ギザギザハート1



















 僕はイライラして溜め息を吐いた。


 何を勘違いしたんだか。


 目の前には小さな女の子が目に涙を溜めて上目遣いに僕を見ている。
 そんな責めるような視線を送られても、悪いけど君の事なんか何にも知らないよ。

 イライラする。

「あの……」
「何?」
 イライラしているから、僕の声は必然的に低くなる。
「あの……私、貴方が好きなんです」

 僕は溜め息を再び吐き出した。

 僕は知らない。
 図書館で届かない本を取ってあげた事とか、悪いけど本気で覚えていない。
 やったと言えばそうしたのだろう。
 別に女の子が困っていたらそれを助けるのは男としては当然のことだから。重そうな荷物持っていれば手伝うし、届かないものがあればとってあげる。
 それに他意なんかない。ただの義務だ。
 僕のことを好きになるのではなく、他の男の冷たさを恨めばいいのに。

 優しく断ろうと冷たく断ろうと、断った時点で僕は悪者だ。いい加減断るのに優しく接するのにも限界だ。
 この目の前の彼女がどんなに可愛い女の子であろうと、どれほど頭が良かろうと、今まで僕の事を好きだと言ってくれた女の子達が今後どれほどの美女になろうとも、だ。
 僕はもういい加減うんざりしている。

 今はやりたい事がたくさんあるし、勉強ももっと良い成績を取らないと父上に褒められないし、しかるべき時期が来たらしかるべき血統のしかるべき家のしかるべき相手を父上が選んで下さるのだろうから、女の子に対してあまり興味を持っていない。
 
「僕は君の事好きじゃない」

 別に嫌いでもないけど、知らないし。
 まあ、僕の機嫌を悪くさせた時点で決して好きではない。
 好意を持たれるのは決して悪い気持ちはしないけれど、度を超えると気持ちが悪い。初めのうちは好きだと言われると嬉しくて、断ってしまうのも勿体なくて曖昧にしてしまったら、付きまとわれてひどい目にあった。あれ以来きっぱりと毅然とした態度で断る事を決意した。
 どうせ、僕が好きなのではなく、僕の外側についているマルフォイやら血統やらの肩書きとか成績とか外見とか、そんなものが好きなのだろうから、彼女の言う好きもどのくらいの割合で真実が含まれているのか怪しいものだ。まあ、それを全部ひっくるめて僕なのだから、まあどの部分に惚れようと構わないが、だが僕の知ったことではない。

「もういいか?」

 ついに、彼女は泣き出してしまった。


 溜め息が押さえても出てしまう。
 泣きやむまで一緒にいないと駄目なのだろうか……。
 それ程過密なスケジュールを組んでいるわけではないが、今日だってやりたい事があったのに……諦めた方がいいだろうか。僕は今日夕食を食べれるのだろうか。

 頭半分低い彼女をぼんやりと眺める。


 誰か助けてくれ。





 もう五分ぐらい経っただろうか……。泣きやむ気配はない。
 かけてあげる言葉も見つからない。優しい言葉をかけて付け上がっても困るし。


 もう誰でも良いから。
 本当、助けてくれ。









 ふと、視界の端に、知っている顔が入って来た。

 僕の天敵。

 僕が最悪に嫌いな奴。

 いつからいたんだろう。
 あいつが僕を見つけたらしく、不機嫌を全開にした表情で僕を睨み付けている。

 僕が何をしたのだろう……、今日は特に話もしなかったはずだ。
 まあ、思い当たる節なんかは腐るほどある。

 僕が女の子に好かれていて思い上がっているように見えたのだろうか。さっきからこの目の前の彼女にひどい態度をとっている自覚はあるから。
 そんな余裕はさらさらないのに。まあ、女の子に人気のないポッターからすれば羨ましいだろうし。


 いつもだったら馬鹿にしたような笑顔を向けて無視をするのに。


 だけど、今はワラにでも縋る思いだ。
 ワラとしてでも頼りないが、無いよりマシ、背に腹は代えられない。 

 僕は、近くにいるポッターを確認すると、大声で呼び掛けた。
 いくらポッターであっても、今この状態よりも、慣れている分少しだけ、ほんの少しだけ幾分マシなはずだ。
 この空間が針のむしろにいるようで……限界だ。

「ポッター!」

 僕は、大きな声で彼に向かって手を振った。


「ポッター、すまない遅れてしまって」

 ポッターが僕に何だかわけのわからない合図を送られて、動揺しているのが見て取れた。
「すぐに行くから待っていてくれ」

 僕は目で訴えた。
 訴えるという可愛いものではなく、どちらかというと睨み付けて、そこにいろという強制を込めた。


「すまないが、友人に呼ばれているんだ。僕は行くからな」
 彼女がギロリと僕をにらんだ。

「嘘ですよね。私と一緒に居たくないから。貴方とハリー・ポッターが仲が悪いことはホグワーツで知らない人なんかいないわよ!」

 まったくもってその通りです。返す言葉も見つからないくらい僕とポッターの仲は最悪だ。
 ここから逃げたいがためのその場しのぎの嘘はやはり通用しないのだろうか。僕にとっては一世一代の演技だったのだが。ポッターに笑いかけるなどと。

「本当は仲が良いんだ。秘密だよ」


 僕はめずらしく微笑んだ。
 僕にはコンプレックスしか感じないようなこの母上譲りの顔も、使えることは知っている。

 彼女が目を丸くして僕を見つめて頷いた。

 今ここから逃げられるなら、どんな演技だってしてやる。今だけならポッターと友達にだってなってやる。
 とにかく今ここにいることが苦痛だ。


 僕は彼女にもう一度秘密だということを約束させて、ポッターの元に向かった。
 どんな噂が流れてもいいが、実はポッターと僕が友達だという噂ほどきっと僕を不機嫌にさせるものはないだろうから。





「何だよ、マルフォイ?」
「いいから、もうちょっと先まで僕に着いて来い」
「何なんだよ。僕こっちに行きたいわけじゃないのに」

 ぶつぶつ言いながらも僕について来てくれた。
 ポッターの横を通りながら、ポッターの肘を掴んで歩き出す。振りほどこうと思えば出来ただろうに、それでも本当に不承不承の顔をして僕に引っ張られながら進んだ。

 僕は表情を堅く笑いながら、ポッターの質問をことごとく無視した。
 何か言っていた気がするが……聞きたくない。


 しばらく真っ直ぐに早足で歩いて、角を曲がった所で立ち止まる。


「もういいぞ」
「何なんだよ」
「何でもない」
「……さっき泣いてた女の子いたじゃん」
「………」

 見られていたのは知っている。僕と彼女の関連性についても、まあ見たままその通りで勘繰る必要もないぐらいだ。
 内心で僕は舌打ちした。

「もしかして彼女から逃げたいから僕を使ったの?」
「………」


 やはりこいつに頼ったのが間違いだったのだろうか……間違いだったのだろう。
 あの時の僕はやはり冷静なつもりで、だいぶパニックを起こしていたのだろう。

「あの子に告白されたりしたの?」

 舌打ちして、僕は横を向いた。
 その通りだけど、肯定してやる義理もない。

 ポッターにばれたのはまずかったかもしれない。

 どんな話をされるのだろう。毎回毎回、女の子が僕に振られる度にあることないこと僕の歪んだ情報が広まる。
 別にすぐに収まるから気にしたことはないが。

「もったいないなあ、可愛い子だったのに」

 女の子が可愛いとか可愛くないとかで判断したことなんかはない。
 うるさいかうるさくないか、邪魔か邪魔じゃないかだ。

「別に、好きじゃなかったし。女の子に興味ない」
「え……それって、もしかして」
「変な想像するな、だからと言って男なんかと付き合うのは問題外だ」

 まったく、何なんだ。
 この前も女の子にそう言って断ったら、次の日には僕は男が好きと言うことになっていた。さすがに怒る気も失せて放置したのだが、何を勘違いしたのか、上級生の男が僕の事を好きだと言ってきた時には目の前が真っ暗になった。

「なんだ。そうなんだ」

 少しつまらなそうなポッターの声。
 面白い秘密を握ったとでも思ったのだろうか、お生憎様だ。僕は清廉潔白だ。

 これ以上こいつと一緒に居たくないから、どうせ、ポッターだって同じだろうから、僕は何も言わずに立ち去ろうとした。

「貸し一つだよ」
「………何だそれは」
「君に使われたんだからね。とりあえず貸し一個」
「………」





 僕が未だ見たことがないような晴れ晴れとした顔つきで、ポッターは僕ににこりと笑った。






 僕は……よりも寄ってポッターに借りを作ってしまった。ようだ。





     
0611