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「ハリーに会わせてくれ!」


 その願いをこめて、ロンはぶつけるようにテーブルを叩き付けると、振動でテーブルの上のティーセットが硬質な音を立てた。

 その音に対して、ロンに一瞥したが、またすぐに飽きたかのようにマルフォイは横を向いた。伸びた自分の髪を指に絡めて遊びだす。明らかな無視。

「マルフォイ」

「嫌だと言ったら?」
「マルフォイ!!」
 もう一度ロンが悲痛な怒鳴り声を上げると、マルフォイは鬱陶しそうに溜息をついた。






「土下座してみろ」
「は?」
「そこで膝をついて、僕に向かって床に額をこすりつけてみろ」

「マルフォイ?」

 マルフォイは、ロンを楽しそうに眺めた。今にも笑い出しそうだ。目がうっとりと細められる。
 彫刻のように、整っていて、そして冷たい微笑み。背筋が凍りつきそうだと思った。彼は、昔から冷たい雰囲気を身に纏っていた。それを無意識に相手に感染させている。雰囲気に呑まれてしまうような。



「僕の気が変わるかもしれない」

 マルフォイは期待をこめた視線をロンに投げかけた。安っぽい挑発だった。
 彼の気まぐれという嫌がらせだということはわかるが……。


「………………」
「嫌なら何も教えない」


 もう、ここが最後なのだ。この屋敷を探し出すだけでもかなりの期間を必要としたのだから。ここにマルフォイの屋敷があることを知って、それでもこの屋敷を見つけ出すための魔法を探すのにも途方もない苦労を要している。ここにいると確信をしているが、もしここにいないのであっても、わずかな手がかりでも手に入れなければ、終わってしまう。
 親友に会うことを、諦めなければならない。
 ずっと探したのだ。
 ただ、会いたい。

 ロンは、歯軋りをして立ち上がる。

 ここに、情報がある。

 ずっと、探してきたものがあるのだ。少しぐらいの屈辱は耐えられる。

 ソファーから立ち上がる。




「…………ウィーズリー、まさか本気か?」
「君がやれって言ったんだろう?」


 マルフォイは、呆れた顔をして吐き捨てるかのような溜息を漏らした。顔がしかめられる。

「……お前が無様なのは以前から承知しているが、それ以上情けない真似をするな。僕の方が恥ずかしくなる」


 ロンはようやく彼がただ、からかっているだけだということを理解した。マルフォイは徒にこうやって人を貶めて遊んでいた。ロンにはそれが許せなかったし、今でも許す気もない。彼を許している相手は、ただ彼の血統を理解して取り入ろうとしている犬のような誇りのない人間だと思っていたし、今でもそう思っている。

 だが、マルフォイはロンの行動を制止しただけで、口を開く様子もなく、つまらなそうに自らの髪を弄っているだけだった。

「ハリーは……」


 そう、ロンが言いかけた時、ひどい物音が聞こえた。

 およそこの屋敷には似つかわしくない、物が壊れる時に奏でられるような粗野な音。

 音のした方に目を向けて、だがこの部屋からではないので何もわからない。
 何があったのか、その答えを求めるためにマルフォイに視線を投げると、ゆったりと座っていた彼は腰を浮かしかけていた。
 音に気をとられて、一瞬でもロンの存在を忘れていた。彼が慌てていたということがわかった。
 だが、マルフォイはロンの視線に気がつくと、再びソファに身を委ねた。

 何があったのだろうか、訊こうとしてもマルフォイは話したくもないように横を向いてしまっている。たぶん訊いても答えは返ってこないだろうし、彼が動かないということは大丈夫なのだろう。マルフォイの様子からすると彼は何が起きているのかわかっているようであったが。






「……ここにいる」




 ふと、マルフォイが口を開いた。

「え?」
「ハリーはここにいる」

 マルフォイは忌々しげに繰り返した。

 ロンはマルフォイの言葉に身を乗り出した。彼が嘘をついていない限り、ようやくロンは親友に会うことができるのだ。

「会わせてくれ」
「ハリーは君に会いたくない」
「嘘をつくな!」
「…………」

 マルフォイは、舌打ちをして横を向いた。

 ロンはマルフォイの言葉に少し違和感を覚える。
 今ロンの親友であり、かつてマルフォイとも戦ったはずの相手の名前を、ハリーと呼んだ。ホグワーツにいる時には、決してファーストネームなどでは呼ばなかったはずだったから。

 親友と、目の前にいるこの白い青年とどのような繋がりがあるのか、ロンにはわからなかった。




「会ってどうするつもりだ?」

 静かな問いかけ。

 会ってどうするつもりなのだろうか、それはロン自身にもわからない。ただ、彼に会いたい、それだけを思って何年も彼を探してきた。

「ハリーに会いたいんだ……」

 のどの奥から搾り出すように声を出した。ハリーに会わせてくれるのなら、マルフォイに膝をついても構わない。そのくらいは思っている。

「会わせてくれ……」

 ロンは、頭がテーブルにつくぎりぎりの所まで、マルフォイに対して頭を下げた。屈辱だとは思わなかった。ハリーに会うことができるならば、マルフォイに対して頭を下げることも懇願することも屈辱だとは思わなかった。






「そのうち、来るよ」


 マルフォイは、ロンの方を見ようともせずに、つまらなそうにそう言った。




「……何で、ハリーがここにいるんだ?」

「………お前は何も知らないんだな、本当に」


 マルフォイが、馬鹿にしたような呟きをもらした瞬間、近くの部屋の扉が乱暴に開く音が聞こえた。




 一つだけではない。
 扉という扉を全て開く音が近づいてきている。

 ロンは気になって、扉をじっと見つめていたが、マルフォイはロンのそんな様子をつまらなそうに眺めていた。







「僕達は……」

 ふと、マルフォイが口を開いた。

「……僕とハリーは愛し合っているんだ」



























0612