3 「もう大丈夫だよ」 ポッターが、僕の背中をさすりながら、優しい声で僕にそう言った。 背中に鳥肌が立った。 ……何なんだ、この甘い声は。 僕は、とりあえず頷いてから、ポッターの腕から抜け出そうとして腕に力を入れた。が、動けないからポッターの胸を叩いた。 「ああ、ごめん」 ようやく気付いたようで慌てて、ポッターが僕のことを解放した。 顔が、さっき以上に真っ赤だ。 ……何だこいつは。 そう思って、ちょっとだけ面白くなった。 ……これをネタに馬鹿にできそうな気がしたけれど……それは僕のことをばらすことを前提になってるからできない。残念。 「本当にごめんね」 いや、別にかまわないけど。 とりあえず、頭を振っておいた。 嫌な奴だけど助けてくれたのには違いないし、まあ、こいつがこの場に居合わせなかったらもうちょっとマシな事態だっただろうとは思うけど。 ありがとう、の意味をこめて、頭を下げて僕はポッターのそばから離れた。 もう、本当にさっさと帰ろう。 しばらくはスリザリンの人間とも話もしたくない! 絶対に無視してやる! その決意を胸に僕が、歩き出したらあとからポッターがついてくる。 少し早足で歩くとその速度でついてくる……すたこらさっさ、という擬音語を振りまいているというのに……森の熊さんかっ! ……しかもお前の進行方向とは逆じゃないのか? こっちにはスリザリンの寮の入り口方向だ! 「ねえ、君」 「………」 「どこ行くの?」 「………」 「喋らないの?」 「………」 声を出したらばれるだろ? 今、どうやら僕のこと、本気で気づいていないらしいし。 なんて、馬鹿なんだ。 ついてくるなよ。 中庭に出た。 もう、そろそろ帰っていいよな。 そう思って、周りを見ると、スリザリン生が見ぬ振りをしてこっちを見ている……僕が見たら慌てて視線を逸らした。 同意は求められそうもない。多少距離は短く改善したが、まあそこそこホグワーツ一周しただろう。 「ねえ、少し話をしない?」 肩を叩かれたから、少しだけ歩調を緩めて僕はわざと顔を背けた。喋りたくないという態度を強調したつもりだ。 「………」 話す事なんて、何にもないし、こんなに長くいたらそろそろ気が付くんじゃないだろうか。 冷や汗が背中を流れるのを感じた。 もう、やっぱり帰ろう。 ポッターの視線が痛い。 「さっきの、双子の……ごめんね」 僕は、首を振った。 お前に謝られる筋合いはない。捕まってしまった僕がいけなかったんだ。まあ、お前があそこに来なければ……ああ、自分の後悔はやはり他人の罪として擦り付けてしまいたい。 「痛かった?」 別に、女の子じゃないんだから、あのくらいでどうということもないから、首を横に振った。まあ、少しは赤くなっているけれど、痛かったのは掴まれた腕じゃなくて心の方で、プライド的には痛く損害を受けたのだが。 「そう、よかった」 ポッターが、笑った。 僕に! ポッターが笑った!!! 何だ? 一体何なんだ? しかも、こいつのこんな優しい声を僕は聞いたことがないぞ。猫撫で声なんか出して、気持ちの悪い。 本当に、優しくぼくに笑いかけて…… 「わあっ」 ポッターがつまづいた。 変な奴だ。 つい、おかしくて笑ってしまう。 馬鹿だろう。足元ぐらい見ろよ。 本当だったら、盛大に馬鹿にしてやりたいところだけど……声が出せない。 つらい状況。 「やっと笑った」 「………」 「君、笑ったほうが可愛いよ」 「……?」 トリハダ。 何を……。 別にいつものポッターを良く知っているわけでもないのだけれど、こんなに女の子に優しかっただろうか。僕は教育上、女の子には優しくしろと教え込まれて育ったから女の子には優しいつもりだけど……ポッターが女の子に優しくしているところを見たことはあまりない。というよりも、異性として意識していないんじゃないか、という感じだ。誰彼かまわず愛想がいい。 が。 今の僕に対するこの態度は一体何なんだ!? 変に優しい声を出して、僕が見たことがないような笑顔で。 僕の顔をじっと見つめて……僕は何時ばれるのかと、冷や汗を流して……。 「……僕、君の事一目惚れしちゃったみたいなんだよね……」 「はあ?」 つい、声を出してしまった。 やばい……。 さすがに、ばれただろう。 さすがに、声を聞いても気づかないほど僕達の仲は浅くないはずだ。 どうしよう………。 馬鹿にされる。 絶対に馬鹿にされて、そのうえ後々まで僕の頭はポッターなんかに上がらなくなってしまう。僕の嫌味も通じなくなってしまったとしたら……!! 不覚! 深く不覚と認めよう! どうしよう。どうやってこの場を……丸く治める手段もさっぱり見つからない! そんな方法を頭で悠長に考えている余裕はない。そう、余裕がない。おそらく僕はかつてないほどテンパっている。 どうしよう……どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしよう!! 混乱が極まった僕は僕は、逃げ出した。 思いっきり踵を返して走り出した。 「あ、ちょっと待ってよ」 僕は、ポッターの制止の声も聞かずに走り出す。 足は、速い方だ。……逃げ足は。こう見えても、体力はない方じゃない! 駄目だ、絶対に馬鹿にされる。 スカートはいて、かつら被っていたなんて、後々まで、今後卒業するまで絶対にこのネタで僕はきっとポッターに頭が上がらない。 っていうか、一目惚れって……。 なんか言っていたような気がするけれど、それどころじゃない。っていうか、意味がわからない! 僕は、とにかく走った。 全速力。 こんなに走ったのはどれくらいぶりだろうというくらい走った。 「待ってよ!」 ついてくるなあ!! ついてきて良いなんて言ってないぞ。 ってゆうか、もしかしてまだ気づいていないのかよ。 何なんだ。 悪いけど、怖い。本気で怖い!!! 本気の恐怖が僕の足を全速力で動かす。血液が足に集中、ふくらはぎがきっと明日は筋肉痛になるんじゃないだろうか。 だけど本気であいつも走ってきてる。 さっきの双子の比じゃないぐらい、怖い。 あの角を曲がって。 階段を上って。 また、中庭に出て。 廊下を走って。 何度も角を曲がって。 引き離したと思ってその度に周囲を確認するが、どこからともなく僕を探すポッターの声が聞こえる。 ホグワーツをもう二周ぐらいしているんじゃないだろうか。 何なんだよ。 ついてくるなよ! もう、僕は目的とかなんだか忘れて、一生懸命に走った。とにかく今は逃げ出すことで精一杯だった。 0701 → |