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『僕に絶望した時に………』


 ハリーがそう言って教えてくれた呪文をロンは唱えてみた。
 もう、これ以上ハリーに絶望する事はないと思ったから。
 これ以上彼を探し続けることが出来ないから。二度と、親友に会えないと思ったから。

 ハリーは横を向いたままマルフォイが出て行った扉をじっと見つめている。
 相変わらず。
 マルフォイが出て行った扉をじっと見ていた。彼はマルフォイが戻ってくる事をただ待っているだけ。


(……駄目なのか?)

 じっと見つめて……。

「……」

 ハリーの口が少しだけ動いた。ハリーの声が少しだけ聞こえた。同じ体勢のまま。
 声が………。
 ずっと、何も喋らなかったのに。

(……声?)

 それは聞いたことのあるものだった。
 ロンに対しての意味を持つ物ではなかったが……、知っている呪文だった。

(……呪文?)



「ハリー!!」


 呪文を……意味のあるものを喋ることが出来るということは……

「ハリー!!」



















「やあ、ロン。久しぶりだね」





 扉から、視線をロンに移して………ようやくハリーはロンを見た。


 ようやく、ロンはハリーを見つけた。










「ハリー!! 君は……」
「ロン……あんまり大きな声を出さないで。ドラコが気付いたら困るから」

 唇に人差し指を当てて、彼は悪戯っぽく笑った。


「ハリー! ずっと探したんだ。ずっと君に会いたくて……」
「うん、知ってる。悪いと思ったけど」


「何で……なんでこんなことに。マルフォイに何をされたんだ」

 ハリーに掴みかかる。
 肩を掴んで揺さぶる。
 それに対してハリーは困ったように、それでも嬉しそうな笑顔をロンに見せた。

 ずっと探していた。
 これは、間違いなく彼だ。


「ロン……落ち着いて」

 ハリーが、今では世界最高の魔力を持つ彼が、誰かに何かをされるはずなんてないのだから。きっと隙を突いてマルフォイに何かをされたのだろう。それはロンの中では確信に近かったけど……。

「念のため遮音の魔法は張ったんだけど、魔法を使ったことがばれないくらいの微弱なものだから……ドラコは僕と君との関係について何の興味もないから扉の外にいることはないと思うけど……でもできれば大きな声を出さないで欲しいんだ」

 ロンの方をようやく見て、にこりと笑った。
 ロンの想像していた再会とはまったく違ったけれど……。


「ハリー、僕は君に会いたかったんだ……」

「僕もだよ、ロン」


 ハリーは笑った。
 それでもその笑顔は少しどことなく寂しげだった。

 ずっと、探していた親友。
 ずっと思い描いていた彼の笑顔。
 想像とは、少し違ったけど。
 昔とは、やはり少し変わってしまったけど。




「君は………」
「別にドラコが何かしたんじゃない。さっき、ドラコが言っていた通りだよ」

 ハリーは、ロンの知っているハリーとは少し違った。
 こんな風に寂しく笑うことがあっただろうか。
 どこか、暗い部分を隠していることは知っていたのだが……それでもいつもロンの前ではふざけたり、心の底から楽しそうに笑っていたと思っていたのに……。



「……ハリー……」

「ずっと探してくれていたんだね。ごめんね」


 昔と較べて、大人っぽい顔つき。幼い部分が抜けて、精悍な雰囲気が目立つ。
 それでも、彼であることは間違いない。


 ホグワーツにいる頃から、彼自身があまり周囲に線を引いている所があったからあまり身近にいる人間はロン達しかいなかったけれど、それでも彼はその容姿においても人気があった。あのまま、普通に生きていたら今頃可愛い奥さんがいて、結婚をして子供もいる頃だろう。
 こんなことになってしまった。
 何も出来なかった。
 彼の幸せを、ロンには救えなかった。


「………」
「我侭で、ごめんね」


 ハリーはさっきのマルフォイのようにソファに沈み込むようにゆったりと座ったから、ロンもそれに習ってソファに身体を預けた。
 大声を出すなと言われた。ロンは今にも激昂してハリーを殴りつけたい衝動に駆られていたが、それでも……ようやく会うことができたのだ。


「何から、話そうか……」

「マルフォイとは……」

 未だに、信じられない。あんなことを目の前でされたとしても……男同士だということもあったし、何よりもマルフォイとハリーは宿敵だ。相性が良くなかった、それ以上に本当に敵なのだ。
 ハリーは英雄として闇を倒して、マルフォイはその闇に与していたというのに……。

「うん。僕はドラコを愛してる。おかしくなっちゃうぐらいね」

 ハリーの返答はあっさりした物だった。
 学生の頃、何度も好きな人について尋ねた事はあるけれど、何も答えてもらえなかった。
 彼に好きな人がいることだけはわかっていた。高学年の頃。溜息を吐いている事が多かったから。

「……いつから」
「ずっと前からだよ。学生の頃から。それもドラコの言ってた通り。僕の恋人、美人でしょ」

 ハリーの口から、言われても信じられない。
 そのうち話してくれると言ったから、そのままにしておいた。しつこく聞いたら邪魔そうにどこかに行ってしまったことがあるから、それ以来ロンからは聞いたことがなかった。
 それでも時々ハリーからその人に関しての話をする。色白の美人だとはきいたことがある。すごく心の脆い人だとも聞いたことがある。
 付き合っているのかと聞いても、はぐらかされるばかりだったので、まだその人と恋人になっているわけではないと思った。いつか、紹介してくれると言っていたのだけれど、そのいつかは来ないまま彼は姿を消した。


「何で、言ってくれなかったんだ」
「言いたくなかったんだ。ロンとかハーマイオニーとか……僕のことを僕として見てくれる君達を、今更言っても信じてもらえないかもしれないけど、僕は本当に大好きで、君達といると本当に心の底から楽しいって笑うことができたんだ。それを失いたくなかったし、僕の暗い部分を知られたくなかった」

 ハリーは落ちてくる髪の毛を邪魔そうにかきあげた。だいぶ、髪が伸びた。
 あまり、似合ってはいない。
 その視線の意味を理解したハリーはおかしそうに目を細める。

「……ドラコは、ああ見えて不器用なんだ。初めのうちは長くなると切ったりしてくれたんだけど……もう自分の髪も切ってないしね」


「ハリー、僕は君の親友でいいのか?」
「それは僕の方だよ、ロン。僕は君達の親友で大丈夫? 嫌になったりしてない?」

 ハリーの方から逆に尋ねられて、ロンは目を伏せる。

「僕は、ずっと君を探していたんだ……」
「うん。知ってる。嬉しかった」

 何年も探した。
 ようやく見つけた。それなのに……。ハリーは喜んでいる。確かにそうなのだろうが……何故こんなに寂しそうなのだろうか。



「でも、ごめんね。僕は君達といると安心を手にすることができたけど、僕はもっとずっと暗い所にいて、ドラコはそんな僕を知っていたし、ドラコ自体もずっと暗い場所に一人でいたんだ。同じ場所にいる相手は見つけやすかった。ドラコは僕を気にしてくれていたし、僕はドラコを愛していて……彼が僕の中で唯一の支えになっていた。僕はドラコを求めてドラコも僕を受け入れてくれた」

 淡々と、それでも少しだけ嬉しそうにハリーは話す。

「僕達じゃ……君の支えにはなれなかったの?」
「……ごめんね」

 それは、肯定の言葉だったから。ロンも口を噤む。
 彼の支えには、なれていなかった。
 それは知っていた。ロンには量りえない闇をハリーはずっと抱えていた。理解したいと思っていた。そしてそれは理解できないとも思っていた。何も失った事はないから。


「聞きたくないかもしれないけど、長くなるけど……」

 ハリーはそういい置いてから、少し間をおいた。









「全部話すよ」














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