7 親友とそのライバルの少年であったマルフォイは、ロンの目の前で抱き合っている。 笑いながら抱き合って……。 ロンは、もう見ていられなかった。 未だにマルフォイのことを嫌いだという認識を改めるつもりはないけれど。それでも、こうなったとは言えハリーはマルフォイに対しての認識はロンとは正反対なのだ。それが理解できない。 (ハリーは……) きっと会えば何かが変わると信じていた。 会えばハリーが喜んでくれると信じていた。 長い年月彼を探し続けた結果がこれでは、あまりにも惨めだ。 ずっと探していたというのに……。 会えば、それだけで……そう思っていたのだが。 (ずっと会いたかったのに……) ただ、会えるだけでいいと思っていた。それで全ての願いが叶うと、探し続けた想いが会うだけで報われると……そう思っていた。 それなのに。 「マルフォイ、僕とハリーと二人きりにしてくれないか?」 彼は、マルフォイといるからだ。 だから、こうなってしまったんだ。 「………」 その言葉に、マルフォイはハリーに向けていた柔らかい視線を止め、表情を変えてロンに侮蔑の視線を送る。 「………この状態を見てわからないのか? ハリーは何もわかっていないんだ。僕がいないと何をするかわからない」 「それでもいい。二人きりにしてくれ」 それで、何が起こるかはわからない。結局何の収穫もないままここを出ることになるかもしれない。 探し続けて、その収穫がハリーが生きていた、それだけかもしれない。 それでも。 話ができなくても。 親友だったのだから。 ずっと隣にいたのだから。誰よりも長い時間をあの学園で過ごした。誰よりも理解していると思っていたけれど、それは違うことがわかった。それでも、ロンはハリーを親友だと思っていて、その友情に対して彼は誠実に気持ちを返してくれていたことはちゃんとわかっている。 (僕なら……) ロンなら、もしかしたらハリーを元に戻すことができるかもしれない。 それは、ある種の確信だった。 ハリーが一番大切に思っているのは、ロンではなかった。そうなのかもしれない。きっと、そうなのだ。 それでも、親友という位置を誰にも譲った記憶もないし、彼もロンを親友だと認めてくれていた。それは、嘘ではない。ハリーが隠し事をしているのはわかっていたけれど、嘘をついたことは一度もない。 それだけは信じていた。 あのハリーが残した言葉も……。 「……無駄だと思うけど」 マルフォイは立ち上がった。 「いいの?」 「別に、ハリーは僕の所有じゃない」 急に立ち上がったマルフォイを追ってハリーもその後をついて行こうとする。そんな不自然な動作はかえってとても当然のことのようだった。 「ハリー、君のお客さんだよ。僕がここに戻ってくるまで君はここで大人しくしているんだ」 マルフォイはハリーをもう一度ソファの上に座らせると、彼は不安げな顔つきでマルフォイを見上げていた。その額にマルフォイは一度だけ唇で触れる。 「僕の言うことを聞いてくれるね、ハリー」 言い含めるように、優しい、それでいて有無を言わせぬ響きがそこには込められていて……。 その声に従うのはもしかしたら背徳的な魅力があるのかもしれない。ずっと彼のこの声を聞いていたら、ロンでさえも素直に従ってしまいそうな、そんな気がした。 ハリーが笑顔を作る。 それを見て、マルフォイが微笑んだ。 そしてマルフォイは一度もロンを見ずに部屋から出て行った。 「ハリー!」 ロンが呼びかけてもハリーは今マルフォイが出て行ったばかりの扉を見ている。いつ扉が開くのかと待ち望んでいる。 (これは……本当に僕の知っているハリーなのか?) 間違いなくこれがハリーであることはわかる。 癖の強い硬質な黒に近い髪の毛がだいぶ伸びたけれど、その髪の色も質も同じ。 ロンを見れば微笑んでくれた緑の瞳も、今はマルフォイしか映していないようだけれど、それでもその色の深さは同じ。 顔も昔の少年の面影はなくなり、精悍な顔つきになっているけれど……間違いなくハリーのものなのだ。 間違いなく、彼がロンがずっと探していたハリーなのだ。 ロンに何の反応もない。ホグワーツにいた時は、彼の第一優先は親友だった。ロンとハーマイオニー、彼の中の最上級の優先事項だった。それをロンもハーマイオニーも誇りに思っていた。 (それなのに……。こんなこと) 涙が、出てきた。 ずっと、ハリーに会いたかったのだ。 誰よりもロンはハリーを優先できる。そのくらい、友人として彼を愛していた。ホグワーツで笑いあった日々をロンは無視ができないくらい大きくて、そして大切な日々だ。 ただ、会いたかった。 会ってどうするのかなんて考えたこともなかった。会えば……それだけで全てがわかるはずだ。そう思っていたのに……。 (……こんな……) 最後に会った時ハリーは不思議な、聞いたこともない呪文をロンに残した。 普段と同じように、くだらない事を喋って、くだらないことで笑って、それが安らいだ。いつもと同じ。いつも通りで永遠に続くと何の根拠もなく身勝手な確信を得ていた。 いつもと同じ笑顔で笑うから。 その時ハリーはなんて言った? 急に大人びた顔つきで。これはハリーなのだけれど、それでも親友としてではなく英雄としての顔つきだということがわかった。隣ではなく、遠く前の方を見ている憧れの英雄としてのハリーの顔つき。 『覚えておいて』 『何だよ、それは』 『忘れてもいいけどさ』 『だから何だってば』 『……僕に絶望した時に言えば、何とかなるかもしれない』 何度も、ロンは彼の行方を探してその度に何度も諦めかけて、何度も彼に教えてもらった言葉を唱えたが……それでもどうにもならなかった。 何度もハリーに絶望した。 だが、あの時は今ほど深い絶望だっただろうか……。何度彼を探す事を諦めようとしたのだろう。それでも、今までやってきた。きっと絶望していなかったのだ。死んだのかもしれない、そう思った時はそれでもまだ、生きている可能性に賭ける希望があったのではないだろうか。 今は……。 (……ハリー) ずっと探していたのに。 会えたのに……。 それなのに、彼はロンに対して何の感情も表さない。 「ハリー!」 呼んでも、ハリーは何の反応も示さない。 「ハリー、僕だよ、ロンだよ!」 彼の肩を掴んで揺さぶってみるが、鬱陶しそうにロンを見やるだけで、その中に感情は見出せない。 「何でわかんないんだよ! 僕だよ!」 涙が溢れてくる。 悔しい。 (悔しい!) 悔しいと思うのが、一番近いのだろうか。 親友がこんな風になってしまった。それに何も気付けなかった。親友が何かを抱えてた。知っていたのに。 ずっと、彼の抱えている闇の部分を見て見ぬ振りをしていた。何もできなかった。何かできたかもしれないけれど、でも彼に何もして上げられることができなかったことへの悔恨。 自分への。 「ハリー!」 煩そうに、ハリーはロンが掴んでいる腕を振り払う。 振り払った後は、空気と同じ扱い。 そこにあるのに、ここにいるのに……見えていないのだ。 『覚えておいて』 喧嘩をしたことだってあった。何度もあった。もう二度と口をきかないと、そう思うくらいの喧嘩をした時もあった。 それでも、こんな風にまったくの他人として、見えないものとして扱われたことなんてなかった。親友としての喧嘩だからこそ、その時どれだけ嫌われていても、感情は向けられていた。 「ハリー、僕だよ。何でわかんないんだよ」 『僕に絶望した時に………』 「ハリー………」 ハリーはロンを見ずに、扉ばかりを気にしている。 絶望したとき………今が、そうなのかもしれない。 もう、これで最後なのに。 ハリーに会ってしまったから、もうこれ以上彼を探す事は出来ないから。 ロンは、昔ハリーに教えてもらった呪文を口にした。 0601 → |