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 大丈夫だ、落ち着け。
 あんなに計画を練ったじゃないか。
 一つのミスもないように、臨機応変に。
 色々な出方を想定して、あれだけ脳内シュミレーションをしたんだ。
 相手を人だと思わずに、相手は犬だ。犬だと思うんだ。
 大丈夫。落ち着け。

 かつらもずれてない。
 飴もちゃんと予備も持ってきている。


 僕はもう、何分この扉の前で立ち尽くしているのだろう。
 扉のドアノブを見つめていても何も起こらない事ぐらいは良くわかっているんだ。けれども、緊張しているのか、もしかして、僕は、どうにも中に入ろうという気が起こらない。
 だが、約束の時間だ。仕方がない、入るか。
 この前ポッターと会った部屋の扉の前で深呼吸をしようと、大きく息を吸った時……。




「あ、リズ」
「うわあ!」


 不意打ちで後ろからポッターに声をかけられて、心臓が跳ねた。


「なんだ、お前! まだ来てなかったのか?」
「うん、今来たところ」
「僕を待たせるつもりだったのか!?」
「リズだって今来たところじゃん」

 確かにそうなのだが……。
 いや、だが指定した時間をもうすでに5分も過ぎている。僕が扉の前でまごついていたからだが……。

 つまりこいつは遅刻したと言うことか?
 僕を待たせるつもりだったのか?
 僕は約束の5分前には着いていたんだからな! 時間にルーズな男は嫌われるぞ! 男というよりも人間性を疑われるんだからな。かく言う僕もお前が大っ嫌いだ!

「入ろうよ」


 いや、怒ってはだめだ。感情的になっては流されてしまう可能性がある。
 僕は扉を開けるポッターの後に続いた。
 普通は扉を開けてから、女性を先に部屋に入れるものではないだろうか……。いや、まあ僕は女の子ではないのだからここで怒る事もないのだが。ポッターごときに完璧な女性のエスコートが出来たのであれば、それはそれで不気味だ。






「今日はすっきりした格好だね」

 今日の僕の服装は、いつも通りだった。もうこいつの前でかつらさえ被っていれば大丈夫だろうという自信があったため、いつも普段着に着ている、白の襟の大き目のシャツ……ボタンが多いのが面倒だがそこが気に入っている、とネイビーの細身の五分丈のパンツ。低学年の頃着ていたものだが、多少きついが今でもまだギリギリ使える。低学年の頃は膝が隠れる程度の長さだが、今は膝上だ。暑い時に部屋で着ている。確か足が綺麗だとか褒められた気がするので、少しだけ譲歩してやった。それにローブを羽織ってきた。

 そして、ちゃんと杖も持ってきた。
 なにがあるのかわからない。
 自分の身は自分で守れ。

「やっぱり、リズの足、綺麗だね」

 じっと足を凝視されて、僕は恥ずかしくなる。やはりフルレングスを履いてくるべきだっただろうか。そんな目で見られると、品定めされているような気分だ。この視線に日々耐えて生きているスカートを履く女子は全員、やはり勇気がある。いや、僕はポッターのような卑下た目で女性を見た事はないぞ。

 ポッターが、先にソファに座ったから、僕はポッターの手の届かない所に立った。いつでも逃げられる体勢が大切だ。万が一に失敗した時は、自分の身は自分で守るんだ。まあ、僕だって男だし死ぬ気で抵抗すればきっと大丈夫だろうし、抵抗というよりも実際男同士なのだから護らなくてはならない貞操も奪われる心配はないだろうけれども。
 だが、それだとは言え、やはり、それでも!

 ポッターの側に近寄ると、警告ランプが頭の中で点滅をする。



「なにを着てても似合うよ」
「………」
「会えて、嬉しい」

 ポッターは僕に笑顔を作った。笑顔なのだが……。
 何だろう。今までと違う。今までは、盛りのついた犬のようだと思ったのに……。
 今日は勢いがない。今日はポッターの方が落ち着いていて……僕のほうが焦っている。



 ソファに浅く腰をかけて、それでも落ち着いた態度で。
 いつもこうしていれば、彼女もすぐにできるだろうに……。せっかく英雄の肩書きを持って生きているのだから、少しはそれ相応の態度なり生き方を身に着ければいいのに。

 ポッターは、優しく微笑んでいて……。






 ほだされてなるものか!

 そんな、顔したって駄目だ。いつものように鼻を伸ばしてるわけじゃないことは解るけど……。
 どうしたんだ?


「本当に、綺麗だ」

 僕を見つめる目は、真剣だった。
 真剣に、僕をじっと見つめて。逸らさない。から、先に僕の方が逸らした。


「………世辞を言うために呼び出したのか?」
 僕は、赤くなってしまう。

「好きだよ」


「………」
 何度も、聞いた台詞なのだが……この空気が悪い。何だか心拍数が上がってくる。

 僕に言われているような気がしてしまう。
 ………………なんなんだ、この展開は。僕の計画の中にはこんな場面は存在していない。

「座らないの?」
「結構」

 近くに寄ってたまるか。

「じゃあ、僕がそっちに行っていい?」
「近寄るな」

 僕は警戒のため、杖を持参している。そのアピールのためにローブの内側に手を入れた。
 それを見たポッターがため息を、一つ。


「この前は……ごめん」

 何だ? やけにしおらしいじゃないか?


「君に、ひどいことをしたと思ってる……」
 声も、なんだか低くて。
「………」
「一言、謝りたくて」
「………本当に、そう思ってるのか?」

 おかしい。
 ここに持ってくるまでの間に、僕はたくさんの場面を想定したと言うのに。
 ポッターを謝らせるために、僕はあの手この手を使う予定だったと言うのに。
 ………計画の半分が無駄になった。

 いや、がっかりしているわけではない。手間が省けたのだから、よしとしよう。

「反省している」
「本当に?」
「土下座しようか?」

 ポッターの目は、嘘は言っていなかった。
 ………、どうする? このまま土下座させたらいい気分だろうか?
 別に……土下座をさせたいわけじゃない。いや、見てみたい気もするけど。


 それ以上に僕の目的は崇高で大きいのだ!



「そこまでは求めていない。もう二度としないのなら」

「本当?」

「………」
 それにしても土下座、か。
 そうか。そこまで反省しているのか。

「もし、許してくれるなら、僕の隣に座って」


「………いや、それはちょっと」

 できる限り、ポッターのそばに近寄りたくない。何かがあってからじゃ遅いんだから。この前のことで懲りた。もうこいつには近寄りたくもない。
 最近ではこいつに嫌味を言うにしても、できる限り遠い場所から言うようにしているのだから。半径1メートルはキープだ。今の状態では1.5メートル。


「じゃあ、許してくれるまで、謝るよ。許してないんでしょ?」

 ポッターが苦笑しながら……。
 許すも何も……


 ……その通りだ!
 一生許すものか。許してたまるものか!!
 こともあろうに、この僕のファーストキスを………ファーストキスというのは長い人生の中で一度きりなんだからな! この先何回キスしようとファーストキスと呼べるものはたった一回! その貴重な一回を、僕の意思とは無関係に、しかも僕が望んでいない状況で、そのうえポッターなんかに奪われたんだ!!

 思い出したら、また怒りと恥ずかしさがこみ上げてくる。

 お前には消せない傷を作ってやらないと気が済まない、その額の稲妻型のようにな!
 僕の頭の中で、僕はポッターに指をつきつけ、高らかに宣言をしていた。勿論声に出すほど馬鹿じゃない。



「君に嫌われたら、僕はどうしていいのかわからないよ」

 ポッターが、立ち上がった。
 僕は、また何かされるんじゃないかと思って身を引く。
 それを見られていたのか、ポッターが少しだけ苦笑をした。

「そうされると、本当に切ない」

 本当に、切なそうにポッターが顔を伏せるから………。
 ……こいつは、本当に僕のことを……。
 顔を伏せて……それでも笑って、僕のことを見て。



 ………本当に、悲しそうな顔をするから。

 僕が、悪いのか?

 いや、勿論僕は一ミリたりとも悪くはない! 何にも悪くはないんだ。
 確かにポッターをからかってやろうと言う悪戯心がまったくなかったと言えば嘘だが……というよりも、それが100%だ。でも、良く思い返してみれば、僕は何もしていないじゃないか。かつら被って、ポッターに会っただけだ。
 勝手に勘違いしたのはこいつだし、今日だって……もう二度とこいつの前にかつらなんてかぶって現れるつもりなんてなかったんだし。無理矢理強制的に、半ば脅迫されて押し切られて約束を取り付けられてしまったのだから、僕が罪の意識を感じる必要性はまったくないんだ。



 少しだけ、ほんのわずかな罪悪感が、生まれなかったわけではない。
 でも……こいつに情けなんてかけてやる義理はないのに。
 


「いや、あのポッター……」
「隣、座って」


 ………騙されるな!

 騙されちゃ駄目だ。これが奴の手だ。押して駄目なら引いてみろの作戦か! デビル・ツインズの入れ知恵か!


 それでも……。







「もう……本当にしないか?」

 いや、そうじゃないだろう! 僕が言う台詞ではなかった。もうしないのは当然だ。これは僕のためも大半だが、ポッターのためでもある!
 これから僕だとばらした時……僕がリズじゃなくてドラコ・マルフォイだと認識した時のお前のためでもあるんだ!! 
 この姿が実は僕だとわかった時、ポッターは僕にキスしたことに、どんな後悔を覚えるのだろう。歯を磨いたりするのだろうか。それはそれで失礼な気もするが……。できればそれは覚えていて欲しくないな。僕も忘れる、お前も忘れろ。

、しかも今後女の子と付き合うつもりがあるのなら、こんな女の子の扱い方をしているのでは三日で振られるのは、目に見えている。僕は紳士なんだ、もし万が一ポッターに惚れるような哀れな女性がいた時の事を考え、その女性に対して僕は優しさを感じていればいいのだ。その彼女の為にも!!

 そう、これは約束させなくてはならないことだ。




「絶対、君が嫌がることはしないよ」




 手を、伸ばされたから……。
 ポッターが僕に、手を差し伸べた。




 僕は、それにつかまってしまった。















ちゃんと笑えますか? 私はちゃんとギャグが書けていますか?
070222