6 次の日は、グリフィンドールとの合同授業が一つもなかった。僕は今日ポッターとまだ会っていない。授業が重ならなくても広いホグワーツ内で、授業が行われる場所はそれほど点在しない。勿論占い学とかちょっと一癖どころか難癖がありそうな教授の授業はだいぶ遠い場所まで行かなくてはならないのだが、それでもだいたい授業が行われる場所はだいたい決まっている。まあ癖のある教授などホグワーツには腐るほどいるし、魔法使いという人種自体あまりまともな人間が少ないような気もする。それ程移動しなくてもすむようにという教授の配慮だろうか。 だから普段であれば、今日みたいに授業が重ならなくても一度ぐらいは廊下ですれ違ったり、遠くに影を見たりとかするものだけれど、それでも今日は本当に会わなかった。ポッターがいないかどうか、けっこう気を張って休み時間や移動している間周囲を探って見ていたのだけれど、それでもいなかった。 だから、授業が終わるとすぐに中庭に向かった。もしかしたらいるかもしれないと思って。すごく自分に都合のいい期待をしているのはわかっている。 昨日は夕食は食べる気なんかなれなかった。ゴイルにもクラッブにも具合が悪いと嘘をついて、ずっと布団にこもっていた。あいつらが食事中にさっさとシャワーを済ませて、その後はやっぱりずっとベッドの中にいた。読みかけの本の続きも気にならなかった。 朝食も食べる気にならなかったから、昨日約束を破ってしまってから一度も会っていない。 食べる気にならないと言うよりも、約束してたのに、僕が行かなかったから怒っているかと思って、顔を会わせ辛かった。 僕は朝はあまりお腹が減らない。朝はいつも頭があまり働かずにぼけっとしてしまっていることが多いから、朝は頭が回るまで動けなくて仕方がなしに早起きだ。そのままだいたい紅茶を部屋で飲んで、部屋に常備してある夜食用のクラッカーを二、三枚で朝食を済ますことが多いから、僕にとってはよくある事だけど。 でも今日は朝ごはんを食べられなかったことよりも、ポッターが怒っているかどうかの方が不安で。 昨日ポッター達を見た時は、もう部屋に帰って誰の顔も見たくもなくて、誰とも喋りたくなくてベッドに閉じこもってしまったのだけれど、結局空が白くなってくるまでずっと眠れなくてずっと考えていたら、ポッターが誰を好きかよりも、彼との約束を破ってしまったことのほうが気になりだした。 もし、昨日行かなかったことでポッターが怒っていたら。 ポッターはああ見えて律儀なところがあるから、約束を破ることはしないだろう。きっと、もしあのまま彼女と仲良く話したとしても、絶対に僕の事を待っていたんじゃないだろうか。まあ、多少時間にルーズなところはあるが。だから、もしかしたらやっぱり僕をずっと待っていたんじゃないだろうかと思って。 最近は少し寒くなってきたし。 もし僕が約束を守らなかったことで、ポッターに嫌われてしまったら。 そう、思って。 怖くなって。 中庭に付くと、今日は陽射しも温かいし風も少なかったので、他にもたくさん生徒はいたけど、すぐに彼の姿を見つけた。後ろから近付いたけど、ポッターのぼさぼさの髪型はわかりやすい。 ポッターはいつも僕と会う時のベンチにいた。 彼は、僕を待っていてくれたのだろうか…………。 それとも、もしかしたら彼女との待ち合わせなのだろうか。 彼女が来たとしても、まあいいや。 どちらにしても、一言謝りたいから。鉢合わせしたって、僕がポッターに対して謝りたいと思う気持ちには変わりない。 昨日は、ごめんって。 怒ってないよね……。 怒ってたら、謝らないと。怒ってなくても、謝らないと。 「ポッター……」 後ろから声をかけると、驚いたようで、突然振り返ったから、僕も驚いた。 「マルフォイ……」 「あの、昨日……」 「どうしたの? 待ってたんだよ」 少し、口調が尖っている。やっぱり怒らせてしまったのだろうか。それもそうだ。もしかしたらずっと待たせてしまっていたのかもしれないんだ。誰かに言伝を頼むことだってできたのに。 怒ってる? 嫌われるかと思うと、怖くなってしまう。 もし、これで嫌われるのかと思うと、怖い。 今まで見たいに顔をあわせれば喧嘩するような仲に戻るのも嫌だけど、嫌われたりして、もう二度と話が出来なくなったりしたらもっと嫌だ。 だけどちゃんとした理由なんて絶対に言えないから。 ポッターと一緒に歩いている女の子を見て、それが楽しそうで嫉妬してしまいましただなんて。 僕はポッターが言っていた意味が、理解できてしまった。どんな気持ちでいつもいるのか、わかってしまった。 でもポッターは僕といる時いつもすごく楽しそうで、いつも笑っていた。すごく楽しそうに話すから、だからこんな想いをしたりしているなんて、僕には想像できない。 ポッターの咎めるような声が、怖い。 「すまない、ちょっと具合が悪くなってしまって……」 すごくわかりやすい嘘を吐いてしまった。体調なんて何も崩れていない。今も元気だ。 こんなことで許してもらえるのだろうかと、不安になるくらいベタな嘘だけど。 後ろから声をかけたから、ポッターは僕の方を向いて、ベンチに膝立ちになってベンチの背に手をかけて身を乗り出して、すっと、僕に手を伸ばした。 叩かれるような気がして身を竦めてしまったら。 「大丈夫?」 そう言って、僕の額に手を乗せた。 温かい手。 前に触れられた時は、それほど気にならなかったのに。今はポッターの手が暖かいということがわかる。 ポッターが、僕の額に手を乗せた。ドキドキする。 「ポッター……」 もしかして、心配してくれていた? 「熱はないみたいだね」 「……昨日、ずっと寝てたから」 「昨日の夜も今朝も食事に来なかったもんね」 僕のことを僕がいない時でも気にかけてくれていたのが嬉しくて。僕が昨日大広間に夕食を食べに来ていないということがポッターは気付いていてくれたということが、なんとなく……僕がいないところでもポッターは僕のことを考えていてくれたのかと思うと、嬉しくて。 不謹慎にも、僕を心配してくれたことが嬉しくて。 不覚にも涙が滲んだ。 すぐに、ポッターの手は僕の額から外れたけれど、そこがいつまでも熱い。 心配してくれていたのに、僕は……。 罪悪感から、心が痛んだ。 僕は、ポッターが好きだ。 信じられない事だが、僕はポッターに恋愛感情を抱いているんだ。 友達なら、触られたってなんとも思わないはずだ。 ゴイルとかクラッブに時々腹が立ったり暇だったりするとヘッドロックをかけたりして遊んでいるけど、別に何も感じたことはない。せいぜい痛がっているのが楽しいと感じるぐらいだ。 今、ポッターに触られた額が熱い。 わかった。 確信、した。 昨日までは半信半疑で。 だって、普通は恋愛感情は女の子にあらわすものだろう? だってポッターは男だし。しかも天敵だった奴だ。 「本当に、大丈夫? 顔が少し赤いけど」 「大丈夫だ!」 顔が赤くなっていたなんて、恥ずかしい。思わず思い切り否定してしまっていたけど、変に思われなかっただろうか。 せっかくポッターと話ができる機会なのに、こんなことで帰りたくない。 具合が悪いなんて言って、早く帰れなんて追い返されたくないし。 「ならいいけど。ドラコは病欠多いから心配だよ」 「………え」 今……。 僕の名前を? 僕は、ついまじまじとポッターの顔を凝視してしまった。 「あ、嫌だった? ファーストネームで呼ぶの」 はにかんだようなポッターの顔がそこにはあった。 今、僕の名前を? ファーストネームで呼んだ? 僕は、それが恥ずかしくて、つい下を向いてしまった。 絶対、顔が赤くなっている。今、僕の顔は熱くなっているから。 ポッターが僕のファーストネームを呼んだ、ドラコって……。 → |