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「ポッター、よく聞け」

 神妙な声で。



「リズは…………僕だ」






 ………。
 言った!
 言ったぞ!
 

 よく言った! なんていう達成感だ! これで終わりだ、寂しいようでもあるが、これで解放されるんだ!

 邪悪な双子が、目を丸くしているのがわかる。
 僕からばらすことはないと思って、高をくくっていたらしい。
 そりゃ、勿論僕だってこんな状況でばらしたくなんてなかったさ。だが、もう限界なんだ、本当に僕の身が危ないんだ。状況は切迫しているんだ。



 さあ、ポッター、がっかりするんだ。良く僕の顔を見ろ!





















「はあ? 頭沸いてるんじゃない?」




 …………絞め殺してやろうか。

 ポッターの明らかに馬鹿にした声と、それに続いて最凶の双子のこれ以上ないほどの爆笑が僕を襲った。
 よりにもよって、僕の頭がおかしいだと!? それはこっちの台詞だ。爆発した頭はお前だろう。

 よく見てみろ、同じ顔だ! ど近眼め!

「まあ、まあ、お嬢さん無理はよくない」

 悪夢の双子の片割れが僕の肩をハリーの手の上から叩いた。
 顔を紅潮させて、目に涙までためやがって。
 もう片割れは、未だに腹を抱えて、床をのた打ち回っている。ポッターの手さえなければ僕が踏み潰していたところだ。

「まあ、この通りハリーだって反省してるんだし」
「そうだよ、マルフォイ!」

 今のポッターの声と、明らかに差がある。いきなり今の見下した視線からそんなに哀願の口調に変えられても………腹が立つ。

「彼女に会えば土下座だってするさ、なあハリー」
「もちろん!」
「何でも言う事だって聞くさ、なあハリー」
「きくよ!」
「無理なお願いだって聞いてくれるかもしれない」
「リズの願いなら何だって叶えるよ!」
「彼女がどんな秘密を抱えていても、なんだって許してくれるだろう」
「当たり前だよ」

 いつの間に床から抱腹絶倒から復活したのか、両方からのステレオ効果にポッターの合いの手が入る。

「……うるさい」

 なんて不快な音程なんだ。

「まあ、お嬢さんそういわずに」
「ハリーももう乱暴なことはしないよな」
「リズが嫌がることはしないよ。彼女の意思を尊重する」

 聞いて呆れる。どの口がそんなことを。

「………」


 前科があるんだ。信用などできるものか。

 片方が、目で合図をしたのを見た。何だ? こいつらは何を企んでいるんだ?



「ハリー、ちょっと女についてレクチャーしてやる」

 ぽんと、ポッターの方に片割れが手を置いた。
 そのとたん、押しても引いてもびくともしなかったポッターの手が離れた。ようやく、開放された。
 そんなことぐらいで外れるのか、あの手は、梃子でも外れそうも無かったのに。。斧とか鋸とか、そういう凶器まがいの物でしか外れないほどの力だったぞ。


 悪魔の片割れがポッターに何かを耳打ちしている。ポッターも真剣な顔つきで聞いている。何を話しているんだ。良からぬ策謀だったら絶対に阻止しなくては。

「よく考えても見ろよ、マルフォイ」

 耳近くで、片割れの声がした。
「何だ」
「もう一度だけ女装するだけで、英雄殿は何でも頼みを聞いてくれるといったんだぞ」
「だからどうした」
「馬鹿だなあ」

 こんな奴に馬鹿と言われたら腹が立つ。

「よおっく考えろ。お前が嫌なこと全部やってくれと頼めばやってくれるし、逆らうなと言えば逆らわなくなるんだ」
「………」
「約束させちゃえばこっちの物だとは思わないのか? マルフォイのくせに、詰めが甘いなあ」
「……………………」



 ………そうだ。

 僕は、何でこんな簡単なことを失念していたのだろう。

 僕に口答えするなと言えば、もう口答えしなくなるんだ。ポッターが僕の思いのままになるんだ。
 今までのことを土下座して謝れと言えばそうするだろうし、もう僕に逆らうなと言えば逆らわなくなるんだろう。



 ……ぞくぞくしてきた。

 あの、生意気で鼻持ちならない英雄のハリー・ポッター殿が僕の前で膝を付く姿を想像してしまった。
 なんて気分がいいんだ。

 やり方さえ間違わなければ、慎重に事を運べば、もしかしたら可能なのかもしれない。



 もし、うまくいったとしたら、
 ……どれだけ気分がいいだろう!!



「………それも、そうだな」


 そうだ、僕はポッターに一泡吹かせるためにこんなやりたくもない女装を不本意ながら繰り返しているんだ。
 こんな苦痛を味わったのだ。
 このくらいの見返りがあってしかるべきだ。


 そして最終的に僕の優位を突きつけるのだ!!!



「おい、ポッター、彼女に合わせてやろう」

「本当!!??」



 ポッターの表情が、いきなり輝きだした。
 まるで、ご主人様が帰宅したときの犬。
 そうか、僕はポッターのこんな表情も引き出せるのか。

 なんだか、満足だ。ひどく充実している感じだ。

 僕は、つい笑顔になってしまう。
 考えただけで、僕の顔はゆるんでしまう。気取られないように引き締めねば。

「ああ、だから……」
「ありがとう! マルフォイ!」
「だから……」
「恩に着る、助かった、恩人! 素敵! 最高!」
「いや、だから……」
「本当にありがとう。絶対リズに許してもらえるようにがんばる」
「いや……」
「絶対にリズと幸せになって見せるからね!」

 そういって、僕に抱きついた………。


 こともあろうに、この僕に抱きつきやがった!
 僕の頭に血が上ってくる。なんて事をするんだ、僕はお前に抱きつかれるような趣味はしていないんだ! 
 ついうっかり前のことを思い出しそうになる。離れろ!

 双子の目の前だって言うのに!
 

「………マルフォイ、細いね」
「………なっ」
「これじゃあリズと変わんないじゃん」

 ………!!
 僕が、二の句が告げないでいるのをいいことに、奴は、いけしゃあしゃあと! 事情を知っている奴が二人も目の前にいるんだぞ!

「おい、ポッ……」
「本当にありがとうね」


 そう言って、僕の話を聞かないまま、ポッターはすごくさわやかな笑顔で、僕に手を振って……。

 僕の話を聞かないまま、走り去った!!








 交換条件、飲めよ!








「おい、ポッター!」

 僕が声を張り上げても、もうポッターは僕の声の届かない世界の住人になったまま走り去ってしまった。もう、ゴマのようにしか見えないところまで行ってしまった。なに、無駄に脚力使ってんだ、あの馬鹿は。そんな勢いで走り去るような用事があったわけでもないだろうに。
 ………顔を見ても解らないくせに、抱き心地で判別できるとは……下世話な奴め。



 まあ、いいか。
 作戦を練らなければ。



 僕が、場を去ろうと思った時に恐怖の双子がまだそこにいた。



「お前らも次の時に来るつもりか?」
「そんな野暮なことはしません」
「俺達まだ馬に蹴られて死にたくないからね」

 まあ、いい。
 誰かがいた方が安全だとは思ったのだが、こんな奴らじゃ頼りない。かと言ってゴイルやクラッブに頼むわけにはいかないから、恥の上塗りはしたくない。


「ふん」


 僕は、踵を返した。
 いつまでもこんなところにいるわけには行かない。宿題だってあるし、スネイプ先生に質問があって伺ったところが思いの他深かったので空いている時間に器具をお借りして実験してみたいし、今読んでいる本の続きが気になるし、何よりも……。



 作戦だ!

 ポッターを、僕の意のままに操ることができるんだ!
 綿密な作戦が必要だ。失敗は許されない。

 僕は、こみ上げる笑みを抑えきれない。
 





 だから………僕は、悪魔達が唇の端を吊り上げたのを見逃してしまった。





















双子の接頭語が途中で尽きた。
まだまだ続きます。
020721