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 グリフィンドールとの合同授業中にこっそりとメモが回って来た。
 退屈な話をぼんやりと上の空で聞いていたら、斜めの方向からぽんと小さく折りたたまれた紙が僕の教科書の上に転がった。
 何だろう、と思って広げてみる。


『今日、いつもの所で。 ハリー』


 僕は授業中だというのに、思わず後ろを向いてしまった。ポッターは今日は僕の斜め後ろに座っていたはずだ。
 こんなことをしなくても別にポッターとの仲を隠しているわけでもないし、仲が良くなったのは周知の事なのだから、回りくどいことをしなくてもいいのに。授業が終わった後に直接言えばいいのに。そう言えば僕がよっぽどの用がない限りちゃんと行くのに。
 何を考えているのだろう。

 斜め後ろにポッターが座っていたのは知っていたから、僕はつい振り返ってしまった。



 そうすると、ポッターが僕を見ていたのか、僕がポッターの方を向くと待ってましたとばかりににっこりと微笑んでいて……。




 僕は慌てて視線を逸らしてしまった。

 何だろう、急に顔が熱くなってきた。
 放課後が来るまでドキドキした。


























「ねえ、もし僕が女の子と付き合ったらどうする?」

 僕が中庭のいつものベンチに僕が行くとポッターはすでに来ていて、軽く挨拶を交わした後、ポッターの横に座ると同時に、ポッターがいきなり切り出した。

「どうって?」
 何が、言いたいのか? よくわからない。

「女の子と、僕が仲良くなって付き合っちゃったら、どうする?」

 言っている意味が良く分からない。ポッターは僕の顔を見れば、いつも晴れ晴れとした顔つきで迎えてくれていたのに、今日はなんだか無表情だった。何か落ち込むことでもあったのだろうか。慰めてあげたいけど。

「どうするも、そのために僕が相談に乗っているんだろう?」
「まあ、そういう事になってると思うんだけど……」

 ポッターは語尾を濁した。いつも、言いたいことははっきりと言っている気がしたから、何だろう。よっぽど、何かあったのだろうか。

「もし、僕が誰かと付き合ったら、マルフォイはどうするの?」
「僕が付き合うわけではないし?」
「それはそうなんだけどさ……」

 僕は、嫌味やら悪口やら、説明とかに関しての口の滑りは良い方だけれど、もともと相手を気遣った態度や思いやりの言葉とか慰めとかに関しては、本当に何を言っていいのかよくわからない。僕の言葉でポッターが笑ってくれればいいのだけれど、どうにも気遣ってやる為の言葉が思いつかない。
 それにポッターが何が言いたいのか、よくわからない。




 でも……実際どうなのだろう。
 ポッターが、もし彼女と思いが叶って付き合ったら、僕はどう思うんだろう。

 僕は、今はポッターの事が嫌いじゃない。
 むしろかなり好きだ。今までのあんな事やこんな事があるから本人には言えないし、言いたくないし、それが僕の一方通行な友情だとしたらそれなりに悔しいから、やっぱり言えない。

 でも、彼が楽しい事があれば、僕も嬉しくなるし、嫌な事があれば一緒に機嫌を悪くする。
 そんな些細なことだけど、ポッターと一緒に同じ感情が共有できることはとても嬉しい。

 もし、ポッターの想いが叶って好きな人と両想いになれば、僕は喜べる。ポッターが嬉しいなら、僕だって喜べる。
 そのくらいは彼のことを好きだと思っていたけど……。
 きっと僕と話している時間は減るだろう。本当にポッターが好きな人の事を想っている事を知っているから。
 今僕たちが話しているこの何でもない時間は、きっと彼女のために割かれてしまうだろう。そのために僕が今ここでポッターの相談に乗ってあげているのだから。
 そう、僕はポッターに貸しを作って、彼の想いが叶うまでのただの相談役だ。本当にそれだけだ。
 さすがに今更ポッターに彼女ができたからと言って、また元の犬猿の仲、顔を見れば嫌味を言い合うような仲に戻る事はないだろうが……。
 でも……僕達はせめて友達で良いのだろうか。
 誰かと付き合ったポッターが、今みたいに僕と会う時間を割いてくれるだろうか。僕は、今が本当に楽しくて。
 こうやってポッターと教授やクィディッチのことや寮の先輩のことについて雑談をしたり、授業のわからなかったところとかを教えてあげたり、そんな事が楽しくて、今まで僕は何に時間を費やしていたのだろうか。ポッターがいなくなったら、僕はこの時間をどんな趣味を持ってきて埋め合わせをすればいいのだろうか。

 きっと……寂しい。


 嫌だと、僕は答えてしまいそうだったけれど。

「ポッターの想いが叶ったら、祝福してやる」
「………」

 それが、僕が言ってあげられる、精一杯の祝福の言葉だと思った。
 ポッターは元気がないけど、僕はお前の事を応援しているぞ。そういう、励ましの意味を持っていたんだけど。
 ありがとう、って言ってもらいたかったんだけど。

 ポッターは、嬉しそうな、それでいて苦そうな顔をした。

「ポッター?」
「ごめん、……今日は帰るね」

 いきなり、ポッターは俯いたまま立ち上がった。
「今来たばかりじゃないか」
 僕は、さっき授業中に回してくれた手紙のこととか、クィディッチで最近知った新しい情報とか、そんな些細なことだけど、ポッターと話したいことが一杯あったのに。

「ごめんね。急用を思い出したんだ」


 静かな、声。
 やっぱり僕が励ましただけじゃ、駄目なのかな。励ますにしたって、どんな言葉をかけてあげればいいのかとか全然わからないし。でも元気出せよ。

「……ああ」


 引き止める理由もない。

 僕がポッターと話ができると思って楽しみにしていたことなんて、ポッターにはどうでもいいのだろう。
 そう、思うとなんだか切なくなる。
 悔しい気持ちと……。

 何だろう、この胸が締め付けられるような気分は。

 立ち上がったポッターが振り返って僕を見た。


「マルフォイは好きな人いないんだよね」
「残念ながらな」

 いない。
 相変わらず女の子は怖いと思う。
 今一番好きだと思うのは目の前にいるけど、さすがに言いにくい。女の子じゃないし、今までのこともあるし。


 でも何で、今この話題なんだろう。
 もしかして、ポッターが今元気がないのは好きな彼女のことで悩んでいるからなのか? 話したいことがあれば話してくれればいいのに。いいアドバイスなんて上げられないと思うけど、それでも話すことでもしかしたら少しは気持が軽くなるかもしれないぞ。
 ……そう、言ってあげればよかったって後で思った。

 でも……なんだか、引っかかる。
 僕は好きな人がいないから、ポッターの気持わからないから……だからだろうか。
 僕なんかに話しても、結局何も変わらないって、そう思われてしまったのだろうか。




「ごめん、今日はもう帰るね」
「……ああ」


 僕の声が、暗くなってしまった。
 まだ、もう少し、話したかったのに。

「マルフォイ、また明日も来てくれる?」
「ああ、勿論だ!」

 僕の声が、明るくなってしまった。
 明日もポッターと話すことができる。
 今の僕の声は、変ではなかっただろうか。つい、嬉しくなって……。





 僕は、なんとなく丸くなった彼の背中を見送った。



 明日も、ポッターと会って話が出来る。
 顔が熱くなってくる。








0611