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 何だろう?

 僕の下ろされた髪の毛に触って……。
 今の僕の髪の毛は背中の半ばまで伸びているから、その髪の毛をポッターは一房握っていた。

 そんな所に、神経なんて通っているはずがないのに……。
 少しだけ、だけど、震えてきて。
 
「何で、君だったの?」

 何で、と訊かれても………。
 髪、触らないでくれないか。

「では訊くが、何故お前は僕だったんだ?」

 そっちのほうが知りたい。
 僕より可愛い女の子はいくらでも居るのに。
 
 何で、よりによって僕なんだ。
 お前が僕に惚れたりしなければ、僕だって別にあんな悪戯を考え付くこともなかっただろうし、お前に追いかけられることもなかっただろうし、何度も女装をすることもなかっただろうし、お前にキスされることだってなかっただろう。僕はあんな感覚を知らないで済んだんだ。



 ポッターは僕の問いには答えずに僕の髪の一房を、自分の口元に持っていって、僕の髪の毛に唇で触れた。






 ぞくりと、何かが……。

「キス、してもいい?」

 ………?

 ポッターが僕の髪を放し、僕の髪に触れていた手で、僕の頬に触れる。
 何だ?

 僕の頬に触れた手の親指で、僕の唇をなぞった。
 また、背骨を何かが駆け上がって、頭の中で弾けて広がるような。

 ………。
 さっき、自分で唇に触れた時は、何でもなかったのに。

 また、あの時と同じ……。


「ねえ、マルフォイ……」

 僕は、ポッターの声に我に返った。

 また、流されそうだったのに、気がついた。

「僕に触れるな」
 僕は、僕に触れていた英雄殿の手を払いのけた。

 今僕は髪が長いままだから……まだ、ポッターは僕と認識できていないのかもしれない。

「ブロンドのロングヘアの女の子が好きなら他を当たれ。悪いがお前と馴れ合うつもりなんてない」

 できる限り、低い声で……言えたと思う。声は震えていなかったと思う。
 できる限り目に力をこめて、睨みつける事ができていると思う。
 喉がからからで、膝は、がくがくするけど。


 どうせ、お前の好きだったのは架空の人物で僕じゃないんだ。
 僕のことを好きだったわけではない。


 ほら、ちゃんと見ろよ。

 僕は、ドラコ・マルフォイだ。



「マルフォイ……」

 ポッターは、僕をそう呼んだ。

 そう、僕はマルフォイなんだ。お前の敵なんだ。


 ポッターは、少しだけ目を細めた。

 そう、それでいい。
 僕達は敵同士なんだから。


 今まで通りに戻ればいいんだ。

 そう思ったのに……。


「僕、眼鏡あるのとないのでは、どっちが好き?」


 ………なんだ?
 いや、今そういう話をしていたわけではないだろう?
 今までの話の流れで、どうやったらその質問ができるんだ?

 まあ、ない方のが………かっこいいとか、少し思った事は、あったこともあったが。

「………」
 答えてやる義理なんてない。から、僕は横を向いた。

 ポッターは、眼鏡を外して、ローブのポケットにしまった。
 何だ?
 眼鏡がなくても大丈夫なのか? 僕は近視じゃないから見えない世界のことは良くわからないが。外しても大丈夫なら外していた方が少しは女の子も寄ってくるんじゃないのか?

 眼鏡を外して……。

 少し、どきっとした。
 意外と、整った顔立ちをしているから。
 眼鏡が全体のバランスを崩しているからだ……間抜けな丸眼鏡なんてかけるから、だからアホみたいに見えるんだ。



 ポッターが、僕の腕に触れた。
 肘の辺り、両腕とも掴まれていた。

 ……逃げ出しておくべきだった。

 僕の力では、ポッターに敵わないことを思い知った。悔しいけれど仕方がない。今はそういう場合じゃないから。
 掴まれるたびに思う。どうやって逃げるか。

 よく考えれば、掴まれないようにすることこそ優秀な頭脳を持っている証拠となるだろうけれど、毎回掴まれてしまってから気付く。
 ……まあ、僕がここでポッターに捕まえられるとかはまったく思っていないからなのだが。
 油断しすぎな自分に対して叱咤する。油断するのも当然だ。僕は生まれてから今までずっと男に迫られるだなんて夢にも見た事がないんだ。


「放せ」
「………なんで?」

「なんでって……?」



 僕が、どう答えようか、どの答えが適切なのか思い悩んで……。

「僕は……マルフォイだから」
「それは、もうわかった」

 わかっているのか、本当に?

「だったら、僕のことを放してもいいんじゃないか?」
「何で?」

 ……?
 何で? って、なんでだ?

 こいつは、僕のことが好きじゃない。髪の長い僕が女だと思っていたから好きだったんだ。僕のことが好きなわけじゃない。そのくらいは僕も理解している。

 それなのに……


 ポッターが、僕に無理矢理唇を押し付けてきた。


 また……。
 もう、これで三度目だ。

 もう、いい加減にしてくれ。

 僕は、キスは嫌いなんだ。わからなくなるから。
 自分が保てなくなるから、嫌いなんだ。



 僕は、首を左右に振ってポッターの唇を避けた。
 本当に、嫌なんだ。


 なのに……。
 ポッターは横を向いた僕の頬に、口付ける。
「……ぁ……」
 唇で、頬をなぞって……、そのまま首筋に、キスを落としてきた。

 何だ? なんなんだ?

 首を、唇で触れられただけなのに。
 これでも力が抜ける。唇同士じゃなくても、この感覚になるんだ。

「んぅ……」
 首筋を、耳の方まで舐め上げられた時……



 僕の身体中から力が全部抜けてしまって。


 クラゲみたいにぐにゃりと、身体から力が抜けて。

 僕は近くの壁に背をついた。


 


「もうっ……お願いだから」


 僕を解放してくれ。


 もうやめてくれ。

 僕は壁に伝って、ずるずると座り込んでしまった。

 ポッターが掴んでいる腕だけが、上にあって。
 僕は、重力に逆らうことができなくなってしまった。





 じっと、僕を見つめる。眼鏡がなくて……直接僕を見ているから、いつもよりもっと……。
 本当に、ポッターの視線が直接僕に入り込んでくる感じだ。





 なんだろう……。



 僕は、ポッターと話し合うんだ。
 僕達の関係は、今までがベストだったのだから。
 だから……話し合うんだ。



 なんだか、ひどく心臓が働いている。


 話し合って……。
 今まで見たいに、喧嘩をしても……
 こんな……



 僕は……








070212