14


















「どうしたら僕の気持ちに気付いてくれると思う?」

 中庭で、いつものハリーの好きな人の話題。

「そうだなあ……贈り物をしたりとか?」

 相談に乗ってあげたくても、僕は何をしたら女の子が喜んだり好きになってくれるのかとか、さっぱりわからない。どうやったら好きになってくれるか、そしてその逆もわからない。女の子は本当に未知の生物だから、何を感じているのかとかわからないから。
 月並みな意見しかしてあげられない自分が歯痒い。

「お金持ちだから、欲しい物とかなさそうなんだよね。持ち物もいつも趣味がいいし……」
「そうか」


 僕だったら、ハリーから何かもらえたら、何でもきっと嬉しくて飛び上がってしまうだろうけど。
 でも趣味もあるから。贈り物っていうのも、なかなか選ぶのが大変そうだ。
 ハリーとか、あまり持ち物にこだわっていないようだから、きっと似合うと思うよ、と何かをプレゼントできるけれど……僕が今までに貰って嬉しかったものって何だろう。欲しいものは何でも手に入るから……わざわざプレゼントされたって、個人の趣味があるので、貰ってもそのままになっていたりするし。


「花とかなら、嫌いな子はいないんじゃないか?」
「ドラコは花好き? どんな花が好き?」
「僕は蘭かな。昨年の誕生日に東南アジアのある島にしかない蘭の鉢植えを父上の御友人から頂いたんだ。紫色でエキゾチックな香りで気に入っている」

 誕生日やクリスマスには、父上のお知り合いやマルフォイの分家筋の方々からたくさん贈り物を頂くけれど、ほとんど開けもせずにしまってしまったり、ハウスエルフに処理を任せるが、あの蘭は魔法界の物でもないのに、不思議な魅力があって気に入っている。あれは誰から頂いたものだっただろうか。

「さすがにそれは無理かなあ」
「すまない、僕はあまり花に詳しくないんだ」

 別にハリーから貰えるなら、その辺に咲いている雑草だってきっとすごく嬉しいけど。
 女の子はどんな花が好きなんだろう。定番でいうと薔薇だろうか? ただ薔薇もたくさんの種類があって、花言葉も色々な意味があって……勿論僕は知らない。


「それに、いきなり何のイベントでもないのに花を贈るのは仰々しいかもしれない」
「………そうだよね」

 ハリーが溜め息をついた。
 最近溜め息が多くないか?
 元気がないのだろうか。体調は悪くないようだし、今日もたくさん食べていたようだし、時間があったからグリフィンドールのクィディッチの練習を見学しに行く名目でハリーに放課後会いに行った時も絶好調だったし……他のグリフィンドールのチームメイトには睨まれたけれど……相変わらず友人達と走り回っているし、最近は成績だって少しずつ上がってきているようだし。
 どうしたんだろう。

 もしかしたら、彼女とうまくいっていないんじゃないか? だったら、嬉しいけど。

「普通に優しくしてあげればいいんじゃないか?」

 僕には、それが一番堪える。嫌な事があってハリーに愚痴をこぼしたりすると慰めてくれた時とか、ふとした時に髪を触られたりすると、涙が零れてしまいそうなほど嬉しくて、僕がハリーを好きな事を再認識してしまう。
 こっちは心臓止まりそうになってるって言うのに……。



「それはいつもしてるはずなんだけどなー…」



「……そうか」

 それはご馳走様だ、ちくしょう。
 心の中で毒づいた。
 僕以外に優しいハリーなんか見たくも聞きたくもない。仕方がないことなんだけど。
 僕に優しいのはハリーの性格で、ハリーが意識して優しくしているなら、相当甘やかせているんじゃないか?


「いまいちインパクトが弱いんだ。それに、なんかいい家で育ったみたいだから優しくされるの慣れてるのかなあ……」
「……そういうものか?」

 僕は、いちいち過剰に反応しすぎだと思うけど。
 それほど外側には出していないとは思うけど、本気で時間がが止まったりするから、気をつけないと。
 僕だってそれなりにいい家柄ではあるけど、優しくされるのに慣れるなんてないぞ。どうでもいい奴からの優しさは下心の裏返しだから気をつけなければならないし。

「それに、僕以外の誰かと仲良くしてると嫉妬して苛めたくなったりするんだよね」
「それは……危険思想だな」

 わからなくもないけど。
 ハリーが誰かと仲よさそうに喋ったりしていると、本当に口を開くのも億劫になるし、自分では普通にしているつもりでもゴイルやクラッブは決して話しかけてこようとはしないし……。
 僕は八つ当たりの対象がハリーじゃなくて他の奴にいくけど。
 ハリーが誰かと仲良くしてると、本当に機嫌が急降下するから。

「ドラコは?」

「え?」
「ドラコだったらどうして欲しい?」

 僕だったら?
 僕は、ハリーに何かされたら舞い上がってしまう。僕の意見は参考にならないと思うぞ。

 僕は、何が嬉しいだろう。

「僕は香水なんかが好きだけど、匂いの趣味は本当人それぞれだし……香水を贈るっていうのも、裏の意味は『お前の体臭が嫌いだ』っていう意味もあるって聞いたことがあるし」

 香水は、どんなに親しい人から貰っても、気に入らないとつけられないから。瓶が気に入って飾ることはあるけど……。
 ただ、ハリーから貰ったらその香りを身に着けていたら、ハリーに包まれているような感じになるのだろうかと、そんな事を少し思った。
 でも本当に香りに関しては難しいと思う。いい香りでも、似合う似合わないもあるし、万人受けするような香りでもやっぱり苦手という人もいるし……。


「だから、僕は……」

 僕は……。何もしないでもそのままでハリーが好きだから。
 何にもいらないから。




 そばにいてほしい。

 一緒にいてほしい。

 隣りで笑っていてほしい。




「僕なら、特に何もいらないな」

 欲しい物は何もないから。
 欲しいものは、一緒に過ごす時間、会った回数……とか、本当そんなもの。

「そう? 本当に何もいらないの?」
「いや、別に僕であってお前の好きな人の事じゃないぞ」
 慌てて言い繕う。
 女性によっては、貰ったプレゼントの個数や値段によって相手の愛情を測る人もいるようだし。


 これ以上聞かれたら、まずい事まで喋ってしまいそうだ。

 僕だけに笑って欲しいし、誰にも優しくしないで欲しいし、時々は触って欲しいし………それ以上だって。

 有り得ない事だけど。


 きっとハリーは僕がこう思っているなんて夢にも思わないんだろう。
 思われたって困るけど。
 まだ、嫌われたくないから。









「ドラコはいいね、好きな人がいなくて」







 何となくだけど、刺のある言い方。
 溜め息も一緒に。




 馬鹿にされているのだろうか。
 なんとなく剣呑な口調。




 僕だって。
 好きな人ぐらいいるさ。



 君が好きなんだ。

 そんな事は何があっても言えない。言いたいけど。言ったら後悔する事ぐらい明白だ。言ったら駄目だ。
 何度も言いかけたことはある。
 ハリーが好きだって言う気持ちがいっぱいになって、口から溢れてしまいそうになることは、よくある。


 だけど、言い方が少し癪に障った。


 僕なんかにはわからないだろうって。
 ハリーの気持ちは好きな人がいない僕なんかにはわからないだろうって、そういう意味が含まれていた気がする。


 ハリーが今一人で苦しい思いをしているなんて、きっと思ってるんじゃないだろうか。
 ハリーが誰かを好きで苦しくなっている時に、僕がへらへら笑っている……そう思われているんだろうか。


 何となくだけど。

 誰のせいで、僕が今こんな思いをしているかなんて、きっと何にもわかってないんだ。

 なんとなく、それがすごく悔しくて。









「僕にだって好きな人ぐらいいるさ」





 売り言葉に買い言葉のようなもの。
 口が滑ったとしか思えない。
 本当に迂闊だったとしか思えない。







「………何、それ」


 しばらくの間を置いてから、ポッターはようやく聞き取れるほど小さな声で言った。
 低い声。


「………僕に好きな人がいたらまずいのか」
「…………僕、そんなこと聞いてない」


 聞いたはずがない。
 だって今初めて口にしたんだから。
 誰にも言ったことがない、言えるはずがない。
 一生言うつもりなんかはなかったけど。これ以上は、どんな事があっても言えないけど。



「僕、聞いてない」
「ああ、今初めて言った」
「………誰?」



 すごく低い声だった。

 僕は、この声を聞いた事があった。僕はこの声を知っている。

 僕達がまだ仲が悪かった頃。
 本気でハリーを怒らせた時。
 僕もこの温度でハリーに喋っていたはずだ。

「ハリー……」
「誰?」


 ハリーの顔は、色が悪くて目付きも僕が凍りそうなくらい冷たくて。

 すごく、怖かった。


「誰かって聞いてるんだけど」


 言えるはずがないじゃないか。
 君のことが好きだなんて。

 もしこのまま二度と会えなくなっても、僕はハリーに僕のいい想い出しか残したくないから、絶対に言えない。嫌われたくなんてない。


 僕だけの秘密なんだ。


「ハリー……?」

 君が、好きなんだよ。

 僕は、怖くなった。
 今までみたいに、悪意以外の意味を持たない言葉しかやりとりがない元の関係に戻ってしまうのではないだろうか。

 こんなに大好きなんハリーに、嫌な事しか言えない前のような最低の関係。

 それは嫌だった。
 こんなに好きなのに、嫌いだと表現することしかできなくなるのは。


「なんで…………」

 ハリーが、苦しそうに顔を歪めた。



「ドラコは……誰が好きなの?」










 僕は君が好きだ。
 ハリーが、好きなんだ。








 それでも、せめてこれだけは言ったら駄目だ。

 僕は、答える代わりに下を向いた。




「もう、いい」




 ハリーの言葉はそれだけだった。


 それだけ言って、一度だけ僕の方を見て。



 僕は気持ちが溢れてしまいそうになって。


 口が彼の名前の形になる、その前に、ハリーは立ち上がってしまい。

「ハリー?」













 僕の声が聞こえなかったように、立ち去ってしまった。





 最後に僕に向けた視線は、すごく冷たかった。







0612