に女だと信じているし。
 全然僕だって気付かないし。















 ……どうやって、からかって遊んでやろう。








 色々、具体的に計画を立てなくてはならない。最近ポッターに対して腹の立つことが多い。
 良い、ネタを見つけた。
 ポッターが不幸になるのだったら、女の格好をするぐらいそれほど僕には苦痛じゃない。慣れているのだし。

 僕は、シャワーを浴びながら、一人でほくそ笑んだ。






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