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 ドラコの死罪は確定した。


 何でって。そう思った。覚悟してたんだけど。それでも。

 別に誰のためでもない僕のために僕は勝ったんだけど、その代償に僕はまた絶望を与えられることが決まったんだ。


 ドラコの死罪は確定で、まあ僕も誰も殺してないわけじゃないけど、ドラコだって優秀な闇払い師を何人か殺してるからね、誰の目から見ても未成年だったとか言う情状酌量の余地を与えても、その刑は妥当だと思うよ。僕は勝ったから英雄だけど、どちらにしても僕もドラコも人殺しには違いない。
 でも、僕はそれが許せなかった。僕からドラコを奪おうとする奴らを全員殺したかった。

 それができないならせめて、僕の手でドラコを眠らせてあげたかった。
 ドラコが死ぬのなら僕の手で……きっとドラコだって喜ぶ。

 せめて僕の手で殺してあげたかったのに、それでも魔法省は取り合ってくれなかった。
 そりゃそうだろうけどね。僕がドラコを好きで、ドラコも僕のことを好きだなんて信じてくれるはずもないし、信じたとしても僕がそう一方的にドラコを同情しているだけだと思っただろうし、魔法界を救った英雄様をわざわざ敵の前に出す必要性なんてまったくないからね。僕は闇の陣営からすると復讐の対象だから、普通に考えればドラコの前に僕を出す必要がない。もしそんな事があったとしても僕達は決して味方ではなかったのだから、今は敵なのだから、ドラコが僕のことを好きなはずがないって偉い人達は僕を慰めてくれたよ。もしそうだったとしても死喰い人は危険だって。一時の気の迷いだってね、うるさいよばーか。

 ドラコが死んでしまうなら僕だって死んでしまおうと思った。

 死んでしまっても、僕は、二度とドラコに会うことができない。そう思ったらただ、絶望だけだった。
 僕が殺してあげられるのなら、そのまま僕も死んでしまえば僕達は永遠になれたかもしれないけど……、僕の目の届かない所でドラコが死んでしまったら……それに絶望した僕が死ぬのなら……

 僕は結局二度とドラコに会えないじゃないか。


 死ぬのは別に構わないけど、死んだらドラコに会えるの?

 僕は世界なんて闇に沈んでしまえばいいと思った。滅びてもいいと思った。ドラコがいなくなったら、今度僕に絶望を与えるのはこの世界だよ。



 君に教えた呪文は本当はそれを阻止するためのキーワードだったんだ。その呪いを解除するためのね。きっとこうなるだろうって、僕はあの時なんとなく思ったから。世界に対して呪いをかけちゃうんじゃないかなと思ったから。
 用意周到でしょ。けっこう僕は抜け目がないんだ。勉強はできなかったけどね、ドラコにも良く褒められたよ。まあ、一番最悪なことをとりあえず考えておくことは根暗な人間が世の中をなるべくまっすぐ歩けるようにする妥当な手段なんだけどね。
 意味なんて何もないよ。どこかの国の言葉……ドイツ語だったかイタリア語だったか、スペイン……いやロシア語かも……「僕はドラコを永遠に愛する」って気障に発音をそのままに書いてスペルをランダムに入れ替えただけ。調べたの? 何にもわからなかったでしょ。何の意味もないんだから。

 僕は、本当に壊れてしまいそうだった。


 何日も僕は彼の名前を呟きながら……力は暴走した。
 壊れてしまえって、世界に対してそう呪った。


 僕に対して、呪文をかけた。
 もう、何も考えたくなかった。

 何かを考えてしまったら本当におかしくなってしまいそうだったから。別に正気のまま全部壊してしまっても良かったんだけど、でも。僕は僕に呪いをかけたんだ。
 何も考えなくなる、思考能力を奪う呪い。本能は残るけどさ。
 このままドラコに会えなくなるなら、きっと僕はそのまま暴走して世界を壊していただろう。その時居た魔法省ぐらい壊したかもしれない。


 僕は彼の名を呼び続けていた。
 泣きながら、何度もドラコって叫んだんだ。

 みっともないとかそんなこと思わなかったよ。だってもう僕はその時は自分に呪いをかけていたからね。もう、何かを考える力はなかった。
 ああ、覚えているよ。曖昧にはなっているけどね。考えることを放棄するだけで、記憶はしているから。日常的な、例えば食べるとか着替えるとかシャワーを浴びるとか、そんなことは覚えているから大丈夫だし、フォークとナイフの使い方なんて考えなくてもできるでしょ? それに昨日ドラコが話した内容とか、最後にドラコが髪を切った日とか、ちゃんと覚えているんだ。そういう呪いなんだよ。僕は自分に甘いからね。

 ただ単にとにかく何にも考えたくなかったんだ。
 考えたくない。
 ただ、僕はドラコと一緒にいたい。それだけなんだよ。思考を手放しても僕はドラコがそばにいないと呼吸すらできないんだ、本当に。


 魔法省も慌てただろうね。
 闇を討ち払ったばかりの英雄が今度はこの世界に滅亡を引き起こす。そんな物騒な事態は勿論避けたかっただろうから、僕はドラコに会うことができた。なんて幸せなんだろう、僕は。そんな恐喝まがいのことをして……いやもう脅迫だね……それでもなりふり構わず僕はドラコが……ドラコに会いたいんだ。
 ドラコと一緒にいたくって……。


 会えた時は、泣いたよ。
 ドラコにしがみついて、何時間も泣いた。嬉しくてさ。その時のことは覚えてる。
 ドラコは僕以外の人間がいる所で僕との関係を明るみには出したくなかったみたいだけど……僕と関係していただなんてマルフォイとしての恥だからね、悔しいけど……初めのうちはすごく不機嫌そうな顔をしていたけど、そのうちにドラコも僕を抱きしめて一緒に泣いたよ。みんなびっくりしてただろうね。覚えてないけどさ、周りのことなんて。
 誰もどうでもいい。
 僕はドラコだけなんだ。



 僕はようやくそれで僕はようやくドラコに会うことができたんだ。

 会えたんだから、僕はもう二度と彼を放したくないと思った。二度と手放さないと決意したんだ。

 振りだけで本当に僕がおかしくなってしまう呪いを自分にかける必要はなかったってそう思う?
 そうでもないんだよ。ほら、ドラコってプライド高いでしょう?

 ドラコはドラコである前にマルフォイなんだよ。
 でもちゃんとマルフォイとして存在する前にちゃんとドラコとしての自分があるから、ドラコが僕を好きになってマルフォイだと僕は敵なんだよ。どっちもドラコは捨てられないから……ドラコもおかしいんだよ、ちょっと。ホグワーツに居た頃から一人で笑ったり泣いたりしてるんだ。ちょっと不安定なんだ。それを見れるのは僕だけなんだけどね。
 だから、敵である僕に少しでも命を救われただなんて思ったりしたらきっとドラコは死んでしまうよ。ドラコはにとって生きることは別にたいした意味を持たないから、いつ死んだって困らない。マルフォイとしての役目を果たすことがドラコにとっての義務だと思って生きてきているから。今のマルフォイとしての義務は闇として死んで行くことだと思っているんだ。まあ、そうなのだろうけどね。彼が最後の一人だし。そんな事は僕が許さないけど。
 ずっと、僕に会う前はドラコはドラコでなくてただのマルフォイの跡継ぎ息子だったんだ。それでもドラコはそれにしか自分の価値を見つけられないでいるからさ。僕もそんなドラコが大好きだし。まあ、何でもいいんだけど、ドラコなら。壊れたって愛しい。ごめんね、惚気てばっかで。初めてだからさ、こんな風に誰かに話すの。本当はずっと言いたかったのかもね。
 時々僕の好きな人のこと昔、時々話してたでしょ? 覚えてる? 色の白い美人だって。指先が繊細だとか言ったかも。口が滑らないように時々しか言わなかったけど。ごめんなさい、あの時すでにお付き合いはありました。すでに深い仲でした。ごめんって。だって絶対信じなかったでしょ。まあ、それで僕を白い目で見られたくなかったし、君達とそのことで変な溝を作りたくなかったし。それに僕のドラコを変な目で見られたら君でも殴っちゃいそうだったしさ。いや、本当ごめんって。ああ、何だか言ってすっきりした。もっと話していい? いや、もう昨日のドラコとか普通に三時間ぐらいは余裕で語れるよ。昨日はね……ああ、やっぱりやめる? 長くなるもんね。

 ああ、うん、ごめん。えと、話戻すね。
 
 そう、ドラコはどこまで行ってもマルフォイなんだよ。
 ホグワーツに居た頃はダンブルドアが平等化の思想を推し進めてたからあんまり気付かなかったと思うけどさ、やっぱり純血主義ってあるなあって思わなかった? ああ、ない? 本当? 少しはあるでしょ、ドラコから発する高貴なオーラみたいの。ああ、ウィーズリーは変な人種が多いだけで、血統的にはマルフォイに準じるんだっけ? ああ、変なってごめんね。ほら普通は魔力が強かったりすればそれなりに高い地位を得られるんでしょ? 魔力ってたいてい遺伝するらしいし。頭が良いに超したことはないけど、結局それを使う魔力も強いほうがいいって。ウィーズリーは地位とかよりも自分の研究に没頭する学者肌で為政に対して興味がない当主が多かったって聞いたけど。ああ、やっぱり? だからかな。
 僕は魔法界で言うと平民だからね。マルフォイのオーラは強く感じたよ。なんか生まれながらにして上に立つ者。そういう風に育てられたんだろうけどさ。なんていうんだろう、この人に対して跪くのが当然だって思わせるような、そんな雰囲気があるんだよ。この人は僕の上に当たる人で敬意を払わなければならないって、そうインプリンティングさせてるのかなあ、マルフォイの血が。もしかしたら無意識にチャームの魔法出してるのかもね、マルフォイの一族は。まあドラコのお父さんとか大嫌いだったけどさ。あの人なら僕は殺せる。
 ホグワーツにも何人か生徒でもいたでしょ、デスイーターになり損ねた人達。死刑にはならなかったけどさ。あ、なった人もいるの? 別にいいけどね、その人達嫌いだから。あれ全部ドラコの崇拝者。ドラコのために尽くすことが喜びと感じる馬鹿。まあ僕も同じなんだけどね。つまり僕の敵。
 ドラコは僕がドラコの主と同じ場所にいる唯一の人間だからさ。だから僕だけにはドラコもマルフォイじゃなくてドラコであることができたんだと思う。たぶんね。
 ドラコはドラコ以前にマルフォイなんだよ。


 僕が壊れてるから仕方なくマルフォイは生きているんだ。
 魔法省の命令でね。
 仕方なく。

 そう、言ってたでしょ。

 本心は僕と一緒にいられることが嬉しいんだと信じてるけどさ。僕を愛してくれているのは嘘じゃないし。 実際そうなんだ。ドラコが僕の事を愛していても、ドラコはそうしなきゃいけないんだよ。
 さっきだって、ドラコは僕のことを愛してるって言ってくれてたでしょ。嬉しかったなあ。君には絶対に言わないと思ってたけど。もしかして僕は僕が思うよりもドラコに愛されているのかもしれない。ごめん、にやけちゃって。
 ドラコだってきっと今幸せなんだと思うよ。
 でもそれはドラコとしてのマルフォイは感じてはいけないことだから、ってきっとドラコは思ってると思うから。

 今、幸せなのはドラコだけど、マルフォイとしては周りが、部下も含めて全員いなくなったのに一人だけ生きていることってそれなりに屈辱を感じていると思う。そう言ってたでしょ? あれは彼の真実だよ。
 僕がわざと自分に呪いをかけて壊れただなんて知られたら、きっとドラコは僕を許さないだろうし、そうしてしまった自分も許せないだろうし、きっとドラコは死んでしまうよ。
 きっと、僕を許してくれないままドラコは死んでしまうよ。
 そうしたことでドラコは喜んでくれるのかもしれないけど、それをマルフォイは許せない。だからきっとドラコは死んでしまう。ドラコは僕を殺すことなんてできないからね。憎悪を見せて殺すふりはするだろうけど。
 でも、ドラコはきっと、僕が正気に戻ったら……僕が自分で壊れたとしたらドラコはきっと許さないと思う。

 全部。

 僕はどんなことをしてもドラコを守るから。
 ドラコに害を為すもの全てから守るから。


 だけど、ドラコがドラコを傷つけるなら僕はだれを誰から守ればいい?
 もし、僕が彼を傷つけてしまったら、僕は僕にどうやって復讐すればいい?















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