4


















 ずっと走って、走って走って、めまぐるしく景色が変わる。
 また、中庭に出た。何度か中庭を通った気がするけど……。
 死にそうだ。
 息が切れる。
 もう走れない。
 僕は、芝の上に座り込んだ。

 後ろを見ると――周りを見回したがポッターの気配はない。
 
 どれくらい走っただろう。
 もう、薄暗くなってきている。
 それにしてもようやく、これで一息つける。息が切れる。肺が酸素を取り入れてくれない。
 中庭の、芝生に僕は倒れこむようにして座った。
 死んでしまいそうだ。苦しい。
 喉がからからだ。
 本当にさっさと帰ろう。さっさと帰ってシャワーを浴びたい。





「おーい!」
「げっ」

 まだ、ついてきてる……のか?

 僕は何回も撒いたのに……それでもついて来ている。僕を見失っても何か不思議な根性で探し回ったらしく、ついてきている。つまりポッターは僕以上に走り回っている。ことになるのだろう。
 僕は慌ててかつらを外して、ローブの懐に突っ込んで、口に塗ってあるべたべたするのを手の甲で拭き取って、足をローブで隠した。
 さっさとこうしておけばよかった。
 あまりの恐怖にわれを忘れて取り乱してしまった、情けないことに。
 さすがに髪が短ければ……足もローブの中に入れて隠したし僕だと認識してもらえるだろう……というか、そのまんま僕だ!
 いやいや、おかしくないか? 僕の髪が長くなっただけだ、本当に。それ以外何にもしていないというのに、何故ポッターは気付かない?
 まあ、これはさすがに僕だ。今のカツラと足をローブの中に突っ込む作業をずっと見られていたわけではない限り、奴が僕をどこかの女とは認識はしないだろう、多分。これで間違いやがったら、本当にどうしてくれよう。

「ようやく見つけた」

 そういって、ポッターは僕の目の前で倒れた。
 倒れたまま、僕のローブの端っこを握り締めた。

 いやいやいや、違うって! よく見ろよ。
 ローブ掴むな! 足が出るだろ!!


 倒れこんだポッターは、僕の前に倒れたまま、動かない。
 ただ、すごい勢いで呼吸をしているので、死んでないことはわかる。

 僕も声が出せないぐらい息ができないから、嫌味を言う場合じゃない。
 気づかれないように呼吸を抑えることに無駄な全労力を使う。

「君、足が、速い、ね」
 ポッターが、息を切らせながら言。
「何を、言っているんだ、ポッター」
 必然的に、僕の息も切れている。

「………あれ?」

 ポッターが、首だけ上げて僕を見た。

「なんだ、マルフォイか」

 さっきと、声が大幅に違う。
 いつも僕との対応に使っている、できる限り冷たい声。
 まあ、いつも通り。

 よかった……本格的にばれてない。

 いい加減、どっか行け。お前がそこにいると立てないじゃないか。さっさと帰りたいんだ。
 素足を出してポッターの前で歩くわけには行かない。さすがに僕だと認識されたところで、僕がスカートを履いていたら、それはそれで後々までこのネタで脅されるに決まってる。僕だったら絶対にそうする。

「何やってるんだ、そんなとこで果てていて」
 僕は気合を入れて馬鹿にした目つきを作った。
「こっちに、綺麗な女の子が来たと思うんだけど……」
「………知らない」
「本当? 絶対にこっちに来たと思うんだけど」
「………誰も来てない」
「嘘ついたら許さないから」
「………さっき僕がここに来てから、この辺は誰も来てない」

 嘘じゃない。嘘じゃないぞ!! だからその目はやめろ、本気で怖いんだ。ポッターはひどく眼力が強いと思う。もしかしたらそのうちビームでも発射されるんじゃないだろうか。小動物ぐらいなら殺せるんじゃないだろうか……。
 まあこれなら、絶対に嘘じゃない。僕がここに来てからはポッター以外誰も来ていないんだから。
 ポッターはどうやら、さっきのかつらかぶった僕が僕だって、全然全く塵ほども気づいていないようだから、まあ、これでいいだろう。
 問題は、さっさとこいつがどこかに行ってしまわなければ、僕が立てない。

「さっさとどこかに消えろ、ポッター」
「僕だって君と話したくもないから、そうしたいのは山々なんだけどね、もうちょっと動けないから。ってゆうか、君がどこかに行けばいいだろ」
「お前の方が後から来たんだ。お前がどこかに行くべきだ」

 そんな屁理屈がまかり通るつもりもないけど通すしかないし、どうでもいいからさっさと帰りたいんだ。

「あ、ねえマルフォイ知らない? 確かスリザリンのネクタイしてたんだ、さっきの子」
 ポッターは、動く気配がない。
 まあ、あれだけ走ったんだ、当たり前か。僕もしばらくは動けそうもない。

「知らない」
「身長は僕より少し低いぐらいだったから、女の子にしてはちょっと高いかな」

 女の子じゃないんだから、どーせ低いぐらいだよ。
 それよりも人の話をきけ。僕はお前なんかと話したくないって、そういう意味を言ったんだ。
 まあ、傍若無人なポッターは、聞いていたとしても無視して続けるんだろうけど。

「さらさらのストレートヘアで、腰まで届くぐらいの長さで、色はプラチナブロンドで、光に当たるときらきらしてさー。目はアイスグレーだったな」
「………」
 そりゃ、僕の髪の毛から作ったかつらだから……。父上と髪の毛は似ていると、母上によく褒められる。
 目の色まで観察されたのか……そこに僕との共通点を見出せない所がこいつのすごい所なのかもしれない……顔だってまんま僕なのに。

「鼻筋もすっと通ってて、三日月形の綺麗な眉毛で、睫がすごく長くて、唇もぷるんとしてて」

 ……塗りたくられたからな。ぬぐった手の甲がべとべとしていて気持ち悪いぐらいだ。

「足がすごく長くて、腰の位置がすごく高くて、ウエストがきゅっと細くて、折れちゃいそうなぐらい華奢で」
 足が長いは、いいとしても、華奢って、男の僕に言うのは決して褒め言葉ではない。さっきだって、双子に良いように馬鹿にされて、すごく凹んでいた所にお前が追い討ちをかけることもないだろう?

「恥ずかしがりやみたいで、全然喋らなくて、僕が告白したら逃げちゃった」






 ………………。




 ……何だそれは!

 いつから、そういう事態になったんだ!
 恥ずかしがり屋だったのか、僕は!? 
 いや、確かに恥ずかしいことこの上ないというよりも、もう一生涯通じての恥だとは思っているが……、本当にこいつの頭はおめでたくできている。

「そんな子、知らない?」
「知るかっ!」

 逃げ出したい気持ちを本当にぎりぎりまで抑える。

「それよりも、ローブを離せ。いつまで握ってるんだ」
「……ああ。そういえば。なんで僕はあんな可愛い子とマルフォイと間違えたんだろう」
「………こっちが聞きたい」

 うっとりとした顔つきで、ポッターがごろりと仰向けになって、空を見た。
 ポッターは、もう僕を見ていない。
 ポッターが、思い煩ったような顔つきでため息をついた。
 ため息をつきたいのはこっちだ。

「可愛かったなあ……。僕、一目惚れしたの、初めてだよ」
「へえ」
「すっごく可愛いんだ。あんなに素敵な女の子僕は見たことない」
「………」

 すさまじく、貶されている気分だ。
 僕が髪が長かったら、つまり女にしか見えないと、そういうことか、ポッター!
 胸倉を掴んで、問い詰めたい気分だ。
 転がっているこいつを、思い切り蹴りつけたい衝動……立てないけど。
 まだ、この馬鹿ポッターが気づいていないから、スカートを履いたままでは絶対に立ち上がれない!
 
「本当、誰なんだろう。マルフォイ、本当に知らない?」
「………僕だってスリザリン全員の顔と名前を覚えているわけではないんだ」
 覚えてるがな。僕はなかなか人の顔に関しての記憶力が悪くない方だ。幼少の頃から父上に連れられて、どこぞの大臣の家などに招待されたり、どこかの偉い人にお会いすることもあり、一度でその人の顔をと名前を覚えておかなくては父上に罵られるばかりか不甲斐ないとお嘆きになる。父上、貴方の遺伝子は優秀ですと、それを証明する為に、父上のご機嫌をとるために僕は並々ならぬ努力を怠らない。ホグワーツにいる生徒なんてほぼ毎日三回づつ顔をつき合わせているんだ、覚えないという方がおかしい。まあ、ポッターには出来ない芸等だろうけどな。

「そりゃそうだろうけどさ。顔ぐらい知ってるんじゃないかなあ。一回見たら忘れないよ、あんな可愛い子。何で今まで気づかなかったんだろ。本当に一目惚れってあるんだね。絶対に僕の運命の相手だと思うんだ」
 ああ、やっぱりこいつは自分の寮の人間を全て把握していないんだな、きっと。というか、僕の顔でも髪が長ければ別人と認識されるということは、かなりポッターは普段から他人の顔に対して意識していないということになる。今僕の顔を思い出せと言ったら、きっと目が二つで鼻一つで口が一つで耳が二つだったとかほざくに違いない、きっとそうだ。

「知るか。さっさと消え失せろ」
「駄目。まだ動けない」

 ポッターはぐったりとしていて、相変わらず僕の前に転がっている。
 僕だって転がりたいのを我慢しているんだぞ。喋るのだって苦痛だ。酸欠で死にそうなのを我慢して呼吸だってなるべく深くしないようにしているんだ。

 助けてくれ。
 ほっといたらいつまで、本人目の前にして惚気られるのかわかったもんじゃない。

「でも、絶対に知ってると思うんだけどなあ。スリザリンで人気者っぽいから。みんな彼女のこと見てたし。邪魔されたくないから、近づいてきたスリザリン生睨み付けちゃったけどさ。他の生徒に聞けばわかるかなあ」



 ……………。


 お前の仕業かあ!!!

 さすがに、誰も助けてくれないはずがないんだ。
 先輩にだってそこそこ可愛がられている自覚はあるんだから。
 本気で困っていて、助けてくださいの合図を色々な先輩に投げかけたというのに、誰も助けてくれないほど不親切なはずがなかったんだ! 
 疑ってすみません、先輩達。ポッターが本気で睨むと、僕だって慣れているとはいえ時々真剣に怖い。
 それでも助けろ!
 というよりも、何をしでかしてくれたポッター!

 本気で蹴りつけたい。
 本気で殴りたい。

 全部の気持ちを、とりあえずため息で吐き出した。

 とにかく、まず考えろ。
 現状を打破する方法が何かあるはずだ。
 いつまでもこんなところにいるわけには行かない。そろそろ夕食の時間だ。
 とにかく、考えろ。
 何かあるはずだ。
 早く帰りたい。シャワーを浴びて、熱い紅茶を飲んで、美味しい物をおなかが一杯になるまでたくさん食べたい!





「今、あっちの方に金髪の女の子を見た気がするんだが」
「え?」

 ポッターが飛び起きた。
 動けるじゃないか。

「ありがとう、マルフォイ!」

 そう言って、ポッターは僕が指した方向に走り出した。

 ………ばーか。



 頭が悪いのだろうか。
 とりあえず、窮地は脱した。
 

 僕は、かつらを被り直した。
 思いっきり僕のまま、スカートを履いているのは勘弁したい。
 遠くから見れば、せめて女の子には見られたいから。というか、せめてこれ以上誰にも僕だと気づかれたくないから。












 ポッターの気配を、探りながら、全力疾走で陰に隠れるようにして、僕は寮に逃げ帰った。
 ひどく惨めな気分だ。

















銀魂にハマッタ。銀魂の狂乱の貴公子・桂小太郎様にメロリンラブです。はは。
かつら、って書くと、ひどく反応する自分が嫌になった。へへ。これから何度もその単語使う予定なのになあ……ふふ。
0701