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 日が暮れる。
 夕日が揺れて見えて……すごく大きかった。赤くて。
 世界も赤に染まる。朱色の絵の具を空気に溶かし込んだような世界の色合いになる。

 西側の廊下で、僕は立ち止まって夕日を眺めた。

 この時間は、この場所がお気に入りだ。僕だけしか知らない絶景スポット。みんなあまり知らないだろうけれど、僕は綺麗な景色を眺めるのが嫌いじゃない。どこの時間にどこに行くとどんな風な景色が見えるのか、僕は色々知っている。満月には箒でここから見える、あの塔の上に行くのが一番綺麗だったり、いろいろ知っている。誰にも教えないけど。

 夕日が綺麗に見える。用がなければこんなところにもう授業も終わったこんな時間誰も来ない。
 僕は、窓枠に手をかけた。
 時期も時期だから、少し冷たい。ひんやりとした冷機が僕の指先を冷やしていく。
 それでも……そんなことよりも、この色に僕は溶け込んでいるのがとても嬉しい。




 ポッターがことあるごとに僕の髪の毛を伸ばすから、そろそろ僕の方が面倒になってきて、毎日髪を切ってもらうのも時間の無駄だし、髪が乾くまでに時間がかかるのが鬱陶しいが、縛ってしまえばそれほど気にならない。
 外見的にはどうにも男らしいとは言いがたいから納得のいくところではないのだが………どうせまた伸ばされるなら、別にこのままでもいいかという気分になってきている。似合わないわけではないのだし。髪が長いことだけで身嗜みには気をつけているから……そのことでポッターが怒られた事はあるけれど僕が怒られるわけではないのだし。

 僕も根に持つ方だが、ポッターは僕の上を行く粘着質タイプなのではないだろうか。
 本当に女の子だったらどうするつもりだ。
 僕ならまだあいつの真意が、もしかしたら今までの延長線上の嫌がらせの一環として考えることも可能だけれど……。
 本当に女の子だったら、今頃本当に泣かせていただろう。
 あんな奴を世に放しておいていいのか?
 ポッターを調教してやる義理などないが……このままで本当にあいつはいいのか?


 さっき図書室に行ったら、ポッターとそのほか二人が並んで勉強していたので、その近くしか席は空いていなかったので、僕は図書室の扉を閉めた。クラッブとゴイルに先に行って席を確保して置くように頼んだのだが……確保されていたその場所はポッターの後ろだったから……そんな理由で僕は図書室を諦めてこんな所までやってきてしまった。寮に戻るのにも遠い場所だし、授業が終ったこの時間は、本当に誰の目もない。静か。

 もう、胃が痛い。


 ポッターの無言の圧力に耐えかねる。

 かと言って、相談するわけにも行かない。先生にお話しするのも、もともとは僕のせいも少しはあるのだから言えないし、クラッブもゴイルも薄々……なんとなくわかっているようだが、あいつらには口が裂けても言わない。身分的に行ったら僕の方が上なのだから、弱みなんて見せられないし。二人とも頼られて欲しいと、言外に訴えているけれど、だからこそ絶対に頼れない。




 勉強しようと思ったけれど、別に読み終わった本を返すついでに図書室がいいと思っただけで、返却期限はもう少し先だし。


 溜息が出る。

 とりあえず、またクラッブに髪の毛を切ってもらおう。
 また、伸ばされたら、また切ってもらえばいい。
 きつく縛っていたので、頭が痛い。僕は後ろで縛っていたリボンを外す。
 なんだか勉強する気も失せてしまった。まあ予習は2週間分先まで終わっているし、復習も終わっていて、今日は宿題もないし、来週提出の課題のレポートは一つあるけれど、半分近く終わっているから別に今日じゃなくても大丈夫。
 頭が、軽くなる。
 帰ったら、すぐに切ってもらおう。
 邪魔だ。

 夕飯を食べ終わったら、久しぶりにのんびりと風呂入って、久しぶりに母上にでもお手紙を書こうか。ああ、クィディッチの定期購読している雑誌が届けられていたから、あれも読みたい。
 僕はやりたいことがたくさんあるんだ。ポッターなんかでいちいち僕が振り回されていてどうする。

 

 そして、ちゃんと、ポッターと話し合おう。
 もう………。あの視線に耐えられない。
 人を蔑ろにするような視線のときもあれば、切実な響きを持っている時もある。何かを訴えかけるような、それでいて決別の意思を持っていて……。

 言いたいことがあるなら、僕に言えばいいのに。
 僕が逃げ回っていると言うのもあるけれど、大広間での食事の時や合同授業のときとか顔を合わせないでいることは無理なのだから、話す機会なんて無理矢理作ろうと思えばいくらでもあるはずなのに。いや……声をかけられたらダッシュで逃げ回っているのは確かだけれど。

 言いたいことがあるなら、言えばいいのに。

 いつもは、生意気なことばかり言っていたくせに。偉そうで。
 僕のことを好きだと言った。
 僕のことを何も知らないくせに。
 その口で、僕にキスなんてしやがって。
 男同士だったのに………。

 

 初めてだったのに。



 あんなに………。
 今でも、思い出すだけで腰のあたりの骨が柔らかくなる気がする。
 肩の辺りから力が抜けていって……。
 ただの接触なのに。





 僕は、自分の唇を触ってみる。

 やっぱり、何にも感じない。
 ただ、皮膚に触れただけ。指先と唇に触れた感触があるだけ。



 少しだけ指先に唾液をつけて、少しだけ滑らせてもう一度唇をなぞる。
 少しだけ、あの時の感触に似ていたけど……あの、ぬめった感じとか。口付けられて、そのまま唇を舐められた時に、少しだけその感触は似ているのに。

 ………やっぱり、何も感じない。

 何だったんだろう、あれは。



 気持ちが良かった………のかもしれない。
 何故だろう。なんで?
 誰かにキスしてもらうから?


 でも、母上にキスされても、父上にキスされても、嬉しいけど……あんな風にはならない。
 血縁者だからなのか?
 クラッブやゴイルで、想像してみ……る、つもりはない。二人には悪いが、吐き気しか感じない気がする……申し訳ない。

 



 そんなことを無駄に思っていたら……。


 




「色っぽいね」




 後ろにポッターが立っていた。

 気がついたら……。
 いつの間に……。


 僕は、自分の唇に触れていたことと、今思い返していたこととが見透かされてしまった気分になったことで、恥ずかしくなってうつむいた。顔が赤くなっているかもしれないが、今夕焼けによって世界が赤く染まっているのが救いだった。




「何だ? 英雄殿」




 僕は、今までに戻りたい。
 ポッターが英雄と呼ばれていい気になっていて、僕が純血主義を貫くその象徴でもあるマルフォイで。
 その関係が、今となれば心地よかった。


 ちゃんと話し合おう。
 ポッターだって馬鹿とはいえ人間なんだ。腹を割って話し合えば通じないはずがない。落ち着いて話し合うことだってできるはずだ。

「………綺麗だ」



 ポッターの顔が夕日で赤く染まっていた。

「そうだろう。ここはこの夕日を見るのに絶好のポイントなんだ」

 ポッターだって、英雄だろうとなんだろうと同じ人間なんだから……ほら、こんな風に、僕と同じように綺麗なものを綺麗だってちゃんと感じることが出来るんだ。だから……。

 赤い夕日。
 空が、赤い。
 上の方の空はもう暗くなってきているから、綺麗なグラデーション。

 このまま……。

 もしかして……なんかいい感じなんじゃないか?
 こんな風にポッターと話し合おうなんて思った事はない。

 でもポッターこの間みたいにがつがつしてないし、今はちゃんと僕をマルフォイだって見てくれているはずなんだし。
 この誰もいない場所で、静かな空間で、二人っきりだし、綺麗な夕日もあるし……本当に、何かを落ち着いて心の底から語り合うことだって出来そうなムード。。

 話し合うには絶好のチャンスだ。



 さて、何から話そう。
 ポッターはまだリズって女の子がどこかにいるような気がしているのだろうけれど、それは僕なんだから。ポッターが僕に惚れていたというのはそれなりにいい気分だったけれど……それはでも僕じゃないんだってちゃんとわかってもらわなきゃいけないから。
 ポッターが僕にキスをする事はなくなるけど……。
 いや! なくなるんじゃなくて、もう二度とされてたまるか。
 だから、だ、話し合うのは!!!


 大丈夫。
 こんな綺麗な光景が手伝ってくれている。ひどくリラックスしている。
 綺麗だって、僕が見つけたこの光景を、ポッターが僕と同じように綺麗だと思ってくれている。
 ほら、ちゃんとわかりあうことだってできるんだ。








「君がだよ、マルフォイ」













「はあ?」


 僕は、素っ頓狂な声を出してしまった。
 何を言っているんだ、こいつは。
 まだ僕を僕として認識できていないでいるのか?
 僕は、何だか突然肩の力が抜けてしまったような気分だ。



「本当に、綺麗」






 ポッターが手を伸ばして、僕の髪に触れた。

















070309