26













 あのあと……何もなかった。




 僕は、夕食をおざなりに取った後、すぐに部屋に戻ったから大広間でポッターと顔をあわせることはなかった。
 もしかしたら同じ空間にいたのかもしれないけれど、ほとんど僕は俯いて周りを見なかったし、半分以上食べることが出来なかったので……お腹が空いていなかったわけではなく、空腹感を覚える以上に、身体中が震えてどうしようもなかった。
 もしかしたら、僕はお腹が空いていたのかもしれないけれど、指先がかたかたと震えるように、きっと内臓も震えていたのだろう、喉を通ってくれなかった。




 部屋に入って、僕は他の二人に比べてそれほど多くの睡眠を必要としていないから、いつも勉強したり本を読んだりしてあと、二人分のいびきを聞きながら寝る。二人のいびきは地獄のハーモニーとなり僕を苛む。
 僕の家は広くて部屋数よりも遥かに家の人口の方が少ないから、夜といわず一日通して静かだったため、入学当時はそのおかげでしばらく睡眠不足が続いたが、慣れるとこの爆音の中でも眠れるようになる。人間眠くなればいつでも眠れるものだ。先に寝てしまえばうるさくもないのだが、やりたいことが多いし、眠くならないので布団の中の時間がもったいない。だから、いつもは一人で起きていたのだが、今日は誰よりも先に布団にもぐりこんだ。
 カーテンを閉めて周囲と遮断して自分の空間を作る。
 僕は、溜息をついた。








 あの後、本当にびっくりするぐらい、何もなかった。



 僕は話し合いを希望していたのだが、それすらもなかった。できなかったし、僕もそれをポッターに求めることもできなかった。
 なかったというよりも、何も出来なかった。



 僕は布団に包まってさっきのことを思い返す。





 ……まあ、僕が悪かったのだが。









 ずっと、あのままで、膠着状態がこのまま永遠に続くような錯覚に陥った。


 ポッターが僕の腕を放さないから、それで僕のことから目を離さないし。






 僕も、逸らしたら負けだと思ったし、負けてもいいから、目を逸らしたかったけれど……そんな簡単なことができなかったんだ。
 ダサい丸眼鏡は、あの眼力を押さえるための道具か何かか?
 目を逸らすことも出来ない、閉じることも出来ない。僕は食い入るようにポッターの瞳の色ばかり観察して、その瞳の中に僕が映っていたから、きっとポッターは僕がポッターを見るのと同じように僕を見ていたんだ。




 座り込んでしまった僕を追ってポッターも膝をついた。
 ポッターの目は、怖かった。

 怒っているわけでもないのに。まだ、ポッターの怒りの視線をぶつけられた方がよかった。そっちの方が慣れている。ポッターから発せられる怒りに対して僕はそこそこ耐性がついているし、それに対して同じ感情で返すことができるけど……。

 何なんだろう、あの感情は。

 僕にはわからない。

 怒りでもない。
 憎悪でも嫌悪でもなかった。ただ、熱い……見つめられるだけで身体の芯が煮えたぎるような気がした。




 



 僕は、どうすればよかったのだろうか。

 ポッターは僕の腕を放してくれないし。
 僕も力が抜けてしまっているし。
 後ろは壁だし。

 逃げられないし。逃げようなんて、思えなかったし。


 ポッターが、何を考えているのか、わからなかった。
 僕はポッターに対してどんな感情を返せばいいのかわからなくて。
 ポッターが何を考えていて、僕をどうしたいのかとか、僕に何を求めているのかとか、全然わからなくて。
 どうしたらいいのかわからなくて。





 僕が混乱を極めている最中、ポッターが、もう一度顔を近づけて……



 ああ、また、キスされるんだ……って、
 僕は、リズじゃないのに……

 ぼんやりそう思った時に……。








「……ごめん」











 ポッターが、謝ったんだ。


 本当にポッターは僕の想定の範囲外の行動しかできないらしくて、僕は戸惑うばかりだ。少しは僕の気持も慮って常識の範囲内の行動を取ってくれれば僕も何をしていいのかわかるはずだ、きっと。


 まあ謝って貰うだけの理由は僕は持っている。どう考えたって今までの経緯からみても、僕は(ほとんど)わるくない。そっちが謝るべき箇所はいくらでもあるのだから。

 ……謝られればその分男としてのプライドが傷つくような気もしたけれど。無理矢理キスされたり、服を脱がされたり、僕がポッターと体力的とか体格的に対等であったならば絶対にそんなことはさせなかったのに。だから、もう今更謝られても、気分は悪くなっただけだった。



 でも……ごめんって、
 ポッターは確かにその時謝ったんだ。



 許してやるつもりなんて、まったくないのだけれど。


 許してやるつもりなんて、本当に微塵もない。
 ポッターがリズという架空の女性が本当に好きなのは良くわかった。痛いほどわかった。本当に痛かった。

 ここで僕にキスしようとしたのだって、僕じゃなくてその僕とポッターの中にだけ存在する想像上の人物を僕に見ているからなんだ。
 ちゃんと、僕を見てくれていないから。
 僕じゃないのに。
 ポッターが本当にキスしたい相手は僕じゃないのに。


 そう、思ったから。
 


「……ごめん、マルフォイ」



 もう一度、ポッターが謝って。

 僕の名前を呼んだんだ。




 僕だと、理解していないくせに。
 僕の名前を呼んで、僕に謝った。



 ようやく、ポッターが僕の腕を放して、でも僕の手をとって、女の子にするように手の甲に軽く口付けて。
 少しだけ、その唇は湿っていて、ぞくりとしたけれど、でもそれだけでポッターは僕から離れた。





 立ち上がって、去っていった。











 どうしたんだろう。そう、思ったとき。





 ぽたって、僕の服に水滴が落ちた。
 

 もう一度……。落ちて。




「あれ?」


 僕の声がかすれていた。






 僕は、泣いていた。




 いつ、僕は泣いてしまったのだろうか、わからない。
 視界がぼやけるはずだ。
 気付かなかった。

 よっぽど僕は慌てていたのか混乱していたのか驚いていたのか悔しかったのか怖かったのか、それの全部だったのか……全部だったんだろう。

 どうしていいのかわからなかったし、ポッターが何をしたいのかわからなかったし、ポッターの目は真剣だし、でも僕はリズじゃないし、ポッターが放してくれなかったし……僕は、リズじゃないんだ! 僕はマルフォイなんだぞ。





 僕は、泣いていた。




 だから、きっとポッターはそれを見て、僕に謝罪を述べたんだ、きっと。
 

 キスするのが僕が泣くほど嫌だと思ったんだ。











 本当に嫌なのは、キスされたことじゃないのに。
 












 でも、もう終わりだ。
 もう、これで終わりなんだ。

 こんな茶番もう終わりだ。

 もうさすがにポッターの奴も僕に何も言ってこなくなるだろう。
 ポッターの前で涙を流してしまったことに対して叱咤したい気分もあるけれど、僕だってあいつの涙を見たわけだし、おあいこと言えばおあいこだ……。僕が勝つ予定だったのだが。勝率としては今まで僕の方に分があったような気がしていたのだが……まあ、今更勝負もなにもないだろう。どっちが勝ったでも負けたでもどうでもいい。


 疲れた。







 僕は、布団の中で考える。




 二人のいびきがハーモニーを作って僕を襲ってくるから、考えがまとまらない。
 まあ、同じ空間に誰かがいると思うと、安心できることを入学してから学んだ。家は本当に誰もいないことが多かったから。でもうるさい。今日は静かに眠りたいから、サイドテーブルに置いておいた杖を握って軽い遮音の呪文を唱える。

 静か。
 少し、寂しい気もするけど……これでやっと考えることが出来る。
 落ち着こう。

 まあ、考えたって結果は同じだ。どうせもう終わりだ。




 本当に、これで終わりなんだ。



 いつもの日常に戻るはずだ。



 あっちが謝ったということはリズを諦めるということだ、きっと。
 今まで通りの天敵同士顔を合わせれば三秒以内に喧嘩が勃発するような仲には戻らないかもしれないけど、それでもポッターが僕をあんな目で見ることもなくなるだろうし、僕はもう追い回されることも髪を伸ばされることも、キスされる事だってなくなるんだ。





 ………もう、なくなるんだ、と思うと、少し寂しい気もする、色々あったからな。
 でも、どうせ他人なんだ。


 ほとんど毎日のように喧嘩していたから、それで何か発散させていたような気もする。まあ、たまることの方が多かったのだろうが。



 もう、キスだってされることはない。




 キス、僕は、ついまた自分の唇に触れてしまう
 僕は、また、思い出してしまった。



 今日、されたキスは唇じゃなかったから。
 また、違った。
 首筋に温かい息と、柔らかい唇の感触と、滑った舌の感触を思い出す。

 くすぐったくて、でも笑い出してしまうような感じでもなく、皮膚で感じるわけではなく、そのしたの血液に直接刺激がいって、それが身体中に回るような感じだった……不思議な。


 力が、抜けてしまうんだ。
 

 思い出すだけで、身体の力が抜けていって……。
 中心がしびれてきて……。







 僕は布団を頭まで被って、膝を抱えた。



 恥ずかしい。




 あんなことされて、気持ちよかったなんて。恥ずかしい。
 きっと気持が良かったんだ、ふわふわと、なんだかぐるぐるして。



 ポッターにキスされると、ぼんやりと、頭の芯が溶けてなくなってしまうんだ。
 恥ずかしい。

 首にキスされたら、背中から熱いものが駆け上って頭の中で弾けて、でも、その熱が身体の中心で疼いていて。
 思い出すだけでも、また……熱くなってくる。
 疼いてきて、僕は太腿を擦り合わせた。






 もう、そんなこともなくなるんだ。
 もう、終わるんだ。




 だって、ポッターの好きなのは、リズなんだろう?
 僕じゃないんだ。
 あいつは、勘違いしているだけなんだ。僕は男なんだし。














 僕は、勃起した中心部に手を伸ばした。











「……んっ……ぁ」






















トイレに入ろうとしてドアを開けたときくしゃみをして頭をぶつけた。痛かった。
シリアスモード入ってきちったよ?? 軌道修正しないと……どうしよう。ギャグ書きたいの、ギャグ。

それにしてもキスした事を言わないと約束させたのにあの大馬鹿者め! まあ、過ぎてしまった事は諦めよう。許すつもりはないけれど。そのことに関してはみんな僕を腫れ物を触るかのような扱いだから、それはそれでムカつくが掘り返されたらきっと殴りかかってしまうだろう。静かにしてくれているのならまあ……それにしても腹が立つ、恥だ、思い出すだけで顔から火が噴出しそうだ……そうだ、どうせそのうち忘れるさ、みんな。と思うが、どうしてくれよう、この怒り。

て文章を入れ忘れた。
どこに入れる予定だったんだっけか。だいぶ前だったような気がする。まあいいや。さがすのめんどい。諦める、もう眠い。
070315