9 「ドラコ、告白されたんだって?」 「……ああ」 「断らなかったって?」 「…………ああ」 僕がポッターとよく話す時に使う、中庭のベンチでぼんやりしていたら、ポッターが隣りに座った。 断らなかったことに対して、とても後悔している。今どんな噂になっているのかなんて知りたくもないから、少しふさぎこんでいる。周りになんていわれるよりもその何かをポッターに聞かれることが嫌だった。 「なんで?」 「……可哀相かなって思ったから」 そう、思っただけ。 彼女のためなんかじゃない。僕が言えなかっただけだ。ポッターにもし、この言葉を言われたら、そう思うと、喉まででかかった言葉を全部飲み込んでしまった。 「………可哀想、ね」 今、座り方が荒っぽかった。 いつもは僕の隣に座ったり、僕が隣に座ったりすると笑顔を向けてくれるのに。 笑顔がないばかりか眉間に皺を寄せて、腕組みなんてしたりして、滅多に足を組まないのに……どうしたんだろう。 今日のポッターは機嫌が悪い。別に上機嫌になるような話題でもないんだけれど。きっと僕がポッターなら、冷やかしてちょっとからかってみるんだろう。心は痛いんだろうけど。 「その子と付き合うつもり?」 「別にそう言うわけじゃないが……」 口ごもりながらそういうと、ポッターは大きな溜息を吐いた。呆れてるんだろうか。僕だって馬鹿なことしたなあと思うには思う。 彼女が僕のことを好きで、嬉しいとか、彼女が可愛かった、とか、そういう感想は特に持たなかったし、今後彼女と話したいとか一緒にいたいとか、特に思わなかった。 「レイブンクローの二年だよね、彼女」 「へえ。そうなんだ?」 そういえば、返事をするとか言っておきながら、僕は彼女のことを何も知らないことに気がついた。僕はどうやって返事をするつもりだったんだろう。まあ、そのままにしてしまってもいいかなんて少し思ったりしたこともあったけど。……それはそれで可哀想なんだろうけど。 「よく知ってるな」 「調べたから」 「………」 噂にでもなっているのだろうか。その場で断らなかったのは久しぶりだから。ポッターがその手のことに関して知っているということは、かなり噂になっているのだろう……嫌だなあ。 「どうするの? 断るんでしょ?」 「そのつもりだが………」 「………そっか」 ポッターがもう一度溜息をついた。 相手のことが好きなわけじゃないけど。 できれば、誰も悲しい思いなんてして欲しくない。そんな偽善的なことを考えたわけじゃなくて、僕が言われたら傷ついてしまいそうな言葉を僕が言うことができないだけで……。 「どうやって断ればいいと思う?」 できれば傷つかないでもらいたい。ポッターだって好きな人がいるならわかるはずだ。どうやって断るのが一番僕のダメージがないのか。どうやっても傷つくのなら、僕は他人に任せてしまいたい、そういう気分だったから。 だから。聞いてみたかったんだ。ポッターならどうするかと思って。 「知らないよ。僕じゃないんだし」 「………」 ポッターの声は冷たいを通り越していた。 ………何か、ひどく怒っていないか? 僕は知らないうちに彼を怒らせるようなことを何かしただろうか。 不安になってしまうが、最近は本当に仲がいいから、思い当たらない。昨日授業の合間に廊下で会った時だって、そんなに長い話はしなかったけれど、違う時間だけれど同じ教授の授業を取っているから、小テストがあったことを伝えただけだし……。 今日だって朝食の時に会った時も、普通にお早うと挨拶を交わしただけだし……。 僕が、何かしたか? 怒りの矛先、もしかしたら僕だったりしないか? 僕が、困惑していると、ポッターが大仰に溜息をついた。 「好きじゃないとか、要らないとか、邪魔だって言えばいいんじゃない?」 今まで、僕が言っていた言葉だ。 本当に、それがいいのだろうか。 「……可哀相じゃないか?」 少し、ポッターが怖かったので、僕は恐る恐るポッターの顔を覗き込んでみたが、ポッターは顔も見られたくないようで、横を向いてしまった。 「期待させておく方が可哀相だよ」 「……そういうものかな」 さすがに付きまとわれなければ邪魔なわけではないが。 「もし相手がしつこくて断りきれなかったとかなら、僕が断っておいてあげようか?」 「そういうわけじゃないし、さすがに、それは……」 「なら、ちゃんと断りなね」 ポッターは、もうその話はしたくないと言うように口を閉じてしまった。 それにしても、ポッターの機嫌が悪い。 すごくイライラしていて。本当に僕が気がつかないうちに何かしただろうか。 ポッターは腕を組んだまま、不機嫌な目付きで空を睨んでいた。 まだ暖かいはずの風がひどく冷たく感じる。 このベンチの上の温度だけ、やけに低い。 ポッターの機嫌が悪いせいだ。 今まで、仲良くなる前まではポッターがこんな態度とっていても全然気にならなかったのに。気にならなかったというか、もし僕がポッターを怒らせたのだったら嬉しい。ポッターに嫌がられたら、楽しいぐらいに感じていたのに。 こんなに怖かったんだ。 怖くて。 嫌われるのかもしれない? そう思うから? わからないけど、誰に何を言われるよりも、心が痛い。笑ってくれないと……。 ポッターは相変わらず横を向いたっきり。僕の方を見てくれようとしないし、今会ってから僕は一回もポッターが笑った顔を見ていない。いつもだったら、僕の顔を見れば笑ってくれるのに。 「その、ポッター……僕が何かしたか?」 恐る恐る、僕は全力で不機嫌を表現しているポッターに聞いてみた。 少し、耐えられなかった。 何か僕がポッターに何か気に障ることをしたのだったら、僕は謝りたかったから。もし僕がそれにも気付かないようであれば、それはそれで腹が立つのだろうけど、言ってくれなくてはわからないことだってある。 もし僕が何かをしたのであれば、素直に謝ろうと思う。 から、少し怖かったけど、意を決して訊いてみた。 しばらく、ポッターは横を向いたっきり。 しばらく僕の方を見てくれなかった。 突然大きな溜め息を一つ吐き出して、頭をグシャグシャにかき回した。 「………ごめん!」 「……どうしたんだ、本当に」 ポッターは僕の方に向き直って、僕を正面から見据えて、僕の両手を握った。 不意打ちだったので、僕は固まってしまった。 「ごめん、八つ当たりしてた」 握られた手に力が加わったのがわかった。相変わらずポッターの手は外気に触れているというのに温かいから不思議だ。僕は手は暖かい方ではないから、温度差にどきりとする。 「は? 何か嫌な事あったのか?」 それにしても、八つ当たり………?? 僕が原因じゃないのか? すごく機嫌が悪そうだったから。 僕が原因ではなくて、僕に対しても機嫌が悪いというのであれば、僕が嫌われる心配はない。八つ当たりされるのはあまり気分が良くないが、でもその理由が僕じゃなかったことに安心した。本当に、僕が何かをしたのかと思った。 安心すると同時に、なんとなく心配になって。 こんなにひどくポッターを怒らせるなんて、いつも笑顔を絶やさないし、すごく温厚なのに。 昔はそんなこともなかったけど、僕も変わったようにポッターも変わったみたいで、滅多なことではポッターは怒らないから。 何が、あったんだろう。知りたくなった。 「……僕の好きな人が、告白されてさ」 「………………………へえ」 なんだ、 ポッターの好きな人の話題か。 今度は僕の機嫌が悪くなってくる。 別に、聞きたくないんだが。 「僕は、告白もしてないから焦ったりしてて、仲良くなっても僕のこと好きなのか全然わからないし。こんなに頑張ってるのに気付いてくれないし、それなのにそんな知らない人に持ってかれたりしたら、さ……」 ぶつぶつと言い訳をポッターは、口ごもりながら呟いた。 なんだ、そんな理由か。 そんな理由で僕が怖い目に合っていたというのか! なんだよ、それは。 僕は全然関係ないじゃないか。 なんで僕がポッターの好きな人なんかのために、ポッターの不機嫌をぶつけられなければならなかったんだ。 なんだか、安心を通り越したら、ひどく腹が立ってきた。 「モテるんだな、彼女。よっぽど可愛い子なんだろう」 僕の声はひどく刺々しかった、と思う。 「すごく人気あるよ。可愛いっていうか、美人って感じかなあ。肌とかも真っ白だし……」 「大変だな」 僕は、ポッターが彼女のことを惚気始めそうになったから、冷たい口調をぶつけて、ポッターの言葉を遮ってしまった。 もう、この会話はお終いだ。 こんなことのせいで、僕は………。 悪いが、ポッター。僕はポッターの好きな人は嫌いだ。 もう、彼女の話はして貰いたくない。 そういうつもりで、言ったのに。 「うん」 ポッターは、じっと僕の目をのぞき込んだ。 さっきから、僕の手は握られたまま。 温かい……熱い? 「すごく、心配なんだ」 じっと僕を見つめてくる視線に耐え切れなくなって、僕は俯いてしまった。 握られた手が熱い。ぎゅって、力がこめられて。 ポッター、すまない。 僕は君を慰めてあげられるほどできた人間じゃないんだ。 ポッターが今、僕にどんな言葉を求めているのかわかる。 君の気持ちは僕の気持ちと同じだから。誰かを想う気持ちがあるってことは、同じだから。対象が違うだけで。 言われたい言葉だってわかっている。大丈夫、ポッターなら。かっこいいんだし。優しいし。 言ってあげれば、ポッターが笑顔を作って、それを僕に向けてくれる事もわかっている。 でもその笑顔は僕のためのものじゃないから。 だから。 → |