僕の機嫌は今、マイナスをずいぶん前にに通り越している。
 はっきり言って、成績の順位が芳しくなく父上に怒られた時よりも、忌々しいポッターと口論して言い負かされた時よりも、その上スリザリンが減点になった時よりも、たぶんそれよりも悪い。
 いまだかつてないほどに、機嫌が悪い。
 
 逃げてしまっても、それはそれで良いのかもしれないけれども、それはやはり今後この寮で生活していく上で差しさわりがあるだろう。嫌々ながらとは言え、僕が自分から参加したのだから。初めからきっぱりとはっきり断っておけばこんなことにはならなかったのだろうけれど。


 鏡の前に立った僕は溜息をついた。

 しかも似合っているから、余計に僕の機嫌の悪さに拍車がかかる。
 似合っていることぐらいは、もともと知っていたんだ。
 年季が入っているんだから。


 それにしても………誰だよ、これは。













 時々、スリザリン独自でレクリエーションがあって、どこの寮でもやってるんだろうけど、僕はそれが嫌いでほとんど出たことがなかった。全員強制参加というわけではないから、個人主義のスリザリンは半分も出ればいい方で、だからと言ってこの遊びに対して、不参加もこの子供らしい馬鹿げた行事に反対というわけではなく、ぬるい眼差しを送っている。
 
 僕はさっき読んでいた本を談話室に置いてきてしまったので、家から届いた新作のお菓子の箱を囲って貪っている同室の二人を置いて一人で取りに来ると、今日もなんだか、寮の半分近くが見守る中、何らかのゲームがされていた。半分という集まり方は、かなり驚異的だ。
 しかも、女子生徒はほとんどここにいるんじゃないだろうか。
 今日は何をやっているのだろう。
 ただ、机を囲っているのはほとんどが男子生徒。

 僕は、はっきり言って女の子が苦手だ。

 こんなことを口に出したら絶対に馬鹿にされるだろうから、決して言えないけれど、ここまで女の子がいると、ちょっとした恐怖だ。
 子供の頃、接する女性は母上ぐらいだったから……あとはマルフォイの館を管理する召使達だけだが、召使とは一線を引いたお付き合いしかしていないので、これははずす。
 母上は、春の日差しが良く似合っていて、優しくて、静かで、穏やかで。
 ……それが、全女性に共通するものだと勝手に信じ込んで生きてきたので、ホグワーツに入ってから、それが嘘だということに気づいて以来、接し方が良くわからない。
 というよりも、むしろ怖い。
 黄色い声は上げるし、気が強いし……。

 今、この談話室に占める女性の割合は約70%と言ったところ。

 さっさと部屋に戻ろう、そう思ったときに声をかけられた。
 
「マルフォイ!」

「………あ、ああ、先輩」

 聞こえない振りをして逃げようかと思ったけれど、クィディッチでもお世話になっているし、この前勉強でわからない所があった時に、少し説明をしたらかなり丁寧に教えてくれたりした、珍しく恩がある先輩だ。
 頭も良いし、優しいし、話が面白いので、僕が気軽に話ができる数少ない先輩の一人だ。
 無視は、あまりしたくない。

「マルフォイも加われよ」
「………いや、僕は」
「いいからって」

 いや、でも……、こんなに女の子がいるし、とは言えない。
「そうよ、マルフォイ! たまには付き合いなさいよ」
「マルフォイがいたら、きっと盛り上がるわ」
「ね、お願い。マルフォイも参加して」

 同寮のお姉さま方が、口々に僕の名前を口にする。
 下級生の女の子も、先輩、と期待をこめて僕を呼ぶ。

 ………怖い。

 ここで、逃げたら後が怖い気がする。
 僕も人の事言えた義理ではないが、根に持つ性格が、この寮には多い。
 
 逃げ腰の僕は、ほとんど無理やり手を引かれて、気が付いたら男子生徒の囲うテーブルの前まで来ていた。
 カードゲームの最中らしい。
 まだ、カードは配られたばかりだが。

「じゃあ、マルフォイも5枚な」

 いや、まだやるとは言ってないです!!

 ………言いたかった言葉を、飲み込んだ。
 ここまできてやらないもないだろう。

「で、何ですか?」
 渡されたカードを引いて、隣にいる先輩に尋ねる。
 まあ、少しぐらいなら……。軽い気持ちだった。まあ、真剣にやるほどのゲームでもないだろう。
「まあ、一般的なカードゲームだよ。ただ、ルールが負けた奴が上がっていって、一番負けた奴が罰ゲーム。簡単だろ」
「罰ゲームって……」
「こんだけ人数がいるんだ。負けるわけねえって」

 まあ、そうですね。
 僕はテーブルを見回した。
 まあ、別に負けなければいいのだし、これだけ人数がいて一番負けるわけもないだろうし、さっさと勝って、部屋に戻ろう。
 そう思って僕も先輩の隣に腰を下ろした。






 ………結論。
 僕はあまり賭け事には向いていない。












 鏡の前で、溜息をついた。
 嫌な思い出がよみがえる。
 この僕は、本当に好きじゃない。
 

 僕は、運試し系のゲームは苦手なんだ。
 チェスとか頭を使うゲームなら、そこそこ得意だけれど……。カードを捨てるタイミングとか、良くわからない。

 負けてしまったものは仕方がないけれど……。
 負けてしまってから、罰ゲームの内容を聞かされるのは反則だと思う。





 負けたら、女子生徒の制服を借りて、スカートで! 翌日の授業後のホグワーツを一人で一周してくるだなんて!!





 誰が作ったんだ、こんな罰ゲーム。
 最悪だ。
 だからと言って、知っていればゲームに参加しなかったと、確信できるものでもない。負ける気なんてさらさらなかったから。
 きっと今頃誰かが負けていたら、面白がって扉の外に控える寮生達の中に混ざっていた頃かもしれない。
 僕なんかより、最終戦で僕に勝った、スリザリンには珍しい体育会系で肉体派の先輩がスカートを履いたほうが断然面白かったんじゃないだろうか……。

 鏡の前で溜息をつく。

 僕の髪の毛を一本とって、それで作った腰まで届く長さのウィッグを被った。
 卒業したら、父上のように髪を伸ばそうと思っていたけれど………やめた方がいいかもしれない。
 顔は僕なんだけど……。
 はっきり言って女だと思う、これは。
 確かに僕は、線が細いほうだ。ウエイトもそれほどだし、顔だって……プライドに関わるので、控える。
 とりあえず、顔は父上よりも母上に似てしまっている。父上だって、それほど男臭さが滲み出るようなお顔ではないのだが。(父上、申し訳ございません)



 溜息をついて、僕は部屋の外に出た。




 



 出ると、スリザリン生、ほぼ全員に出迎えられた。
 爆笑の渦の中心になるのだと思っていた。
 笑うのは好きだけど、笑われるのは好きじゃないんだ。
 もう、金輪際こんな馬鹿げたゲームには参加しない。
 そりゃ、僕だってこんな悪ふざけ、一緒に楽しむだろう、きっと………僕じゃなかったら。
 ああ、きっとすごく笑われるんだ。


 そう思っていたのに、しんと静まっていて……。

「マルフォイ?」
 声をかけたのはゴイルだった。
 とりあえず着替えるために、ゲームのことを何も知らないゴイルとクラッブを外に追い出していたので、僕が何をしているのか理解していないんだろう。
「うるさい!」
「マルフォイ?」
 声をかけてきたのは、仲の良い先輩で……恐る恐るといった感じだった。
「コメントのしようもないくらい、変ですか?」
 声は、この上もなく不機嫌になってしまう。
「いや……似合ってると思う………」
 その隣にいるのが、また僕と仲の良い先輩だったから、助けを求める視線を送ったけれど……赤くなって逸らされた。
 どういう意味だよ!
 
 しんとしていて、誰か何か言ってくれよ。
 そりゃ、おかしいのはわかっているさ、自分だって。


「マルフォイ! ちょっとこっちに来て」
 女の先輩が、僕を手招きした。
 と思ったら、いきなり僕の口に何かを持ってきて、べとべとする何かを塗り始めた。
「何ですか?」
「動かないで、グロス塗ってるんだから」

 ………勘弁してくれ。


「これで、絶対にマルフォイだとわからないわよ。行ってらっしゃい」

 にこりとした、その先輩の笑顔は、かなりの強制力を持っていた。

 なんとなく思い出す。
 いつも陽だまりの中にいる、儚い印象の母上が、時々この笑顔を父上に向けられていたことを。
 父上が、どんなに機嫌がよろしくなくても、それ以上は何もおっしゃらなかったことを……。


「いってらっしゃい」
 隣の女の先輩も、僕に笑いかけた。










 すいません、つべこべ言わずに、行ってきます。
 僕は、本当は泣きそうだった。
















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