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 あれから、僕達の間には何もなかった。



 僕達が日々口論を繰り広げていたグリフィンドールとの合同授業も、静かで。
 みんな、僕達が何かをやらかすのではないかとぴりぴりして僕達を見張っているのが解る。



 何もないさ。
 何もあるわけがない。
 あってたまるか。


 もう、終わったんだ。終わったんだから、ポッターとはもう二度と喋らない。
 あんなことをされて、許されると思ったら大間違いだ。絶対に許さない。何があっても許さない。もうポッターの顔を視界に入れたくもない。ハリー・ポッターのハもポも聞きたくない。
 だから、ポッターが何をしでかしても、実験中に鍋を爆発させたって僕は喋らない。
 ポッターが食事中に吹き出しても僕は見ないふりをする。
 ポッターがクィディッチの練習中に怪我をしようと知ったことじゃない。




 そりゃ、僕だってほんの少しは悪かったかもしれないけど………


 ちょっとからかって遊ぼうと思っただけなんだ。

 ちょっとポッターが簡単に騙されてくれて。

 ちょっと、悪ふざけしただけで。
 ちょっと、ポッターが思った以上にダメージを受けただけだ。
 僕の想定外だ。



 何もない。
 静かで平穏な日々。
 僕はもうポッターの顔なんて見たくもない。


 見たくもないけど………。




 明らかに、凹んでいる。

 姿勢の悪いのが際立った。
 いつも、グリフィンドール生と笑っていたのに、あまり笑わなくなった。
 ゾンビのように目の下にクマがある。ほとんど、墓から這い出てきたゾンビだ。存在感が虚ろになってきている。



 そして……気がつくと僕を見てため息をついている。






 今日も、僕の斜め後ろの席で………わざとらしい、ため息が聞こえた。


 避けていたのは事実だが、出会い頭、僕の顔を見るなりため息を吐かれて、泣きそうな顔をして僕の顔を見てから、またため息。鬱陶しい。
 それが、もうかれこれ半月は続く。





 あのことがあった次の日は、本当に顔を合わせられなかったから、病欠した。ポッターの顔が見たくないというよりも、本気で凹んでた。もう誰の顔も見たくない。もう今後一生笑えないんじゃないだろうかと思うぐらい凹んだ。誰にも気付かれないうちに、本気で泣いた。ゴイルとクラッブが戻ってきたら、具合の悪い振りをしてまた寝た。何かがあったということは薄々勘付いてはいただろうけど。食事は、大広間に行きたくなかったから、家から送られてきたお菓子で済ませた。送られてきたもののほとんどはゴイルとクラッブの胃袋に入っていたのだが。僕は甘いものはあまり好きではないが、お腹が空いたのだから仕方がない。しばらくそうやって過ごそうと思ったけれど、次の日にはクッキーもマフィンも見たくなくなっていたから、ちゃんと大広間に行ったけれど。甘い物はそれほど得意ではないんだ。


 その次の日、スネイプ先生の授業でもギリギリに行ってポッターの一番遠い席に座った。

 食事も大広間ではグリフィンドールから背を向けられるような場所に、代わってもらってそこに座った。あれ以来僕の席はそこになった。少しだけ距離はグリフィンドールに近くなったけれど、見えないからまだいい。

 その次の日は、同じ教室で行う授業がなかったから、食事は飲み下す勢いで終わらせて、すぐに大広間から出た。

 喋らなくても済むと思って、気が抜けて、その次の日は、いつも通りの時間に教室に行って、座っていたら、気がついたらポッターが僕の後ろに座っていた。気が気じゃなかった。けれど、特に何もなく終わった。

 他の授業で、ポッターが派手なミスをしでかすと僕が嫌味を言うのが日課のようなものだったから、ポッターが鍋を爆発させたり、育てていた薬草を枯らしてしまった時に周囲はこぞって僕の方を見ていた。今まで気付かなかったけど、こうしてみると、周りの視線というのは案外に痛い。僕は少しの期待の混じったその視線を流すように、授業に集中した。
 そんな日々が続いた。

 僕とポッターはもう半月以上も話していない。
 嫌いなんだから、もともとこうすればよかったんだ。
 わざわざ喋る必要なんてないんだ。

 無視だ、無視!



 そう、思ったんだけど。

 この授業が始まってから、ポッターの溜息はあと一回で十回だ!

『鬱陶しい』
 僕は、ポッターに見えるようにノートに大きく書いた。
 言いたいことがあるなら直接言え! まあ、喋りかけられないように逃げているのはこっちなのだけれど。


 こいつとコンタクトを取ったのはあれ以来初めてだ。
 僕から喋る気なんかなかったけど……口を利きたくないのは今でも変わっていないけど……。

 本当に鬱陶しい。
 イライラする。

 僕の机に小さな紙切れが飛んできた。小さく折りたたまれていて……。



『リズ』


 ………。
 ……………まだ、諦めてなかったのか、こいつは。



『そんな奴は知らない』



 僕はノートの端っこにそう書いた。
 お前が勝手に騙されたんだ。僕は、声と髪形だけしか変えてない。服だっていつも僕が着ているものだったんだ。初めの一回は不可抗力だけど。

 また、切れ端が僕の机の上に転がった。




『女装趣味の変態』




 ………!!
「ポッター! 貴様っ!」

 立ち上がって僕はポッターの襟を掴み上げた。椅子が倒れて、静かな教室に僕の怒声と一緒に響いた。

 よりによってこの僕を変態だと!

「Mr.マルフォイ!」

 先生の鋭い声が飛んだ………。
「………申し訳ありません」

 まずい、今は授業中だ。スネイプ先生の授業だから、減点されることはないにしても……気をつけよう。隣にいたゴイルが僕の方を心配げに見ているから、大丈夫だ、と目で合図を送った。ゴイルは心配そうに僕を見てまた、黒板の字を書き写し始めた。
 僕は椅子を立て直して座りなおした。
 今ので乱れた襟元を正す。
 授業中だ。集中しないと。スネイプ先生のお話はしっかり聞いておかないと大変だ。、聞き漏らしがあると重要なポイントでも一度しか仰らないから、テストで痛い目に合う。



 あの日帰ってから、さすがに僕も頭の中真っ白で、何も言わずに2時間もシャワーを浴びて、三十分以上歯を磨いて、それから寝たから……何があったかなんて話さなくても何かがあった事は察しているのだろうから、気を使ってくれているのは解る。だが、言えないんだよ、いくら幼馴染といえども。
 クラッブもゴイルも僕の気性を理解してくれているから、僕がこの状態の時に必要以上に触れてこない。いつもと変わらない態度で接してくれるから、大好きだ。一緒にいて気を遣わないで済む。言ったことはないけど、本当は実は感謝している。言うつもりはこれからもないけど。
 そんなやつらに心配をかけさせるなんて……。

 ポッターがいけないんだ。僕を変態呼ばわりしたんだ。






『その変態に惚れたホモ野郎は誰だったかな』



 むかむかする胃を押さえながら、ノートの端に書いた。このくらいは言っておかないと気がすまない。

 とたんに、後ろで………。




 泣き始めやがった。






 僕が悪いのか?
 いや、そんなはずはない。あんなことをされて、僕が悪いなどというやつがいたら、それは頭がおかしいやつに違いない。どう見たってあれは犯罪だろう!?
 僕が男だからその犯罪は成立しないだろうし、口が裂けてもあんなことがあったなんて他人に言えるはずがないから、ポッターが悪いというやつは居ないけど。

「ポッター!」

 教授の声が飛んだ。
 怒られるべき、責められるべき者は僕じゃなくてポッターなんだ!

「授業を聞く気がないのなら出て行け!」

 そうだ、出て行け!
 お前と同じ空間にいて息をしているだけでも気が滅入る。
 近くに居ると思うと、本当に鬱陶しい。

 ポッターは、教授の声も聞こえないように、泣き続けている……。
 教授は、しばらくポッターを見ていたが、声を上げずに机に臥せっているから……諦めたのか、グリフィンドールに減点だけ言い渡して授業に戻った。時々、ポッターの嗚咽が微妙に漏れるけれど、静かになったといえば静かになった。ほとんどの生徒は気になってポッターの様子を窺っているが……。
 教授は諦めたようだ。僕は気になるけれど!

 なぜ、ちゃんと追い出さないんですか!?



「鬱陶しい」
 僕は、僕の半径一メートル以内しか聞こえないぐらいの小声で言った。




「誰のせいだと思ってるんだよ!」
 ポッターがちゃんと聞こえていたらしく、同じぐらいの声のトーンで言い返してきた。




「僕のせいとでも言いたいのか!」
 僕も、怒鳴りつけたいのを堪えて……少し声が大きくなってしまったかもしれない。





「どう考えてもマルフォイのせいだろ? オカマ野郎」
「どこをどう考えたら僕が悪いんだ、そっちが勝手に惚れてきたんだろ、ホモ野郎の変態」
「どっちが!」
「どういう意味だ!」
「キスされて、うっとりしてた癖に」
「っ!!」




 ………………




「そんなことはない!」
「僕にしがみついて来たくせに」
「そんなことしてないだろ!」
「してたよ。顔真っ赤にしてたじゃん!」
「妙なことをでっち上げるな!」
「覚えてないの?!」
「思い出させるな!」

「Mr.マルフォイ! ハリー・ポッター!!」


 教授の鋭い一喝で、正気づいた。
 しまった!!!

 ここは、クラスの目があるのに……。
 教授もお聞きになったかもしれないのに!!


 僕は、耳まで赤くなるのを感じた。
 なんという失態!
 入学以来の失態だ!

 しかも、とんでもないことを、こいつは言ってこなかったか……?
 僕は怖くて教室を見ることができない……ゴイルとクラッブが僕の方を見ているのがわかる。こいつらの顔なんて、もっと見れない。目を丸くしているとか、それでも気遣わしそうに見てるんだろう。勿論僕を気遣ったりしたらただでは置かないから、八つ当たりの矛先が向くのは解ってるから口を閉じて……そんな感じなんだろう。長年の付き合いだからわかる。が!! やめてくれ、僕を見るな。


 僕は、また倒した椅子を戻して、座った。
 立ち上がっていたらしい。




 僕は、座りなおして………。

 泣きたいのはこっちだ!

 黒板だけを見た。




 それを見た教授が、溜息を吐いて………そこで終業のベルが鳴った。












 僕はこれからどんな顔をしてスネイプ先生とお話をすればいいのですか!









 


















 僕は、ベルと同時にノートに顔を伏せた。
 終業と同時にうるさくなるはずの教室が、今日は静かだ。
 誰も何も言わずに教室を去っていくのが解った。


 ゴイルとクラッブはまだ、居るようだったけど……もう本当にさっさとどこかに行ってくれ。

 顔から火が噴出しそうだ。







 本日の授業は……体調不良を理由に全部欠席した。
 ゴイルもクラッブも字は汚いから、ノートを写すのが面倒だ。

 成績が下がったら、全部ポッターのせいだ!











070306