13 あの日以来、僕はポッターと会話をしていない。 なるべく、授業以外では接触を避けた。会話どころか出来る限り目も合わせることもしない。目を合わすどころか同じ空間にいて同じ空気を吸っていたくない。もっと言うならば同じ空の下にすら存在していたくない! 思い出すだけで腹立たしい。 食事も、ギリギリに行って、ゴイルやクラッブのような飲み込むような勢いで終わらせて、できる限り早く退出する。 いつもであればポッターの顔がちらついただけでイライラして、嫌味の一つも言いたくなってしまうのだが、本当に今は一秒たりとも顔を合わせたくない。 恥ずかしいというもの勿論ある。 あんな奴の前で膝を突いてしまったことで、僕のプライドはガタガタだ。 だが、それ以上にはっきり言って、怖いのだ。こんなことは誰にも言えないけれど。 ポッターが怖いだなんて、誰に言えばいいんだ! いや、怖くない。怖いはずなんてない! とにかく会わなければいいんだ! そうすれば僕のこのもやもやはいつかは払拭されるに違いない。 が! 何で、お前の方から来るんだよ! 僕に何の言いがかりをつけようって言うんだ。ばれていないはずなのだから、僕に何の用もないだろ。さんざんリズが僕のことを話すことを嫌がっていたじゃないか。 僕が嫌味を言って、それにポッターが過剰に反応するパターンだったのに。それが面白かったのに。どうせ僕のことなんて面倒だとか思ってたんだろう? ありがたい、そう思われたかったんだよ、ばーか。 それなのに、お前からやってくるなんておかしいじゃないか。 また僕に嫌味でも言われたいのか? 「マルフォイ!」 ああ、来やがった。 肩を掴まれた。 「何だ!!」 僕は出来る限り精一杯不機嫌な顔をしてポッターを睨みつけた。 「あのさあ、あれからリズにあった?」 ………まあ、ポッターが僕に用事といえばこのくらいだろう。 「………」 もう二度とあんなことはごめんだ。もう絶対にリズにはならない。なってたまるか。なったとしてもその姿でポッターに会うことはもう金輪際しない。あんな怖い目に合うのはもう懲り懲りなんだ。 「何か言ってた?」 「二度と会わない」 「え?」 「もう、お前とは二度と会いたくない。そう言っていた」 これは、もう立派な本心だ。 ポッターをからかって遊ぼうと思っていたけれど、失敗だ。ポッターがこれ異常ないぐらい騙された所で招待を明かして、ポッターが驚いたときの間抜け面を拝みたかったんだ。 だが……僕の予想以上に手強かった。さすがに僕のライバルだと認めてやろう。 からかって遊ぶどころか、本気で貞操の危機だった。 「だから、もうリズはお前の前には現れない」 ポッターの前どころか、もう一生二度と女装なんてしてたまるか。 「………やっぱり怒ってたかー」 怒っていたどころの騒ぎじゃない。 できれば殺してやりたいぐらいだったんだからな! あのくらいですんだことを感謝するがいい。 ポッターは、重い石でも頭に乗っけたように、深く沈んでいる。 当たり前だ。少しは反省しろ。 「ああ、ちくしょう、やっぱり双子になんか相談するんじゃなかった!!」 「はあ?!」 今、こいつはなんて言った? 「双子に相談したのか?!」 「うん。ジョージもフレッドもリズのこと知ってるみたいだったからさ!」 「………なんて、言ってたんだ、あいつらは」 誰がキスしろなんて教えたんだ。あいつらの入れ知恵か!? 「もしかして、キスしろなんていったのも、あいつらか!」 もう、これはほぼ確信だ。 あの悪魔のような双子は、人の嫌がることを進んでやるのが座右の銘なのではないだろうか。 「何でマルフォイが知ってるのさ」 「………」 ついうっかり口が滑った。 「リズから聞いた」 「何で僕がいないところで、マルフォイとリズが話すのかなあ」 「同じ寮なんだから、仕方ないだろう」 っていうか、僕なんだし。 それにしても、あの双子は……何てことを。 「双子には、なんて言われたんだ?」 とりあえず、あの双子は要注意人物として僕の中でもマークしてあるが、回答次第で変化する可能性がある。 「えー、リズはMっ気が強いから無理矢理襲ったら喜ぶんじゃないの、って」 「…………それを真に受けたのか?」 「真に受けたわけじゃないけど、リズを見てると押さえが利かなくなっちゃってさー。あんなに色っぽい唇してるほうが悪いんじゃない?」 ………無理矢理人のファーストキスを奪っておいて、その責任転嫁は何だ! ふざけるのも大概にしろ! 怒鳴ろうかと思ったが……。 ………あの双子はこれからは危険人物として認識しよう。見つけたら逃げたほうが身のためだ。 あいつらは僕が遊んでいることを知って、いたずらを思いついたに過ぎないのだから、まあ僕と同じようなものだ。あいつらに引っかかってしまったといっても過言ではないだろう。 もちろん一番許しがたいのはこのポッターだが。 ため息をつくのも馬鹿馬鹿しい。 まあ、もう二度とリズにはならないのだし、僕はもう二度と女装してこいつに会うつもりはないのだから。 「そういえば、双子にはそのこと話したのか?」 「当たり前だよ」 「………」 わかった、クレージー・ツインズを見たら逃げよう。 どうやって馬鹿にされるのかわかったもんじゃない。 「とりあえず、もうリズのことは諦めてくれ」 僕は、もうそれだけ言ってポッターの前から立ち去るつもりだった。 いつまでもポッターの顔を見たくない。 思い出すだけで、顔から火が吹き出そうだ。 ポッターにキスをされるなど、末代までの恥だ。 思い出したくもないのに、帰ってから歯磨きを十分以上かけてしたというのに、あのときの感覚がいつまでたっても抜けず、思い出すだけで腰のあたりから力が抜けてしまう。 よっぽど嫌だったんだろうと思う。 もう、話しかけないでくれ。 あの日のことは僕の中で永久に凍結してやる。記憶から消去だ、消去。さっさと忘れよう。 「なんで、マルフォイにそんなこと言われないとならないんだ」 「仮にも女の子だぞ。あの扱いはないだろう!?」 女の子は、優しく扱うのが当然だろう。男の方が力は強いんだ。守ってあげるべき存在なんだ。 「だって、マルフォイのことばかり話すんだもん。頭来たから」 「知るか! 無理矢理キスしておいて、どんな責任転嫁だ。ファーストキスだったんだぞ! お前にくれてやる義理なんてなかったんだから」 「………」 ポッターが黙り込んだ。 当たり前だ。 お前に言い訳の余地なんか何もない! 土下座ぐらいして見せたらどうだ。 「そっかー。ファーストキスだったんだ」 「違う、そこじゃない!」 頭がいかれてるのか? 「………僕、リズに嫌われちゃったかな」 ようやく、うすのろな頭でも、そういう結論を導き出せたらしい。僕の発言一言目からお前はこの台詞を口にするべきだったんだ。 「ああ、そうだな」 「どうしたら許してもらえると思う?」 「諦めろ」 僕が、言い放った。 もう知らない。 こいつのことなんて、本当にもう知るもんか。 「どうしよう……」 「僕が知ったことか」 「ねえ、マルフォイ。一生のお願い」 ………。 まあ、予想はつくが。 「リズに、謝りたいんだ」 「手紙でも書いたらどうだ?」 もう、こいつと話しているのが限界だ。早くこの場から立ち去りたい。 「渡してくれる?」 「断る」 もう、勘弁してくれ。 僕は、立ち去るつもりだったのだが。 「お願いって言ってるじゃん」 ポッターが僕の両肩を掴んだ。 両肩を掴んで、壁に押し付けた。 この前、嫌と言うほどわかった。こいつは馬鹿力だ。策を弄さないと勝てない。 今はこの危機を脱するための機会を窺わないと。一秒でもこんな状態からは回避したいのだが、力技で逃れようとしても無理なことはわかった。何かの時のために体力を温存しておこう。だが、この状態は、見るに屈辱的だ。ここは誰でも通る廊下だ。誰かに見られたりしたら……冷や汗が流れる。その前に何とか……。 「直接会って謝りたいんだ。もう、二度とあんなことはしないって」 「………」 「本当に、お願いします」 「………離せ」 お願いではなく、これは脅迫と言うんだ。 「離したら、リズに会わせてくれる?」 「断る」 「今日も燃え盛ってるね。お二人さん」 「キスまでの仲だって?」 声がダブる……。 誰かが来た。 ……方が、マシだった。 「やあ、ジョージ、フレッド」 こいつらを見たら、回れ右。 その決意はこのポッターのせいで早くも破られた。さっさと手をどかせ! 僕の機嫌が最悪だったのが、さらに急降下してこれ以上ないくらい氷点下だ。 070216 → |