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 最近、噂が本当になってしまった。

 ポッターと僕は実は仲が良い。

 誰が信じるんだそんな馬鹿な話、と笑っていた奴等が目を丸くする。
 まあ、この僕だってあのポッターと隣りに並んで笑いながら話をする日が来るだなんて、夢にも思わなかったし、今だって夢を見ているような気分だ。ありえない……とは思うものの、事実だ。



 ポッターは僕に恋愛について相談を持ち掛けて、僕は何だか分からないから、適当に聞いている。聞いていたり、あまりにも馬鹿な事を言えば突っ込んだり、わかる事は教えたり……。

 近ごろ喧嘩も減ったし、目が合うとポッターが笑うから、何となくではあるがつられてしまう。



 何なんだ、この展開は……!!


 今でもぼさぼさの髪とか、ゆるく着たローブとかキチンとしていない襟元だとかは、だらしなくてなかなか許しがたいのだが。
 だが、英雄とか呼ばれて調子に乗っていると思っていたのに、そう思って本当にポッターを好きになれなかったのだが……実際、ポッター本人はそんな他人からの視線に驚くほど鈍感で、自分のことに対して手一杯でそれが傍若無人に見えていただけだという認識に改めざるを得なかった。


 そして最近は、ポッターが惚れている相手の事よりも、授業のこととか、自分達の話をする時間の方が長くなってきた気がする。

 つい、自分の話もして……。
 時々冷静な自分が、これで良いのかと自分を見下ろすこともしばしば。
 話してみると、そんなに思っていたほど悪い奴じゃなかったというのが印象。

 よく笑うし、ちゃんと僕の話を聞いてくれるし。ゴイルやクラッブに同じ話をしても、聞いているのかいないんだかそんな不安定な感じはしなかった。





「だから、ここにこの公式を当て嵌めるんだ」
「ああ、そっか」

 今日なんかは、授業でわからなかったことなんかを教えてあげている。
 勉強を教えるにしても、ゴイルやクラッブは同じ事を何度も繰り返しわかるまで懇切丁寧に教えないと理解してくれないが、ポッターは一度聞いたら覚える。ちょっと自分の教え方に自信がもてるような感じだ。もしかすると頭が悪いのではなく、授業をちゃんと聞いていないだけなのではないだろうか。ちゃんと、授業を受ければいいのに。そうすればすぐにでも成績は上がるだろうに。

 それに、これは貸しの範囲外なんだが。

 始めのうちは、僕達が中庭のベンチに並んで座っているだけで、青天の霹靂と驚いた顔をされていたが、今ではみんな気を使っているのか、僕達が中庭でベンチに座って、雑談しつつ笑ったりしていても、何もない。
  見られるのは好きじゃないから、その方が嬉しいのだが。
 そんな奴らの好奇の視線はポッターも苦手なのか、時々僕たちを見て声をかけてこようとする人を一睨みで追い返していることがある。睨みつけるほどでもないが、僕もそんなつまらない事を他人にいちいち説明もしたくはないから、僕はそのままにさせておく。ただポッターが睨むと本当に怖い事を僕は知っているから、面倒がって放って置かないでやはり睨んだりしたら可哀想だと一度言った方がいいのかもしれない。

 それにしても、あんなに嫌いだと思っていたポッターと、まさかこんなに話していて楽しいと感じるとは、予想外だ。

 僕が、苦手な教授の事とかに付いて話すと、ポッターは笑った。僕が授業態度はいつも真面目だから、ギャップがあるのだろうか。
 ポッターは僕の話を本当によく聞く。
 ポッターのことを嫌っていた自分が不思議な感じもしないこともない。


「お前はいつも楽しそうだな」
「そう見える?」
「……」

 僕はにこにこと笑うポッターの顔をじっと見てしまった。

「少なくとも僕にはそう見えるが」
「そうかなあ。けっこう好きな子の前でカッコつけたくて必死なんだけどなあ……」
 少し、情けない声。
「へえ。そういうもんなのか?」

 必死でカッコつけているポッターの姿を想像してしまってつい笑ってしまうと、切なそうな視線を送られた。どうやって格好つけているのかはわからないが、大して変わらないんじゃないだろうか。

「本当に好きなんだな、その子のこと」

 嫌いだった僕なんかに声をかけて来るぐらいだから、よっぽど切羽詰まっていたのだろう。僕は今まで他人の事を好きになったことがないから、どのくらい切実な問題なのか知らないけど、ポッター話に寄れば、人生にかかわる大問題ぐらいに大袈裟なことらしい。
 そんなに大切なことを、いくら借りを作ったとは言え、なんで僕なんかに声をかけたのかわからないけど。

 僕はポッターの事が大嫌いで顔も見たくなくて、見たらつい喧嘩してしまうほど嫌いだったけど。ポッターだって、それは同じだったと思うから。だから、どうして天敵だった僕に声をかけてきたのかわからない。本当に切実だったのだろうか。

 今ではそんなにポッターの事を嫌いだとは僕は思っていないが、もしかしたらポッターの方はまだ僕の事をただの相談相手としての認識で、まだ僕を友人とは認めていないかもしれないが……今までが今までだったから。
 そう思うと少しだけ切ない気分になる。
 

「まあ、ね」

 笑いながら、ポッターは肯定した。
 ポッターはすごく幸せそうだった。


 僕だって自分を不幸だと感じた事など一度もないが、何だろう、なんとなく面白くない。
 
「その割にいつも頭はぼさぼさのままだな」

 なんとなく癪に障った。
 そんなに誰かを思っているだなんて。……なんとなくだけど、その嬉しさが感染しなかった。ポッターの笑い方はいつも、人を引きずりこむような笑い方で、見ているとこっちの気分も上がるのだが……いつもは。
 僕が今ポッターによって楽しい気分でいるのに、ポッターは僕以外で幸せになっているのがなんとなくだけど、気に入らなかった。

「やっぱり髪の毛はちゃんとした方がいい?」

 女の子は外見や身なりや付加価値を大事にする子の方が多いから、髪の毛ぐらい梳かした方がいいに決まっている。僕だって身なりはキチンとしていた方が好きだ。
 だけど。

「髪型程度で左右されるような子ならやめた方がいいんじゃないか」

 僕の言い方は少し冷たかったかもしれない。
 でも嘘を言ったわけじゃないから。
 僕としてはポッターはいい奴だから、髪型くらいで好きになったり嫌いになったりするような簡単な子とあまり仲良くなって欲しくない。

「でもさ、髪型ぐらいで好きになってくれるなら安くない?」

 ………色惚けってこういう奴の事を言うんだろう。よっぽど彼女は愛されているらしい。

「……僕は女の子じゃないからわからないな」
「そりゃそうだろうけどさ」

 ポッターは僕の冷たい言い方にも変わらず上機嫌だった。

 何度もこうやって、僕とポッターは彼の好きな人の事について話をするが、そういえば誰なんだろう。
 具体的な相手について、僕は教えてもらった事がない気がする。
 今までが今までだったから、僕がポッターに対して興味があるって態度をあまり取りたくないのだけれど……教えてくれても良さそうなものだ。
 今でも彼女の呼び名は、彼女、その子、君の好きな子、そんな所だろうか。初めて彼から話を聞かされてから、毎回毎度気になっていたのだが、あっちから教えてくれるべき事だと思い訊いた事はなかったけれど。
 今更。
 僕とポッターは仲良くなったのだし、僕が彼の好きな女の子が誰だかわかった所で、冷やかして遊ぶ気は更々ない。そのくらいは信用されているとは思うのだが。

 意を決して。

「君の好きな子って、そういえば誰なんだ?」
「秘密」

 だが、ポッターの答えはあっさりとしたものだった。

 秘密か……そうか。
 なんとなく不快感が残る。
 信頼されていないような……まあ、今までの僕達の関係を考えれば大躍進なのだから、信頼まではまだされていなくて当然なのかもしれない。
 不満そうな顔をしてしまったのかもしれない。顔に出てしまっていたようだ。

「今はまだ恥ずかしくて言えないけど、そのうち絶対に教えるから」

 僕の不満そうな顔を見て取ったのか、ポッターは少しだけ苦笑して、ふわりと僕の頭を撫でた。




 別に気にならないよ。そう言おうと思った。
 頭を撫でられたりして、馬鹿にするなと言いたかったけど……。
 なんとなく。


「じゃあ、そのうち絶対だぞ」



 ……僕はだいぶ丸くなったと思う。






「ねえ、マルフォイには好きな人とかいないの?」

 いないけど、女の子は面倒だし、少し怖いし、苦手だから、別に好きな子とか、いないんだけど。

「……いない、な」

 いないんだけど、好きだって、そう思う感情がよく分からないから。どういうのを好きだって言うのだろうか。

 今僕が話をしていて楽しいと感じるのはポッターだし、一緒にいて嬉しいと思うのもポッターだから。

 今は誰も好きじゃないんだ。そう思った。


「そっか」
「だから、僕が好きな人ができたら、その時はお前も相談に乗ってくれよ」
「………考えておくね」

 ポッターは、笑った。




 
0611