18 振り返ったポッターの顔は……これ以上ないくらいだらしなく満面の笑顔だった!! 今までのあの悲しそうな顔はどこに行ったのか!? 今までの経緯は一体なんだったんだ!? そう思えるほどの、満面の笑顔。 ………何だ!? 「何、リズ」 「い、いや」 混乱困惑。 どうしよう……。 引き止めてしまったのだが………話題なんて見つからないし、それよりも……ポッターの方こそどうした? 何だ? 考えろ。 「い、いや、別に何でもないんだ」 「引き止めてくれたってことは僕に少しは未練ある?」 ………そういうことか。 まだ、僕に期待をもていたということか? 僕がそういう意味で引き止めるとか思っていたのか!? 今までのその顔は全部演技か! ということは……。 まだ、遅くないのか? 僕の計画は、まだ無駄にはならないのか!? 「その………」 「何、リズ」 まるで、犬が舌を出して尻尾を振っているような……。 そう、これだよ! 僕はこれを待っていた! さっきみたいな態度を取られると、ポッターといえどもさすがに僕の良心はほんのわずかだが、痛むけれど。 この状態のポッターなら、僕は馬鹿にして見下して踏みつけてやることができる。 「ポッター、座って」 僕の言葉に素直に僕の隣に座る。 ぴったりと身体をくっつけて。うるさいけど、我慢。タチが悪い大型犬だと思うんだ! 僕に断りもなしに、ポッターが僕の両手を取って握り締める。それも我慢。 「なに、リズ」 僕に尻尾を千切れんばかりに振っている……ようにみえる。 「その……お願いがあるんだ」 この言葉を言うために、僕は一体今どれだけの労力を使ったのだろうか。 これが言いたかったんだ! 僕は、ちょっとだけしなを作って、ポッターに顔を寄せた。 「お願いを聞いてくれたら、何でもしてやる」 「何でも!?」 ポッターが唾液を飲み込んだのがわかった。喉が上下に動いた。 ポッターの目つきが……少し怖い。けれど! そこも我慢。握られた手にもどんどん力が込められていく。お前の手は万力か! 痛いけど我慢……これ以上力を入れられたら殴りつけてやろうかとは思っているけれども。 「その……僕は、性格が良くないらしい、のだが」 「そんなことないよ!」 いつも、言っているくせに。ろくにリズとしての僕のことも知らないくせに、何でそんなに断言するんだ。まあ別に性格が良好だとは自分でも思っているわけではないのだけれども。 「そう、言わないでくれるか?」 「当たり前だよ!」 「僕のことを、僕がなにを言っても殴らないか?」 今まで何度となく喧嘩をしたけれど……こいつが馬鹿力だということがわかった。殴られないように気をつけないと。僕の動きは早い方だから、今までクリーンヒットを逃れていただけなのだ、きっと。気をつけよう。というか、殴らないことを確約させなければならない! 「君を殴るだなんて、そんな! 君を傷つける人がいたら僕が殴りに行くよ!」 ……お前が僕を殴らなければそれで良い。僕はムカついたらお前を殴るがな。 「僕が、純血主義でも構わないか?」 「スリザリンの人はみんなそうでしょ」 ほとんどそうだけど……混血は多くなったし。それほど今までのこの主義が通用する世の中でもなくなっていることぐらいはわかっている。まあ、その主義のために僕は寮では本当に大切にされていることを実感しているけれど。 「僕の悪口を言わないか?」 「言ったやつを見たら殺してあげるよ」 いや、そこまでは……。ただ、ポッターの目が、マジだ。 僕に悪口を言うやつは、お前とお前の寮のお前の友人ぐらいなものだ。 「僕とキスしたことを、誰にも言わないか?」 これは、大切だ。 もうだいぶ広まっているとはいえ……こいつのせいで……これ以上醜聞が流されては困る。まあこいつとしても僕とキスしたことが公になったら頭を抱える破目になるのだろうから、これは約束させなくても大丈夫だとは思うが……だが、言われたら困る。 「……リズが嫌がるなら、誰にも言わない」 ポッターが不承不承といった体でそう、ちゃんと言ったのを僕はしっかり聞いた。まあ、僕の正体を知ったら、言う気なんてうせるだろうから。 「僕が何者でも、お前は許せるか?」 ポッターは首を傾いだ。 それでも。 「うん。君が誰だって、僕は君が好きだ」 へえ……。 どの口がそれを言うか! 僕はポッターの両頬をつねり上げたいのを必死で堪える。 ああ、限界だ。本当にこのままじゃ、ポッターの口を抓りそうだ。 もう少し遊びたかったのも事実だけど。もうポッターとはこのまま二度と会わないのも、それの方が良かったのかもしれないけれど。 でも、僕はポッターのもっと情けない顔が見たい! ああ、ポッターが情けなく顔を歪めるのが見たい!! 真剣に純粋な僕の正当な欲望だ! ポッターが、僕を見て、僕だと知って、間の抜けた顔を僕にさらして……どんな対応をするんだろう。 僕がリズだって知ったら、ポッターはどんな風に驚いて、どんな風にがっかりして、意気消沈して……。 ああ……。 想像しただけで身震いしてしまいそうだ。 なんて気分がいいんだ。なんて快感! こいつを出し抜けるんだ。 「リズ?」 僕が、嬉しくなって、押さえ切れなくなって、つい微笑んでしまっていたから。 「リズは、笑ったほうがやっぱり綺麗だ」 「ありがとう、ポッター」 僕は極上の笑顔をポッターに差し出してやった。 この笑顔は、本当に滅多に拝めないぞ。僕はあんまり笑わないからな。しかもこういう風になんてホグワーツでは数えるほどしかないんだからな。よおっく噛み締めて味わえよ! 「リズ……その」 「何だ?」 「キス、していい?」 ………懲りてないのか、こいつは。 ポッターなんかとキス………。 この前のことが……。 あんまりに、真剣な目で僕を見るから。 いつの間にか僕の両手はポッターの手が外れていて、そのポッターの両手は僕の両頬を覆っていて……。 あの時、の宙に浮くような感覚がすごく思い出されて……頭の芯が溶けていくような感じが……。 「いや、ちょっと待て、ポッター!」 まずい、正気になれ自分。 流されたら負けだ。ここで流されたら、まずい。もう恥の上塗りはこれ以上は駄目だ! 「何でもしていいって、言ったのは嘘だったの?」 ………ちょっと待て。 僕の気持を尊重するとか言った記憶があるのだが……。 僕の嫌がる事をしないんじゃなかったのか? 「僕が嫌がることをしないか?」 「絶対にしない」 「じゃあ……」 やめてくれ、そう言おうと思ったのだけれど。 「だから、君が嫌ならしないよ」 「いや、というわけでは………」 何を言っているんだ、僕は! 嫌に決まっているだろう。 相手を良く考えて物を言うんだ。 しかも、キスだぞ。女の子とだって、好きになった子以外とはお断りなんだよ、普通は。よりによって相手はポッターなんだ。この前はついうっかり事故を起こしてしまったのだけれども……。 冷静になれ。 「じゃあ、キスしていい?」 ポッター目が……。 眼鏡の奥で、光る。 綺麗な色。 緑の、深い色をしていた。僕が見たどんなエメラルドよりも綺麗な色をしていた。 眼鏡が、邪魔。 もっと見たくなって……。 僕は、知らないうちにポッターの眼鏡に手を伸ばしていた。 「リズ?」 「眼鏡、外していいか?」 僕が、そう言うと、ポッターはすごく優しい笑顔になった。 ……。 僕の事好きだなんて、本当じゃないくせに。 僕だって……騙してるから。 僕が、お前を騙しているから、お前は騙されているんだ。だから、お前の感情は嘘なんだよ。そんな対象が存在しない所に生まれた感情なんて、ただの嘘なんだよ。 ごめんなさいなんて思ってやらないけど。僕の意思で仕掛けたんだから。 僕は、両手でポッターの眼鏡を外した。 ……眼鏡じゃないポッターを僕は初めて見た。見た事があるのかもしれないけれど、あんまり気にしたこともないし、見たいなんて思ったこともないし。 眼鏡に邪魔をされないポッターの瞳の色は、本当に吸い込まれそうなくらい綺麗で。深い緑。 顔も、すごく整ってるのに。 「なんか、お前じゃないみたいだ」 「そう?」 勿体無い。 まあ、髪もろくに梳かしてないのだから、自分の顔なんて気にしてないだろうけど……、眼鏡を取った方が断然かっこいい。 ………何を考えているんだ、僕は!! よりによってポッターがかっこいいなどと。 これから大仕事が待っているんだから! 気を抜くな。 リズが僕だと知った時のポッターの間抜け面を拝むんだ! 「ねえ、いい?」 何が? そう聞こうとして、気が付いた。 ああ、そうだ。 こいつは僕とキスがしたがっていたんだ。 僕だとばらせば、こいつが言いふらすことなんて絶対にないだろうし。 する前に、ちゃんと僕だと言わなくては。この前は不覚を取ったが、今回は! そして、ポッターの間抜け面を拝むのだ! 「ポッター……」 「何?」 「僕が、本当に誰でもかまわないのなら……誰にも言わないのなら……その……してやってもいいぞ」 「僕はリズとキスがしたいんだ」 今だ!!! 今しかない。 かつらを外して、飴を……! 「だから……」 僕が、言おうとした時…… ポッターの唇が重なった。 070224 → |