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 最初に一つだけ言っとくけど、僕は君を親友として誇りに思ってる。

 だから、僕が何を言っても裏切られたと思わないで。僕は君に嫌われることは怖かったんだ。
 これから話すことは全部真実で、君には言ったことがない。
 君を本当に大好きで、君達に僕は感謝しているから、だから言えなかったんだよ。










 僕は、ずっと一人だった。誰もいなかった。誰もいないと思っていた。
 一人だと思っていた。

 マグルの忌まわしい家で暮らしていた時から、僕の心は凍り付いていた。
 あんな馬鹿にすべき下等な人間に虐げられて、僕の知らない両親の悪口をさんざ聞かされて、自分はどう見ても屑な人間にさえ虐待を受ける屑なのだと諦めていた。僕が下等な人間であるなどと思いたくないから何も感じないようにしていた、それで僕のプライドとか尊厳とか……そんなことで僕は自分を護っていた。
 心を凍りつかせる手段を覚えたのはこの頃からで、小さい時から僕は自分の心の中に巣食う闇に気がついていたけれど、それを封じ込める手段を心得ていた。僕は幸せになる事を望まれて生まれてきていない。そう思いたくなかったから心を凍らせた。僕から幸福を取り上げた神を呪った。その呪いも邪魔なだけだったから、それを感じる事を拒否した。
 ただし、その代わり憎悪も何も感じない代わりに喜びも楽しさもほとんど何にも感じないで生きていた。
 僕は一人で、それで何もなかったんだ。


 魔法界に行ってから、心が解け始めた。
 ロン、君達に会ってからだよ。
 ずっと凍っていた心が溶け始めて、楽しいと思ったり、嬉しかったり、悲しかったり、悔しかったり……そんな当たり前のことを感じることができるようになったんだ。それは全部僕の親友である君達のおかげだと思っている。本当に嬉しかった。ありがとう。本当に感謝している。
 僕を僕として見てくれる人が僕の近くにいて、僕を必要だと感じてくれることが僕がここにいても良いんだって思えて……本当に幸せだと感じた。
 今でも、君達が僕の親友であることが僕の誇りだよ。

 それでも、凍った心は動き出した。
 動き出したら、僕が見たくない、感じたくない暗い部分も一緒に出てきてしまったんだ。それは吐き気がするぐらいどうしようもないものなんだ。
 あんな家で育ってまともな人格が形成されるはずなんてないんだよ。ずっとまともに見えるような人格を表現することで、僕を見せていた。英雄らしい人格を僕は作り上げてそれに沿うように生きていた。
 せっかく手に入れた場所を剥奪されたくなかったから。だから僕は暗い部分を抱え込んで、それを上手に隠しながら外側では上手く笑っていた。
 うまく、出来てた?
 ちゃんと僕はハリーとして生きているように見てもらえてたかな?



 ドラコも、同じ場所に居た。

 同じ所にいる人間同士、なにか通じるものがあるのかもね。
 見つけやすかった。

 君は知らないだろうし、ドラコはその発覚を恐れていたのもあるからね。ドラコは自分が愛されて育った大切な一人息子という自分を演じていた。誰にも自分が不幸であることを知られないようにしていた。ドラコは、マルフォイの一人息子として愛されていたけれど、ドラコとして愛されていたわけではないんだ。別にドラコはそれで何も困らないみたいだけど。それを誇りに思っていたみたいだけど。ドラコは何一つ不自由をしなかったけど、親に抱きしめられたことも無かったんだ。彼の両親は忙しくほとんど留守がちで、この広い家に常に一人で居た。昔はドラコも魔法があまり使えなかったから、この家はずっと暗いままだったらしい。この家が、誰もいなくて怖かったんだって。ちょっとこの家から光を覗いた所を想像してごらんよ。家庭教師はちっちゃい頃から来ていたみたいだけどさ。でもそれも一日数時間だけで、朝起きてから寝るまで一人だったりして。ずっと家は怖い場所だったって言ってた。マルフォイは旧家だからね。ホグワーツよりは狭いけど、それでもやっぱり僕がまだ行ったことがない場所とかもあるし、地下なんかはできる限り行きたくないね。物置らしいけど、なんだか大昔の呪いもまだ発動している道具とかもあるみたいだし。おかげでドラコは軽い暗所恐怖症らしいよ。寝る時も明かりがついていたほうが落ち着くんだってさ。だから今はずっと、一年中光に満ちた空間を作ってるんだ。さすがに夜はそれなりに暗くしてるけど。いや、僕は見えててもいいんだけどね。見えてた方が……何がって……そりゃ、ああ言わなくていいの?
 うん、それでねドラコはよりマルフォイらしく振舞うことが彼の使命だったから。だからドラコ自身がどう思っているかとか何をしたいかとかよりも、ドラコはマルフォイであることを自分に強いていた。

 愛されることを僕達は知らなかったんだ。どうやって他人を愛しく思うのか、そんなこともわからなかったけど、ただ求める心があることだけがわかった。お互いにすごく引力が発生することだと思う。愛されたことがない育ちってけっこう歪んでるんだよ。ちゃんと幸せな人ってロクでもない人間から見るとちゃんとわかるんだよ。
 僕達はお互いを愛し合うことで隙間を埋めた。



 僕の心はドラコによってしか満たされなかったし、ドラコも僕を必要としてくれていた。
 本当に愛し合っているんだ。
 今でも僕はドラコが本当に愛しい。





 僕は一度両親を失っている。それは有名だよね。
 それに対しての絶望が力となって復讐を成功させるぐらいには大きかった。
 君には言えなかったけど僕の中で何よりもそれが中核だった。僕を存立させているのはただの復讐だったんだ、ずっと。僕には復讐が出来る、その手段がある、それを知ってから僕は本当にそれだけで生きていたと言っても過言ではないと思うよ。表面で笑えてても、僕の中核は復讐だけだったんだ。
 ドラコはそれを知っていたし、僕が復讐することで生きているのと同じぐらい、ドラコはマルフォイであることがドラコを成り立たせるための必須条件だったから……僕達は変な所だけ酷似していた。
 似ていたのにね、でも僕達は惹かれあった。そんな所が惹かれたのかも知れないけど。
 僕達が相容れないことはずっと知っていたんだ。それでも僕達は愛し合った。



 僕は昔両親を失って……ドラコもホグワーツを去った。

 僕は二回、失った。



 それでも僕はまだ復讐ということで生きていけたからね。一度目の喪失で手に入れた僕の目的は復讐だった。絶望ではなかったからだから僕は生きていた。復讐が僕の中枢神経に位置していたんだと思うよ。だから僕の中身はまだ存在していた。まだ僕は息をすることができた。僕は世界がどうなっても構わなかったけれど、親を殺して僕を不幸にした原因は殺さなくてはいけないと思っていたから、世界も僕にそれを強要していたけど、別に世界がどうなろうと知ったことじゃない。誰が死んだって構わない。でも僕は僕を不幸に陥れた元凶を許せなかった。それは殺さなければならなかった。
 それは誰しもが知る通りで僕の勝利に終わったよ。


 でも僕が勝つことで、ドラコはきっと死んでしまうことも理解していた。

 彼がデスイーターとなったのは、ホグワーツに居た頃からで、彼の魔力が僕と並ぶくらいのものになったのもそのくらいからで……勿論僕の方が強いけどさ……彼は巧妙に隠していたけれど……、だから、僕が勝利したら、ドラコは戦いによって、もしくは魔法界の裁判によって殺されてしまうだろうことは僕は……僕達は理解していたんだ。

 ずっと、一緒になんていられないんだ。
 僕達は、本当は一緒にいることなんて出来ないんだ。
 ……でも。僕は……


 昔、一度だけドラコは僕の胸で泣いたんだ。

『死にたくない』

 そう言って僕の胸で泣いたんだよ。信じられる? あのプライドの高いマルフォイであるドラコがだよ? 生きてずっと僕と一緒にいたいって言ってくれたんだ。
 君には信じられないだろうけど、けっこうドラコは涙腺が弱くて弱気になると良く泣いたんだ。ああ、嘘泣きは上手だったよね。同情を引く手段とか、僕よりもドラコの方が心得ていて、僕はその嘘泣きをした後にするドラコのいたずらっぽい笑顔も好きだったな……勿論君にとっては冗談じゃないと思うことも多かったかもしれないけどさ。ドラコは一度だって他人の前で本気で泣いたことなんてないんだ。泣くほどのこともなかったから。ドラコはあの時からマルフォイ然としていたから、泣くだけに事足りないことしかホグワーツにはなかったからね。ドラコの本当の普通の表情って、いつもつまらなそうなんだ。君は済ました顔をしていると思っているかもしれないけど、本当につまらなそうにしていたんだ、いつも。
 でも、僕の前でだけはすごく良く泣いたんだ。そんなに泣いても決して僕に理解なんて求めたことはなかったんだ。その時僕は胸を貸してあげるだけで、ドラコが何で泣いてるのかその時以外教えてくれたことなんてないんだ。でも、知ってたけどね。
 僕以外には本当の涙は見せたことはないんだ。
 僕は僕のためにドラコの望みは全部叶えてあげたかった。ドラコが笑ってくれさえすればそれだけで嬉しかったから、僕はドラコの望みは全部叶えるんだって、その時から……もっとずっと前から決意してたんだよ。死にたくないって言ったし、生きて僕と一緒にいたいってそう言ったんだ。彼の望みを全部叶えてあげることが僕の望みだからね。

 それ以上に僕だってドラコには死んで欲しくなかったし、彼が何者であっても僕は構わない、もしドラコが喋れなくても、耳が聞こえなくても、目が見えなくても、歩けなくても、考えることができなくなっても僕は全力でドラコを求めているんだ。
 ただ……そばにいて欲しかったんだ。



 ホグワーツからドラコがいなくなった時に僕達は二度と会えないことを確信してた。
 それでも。僕は二度とドラコに会えないことができないことぐらいわかっていた。
 絶望しか待っていないのに……僕は、ドラコを諦めることなんてできなかったし、する気もなかった。







 みんな知っての通り、僕は勝った。
 僕は僕の復讐を成し遂げた。
 僕は復讐ということだけで生きていたから、それでなくなった。僕がいなくなった。
 復讐と、ドラコと……僕はその時はそれだけで、復讐がなくなってしまったらドラコしか僕には残ってないから。











 そして、ドラコの死罪は確定した。















……三人称小説、挫折
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