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「その女の子、何て言って告白してきたの?」

 しばらくして、ハリーが口を開いた。
 口調はいつもの明るい物に戻っていたから安心した。沈黙に少し耐えかねていたところだったから。僕が口を開く直前だった。ポッターからの話題でよかった。
 また、僕が彼女のことについて訊いてしまう所だった。
 ハリーが断ってくれたことは、もう終わったことなのだし、そんなことぐらいでいつまでも引きずりたくないから、僕達の中でそれは今すっきり昇華してしまったと思っても良いだろう。
 そんなつまらないことで、ハリーと一緒にいる時間を無駄にしたくない。
 もっといっぱい話したいことはあるんだ。
 たくさん話をして、部屋に持ち帰って、夜寝る前に布団の中で思い返す。そんな日課。つまらないように思えるかもしれないけど、そんなことをしているという同寮の生徒の話を聞いた時には馬鹿馬鹿しいと呆れ返ったものだが……やりたい、やりたくないの問題ではなく、気がついたらそうなっている。そして僕に何か不都合がなかったか、もっとよく思われるためにはどうするべきか、とかそんなことを反芻して、気がついたら眠っている。昼間少し口論になったりすると、そのまま夢見が悪いし、楽しかったりすると、夢の中までハリーが出てきてくれたりする。馬鹿馬鹿しいようだが、なかなか幸せだったりする。本当に馬鹿馬鹿すぎて誰にも言えない。



 それにしても、話題を変えるにしても、もう少しまともな話を選べなかったのだろうか。ハリーは優しいけれど、時々下手なところで気の使い方が間違っているような気がする。そんな所も微笑ましく思えてしまうあたり、僕は重病だ。

 律儀に答えを探している僕も僕だ。


「……考え事してた時の僕の横顔が好きだったんだってさ」

 確か、こんなようなことを言っていたような気がする。あまり正確には覚えていないけれど。
 告白されるだなんて褒められることと同じだから、そんなことを他人に暴露するの自慢をしているのと同じようで恥ずかしいけれど、かと言って嘘を考えるほどでもないし、言えないような物でもない。

 ただ、この場所が見える窓から、ハリーのことを考えていただけなんだけど。
 

「そうなんだ」

「何で、そんなことを訊くんだ?」
 
 こんなことじゃなくても、僕達はきっと一晩中話していても話題は尽きないはずだ。授業のこととか、教授の悪口とか、クィディッチのこととかいくらでも話はあるのに。
 こんなこと、もう話したくないのに。
 さっきのことを掘り返されるようで、あまり嬉しくない。

「いや、今まで女の子のことずっと断り続けていたのに、すぐに断らなかったのって、なんて言われたからかなーって。気になるじゃん。付き合う気もなかったみたいだしさ。確かに可愛い感じだったけど、あの子ドラコには似合わないし……」


 そう言うものなのか? 
 まあここのところにしては珍しく、すぐに断らなかったけれど。
 断れなかった理由に関しては彼女の方ではなく僕の心情の変化に起因するからだって、本当はそう言わなきゃいけなかったかもしれないけど……その理由を聞かれたりしたら、返答に困ってしまう。僕と、思いが重なったとか、そんなことは言えない。絶対言えない。

「ああ………なんだか、ちょっとな」

 適当に濁してみた。いや、濁してもいないかもしれないけど。
 ただ、この言い方ならもう喋りたくないって言っているのと同じだから、きっとこれ以上は訊いてこないだろう、たぶん。


「まあ、顔が好きだとか言われても、よくわからないけどな」

 顔が好きだといわれるのは、何度かあったけど。家柄上褒められ慣れているから、大して気にも留めない。それなりに外見は悪くないとも思ってはいるし……自画自賛だけど。
 まあ、ハリーからしてみれば僕なんてただの友人なのだから、僕の外見が良かろうと悪かろうと関係ないだろう。僕の顔がいい事で、彼に何の影響力もないから、僕も外見上の美醜に関してはどうでもいい。










「いや、わかるよ。僕だってドラコが窓際で物思いに耽っている時とか思わず綺麗だなあって見惚れることあるもん」












「…………」








 ……………。






 僕の頭の中に今のハリーの言葉がエコーがかかってリフレインされている。




 まずい。
 何か言わないと。




 僕の脳味噌はどこに行ってしまったんだろう。

 頭の中は空っぽで空洞になっていて、ただ、ハリーが言った台詞が何度も内部で頭蓋骨にぶつかって跳ね返っている感じだ。

「…………」
「ドラコ?」


 こんな時、僕は何と言えばいいんだ?
 僕もお前の事をカッコいいって思っていた?
 いや、違う。なにどさくさにまぎれて告白しようとしているんだ、僕は。
 すごく嬉しい、か?
 いやただのお世辞だったら、そんな仰々しく受け取るものでもないだろう。

 なんてことはない、いつも聞いているお世辞の一種だ。いつも聞くじゃないか。父上のお仕事の関係で連れられて行くパーティーとか……。綺麗ですね、麗しい、美形だ、聞き飽きているんだ。どうせ心にもないんだろうから。言われて嬉しいなんて感じるよりも、それに対してどうやって上手く返すかで僕の頭を使わなくてはならないから、面倒なんだ。
 
 例えば、知らない子からそう言われたとき、僕はどうしている? なんて言っている? 思い出せない。へえ、とか、そう、とか……。





 ………………………………。





「………………ありがとう」

 ようやく僕が思い付いた言葉は月並みな感謝だった。



 だけど!

 ありがとうと、大きな声で言いたい!
 ありがとう、母上! 僕は今ほど母上に似たこの女顔を好きだと思ったことなんてない。
 ありがとう、神様! 僕をこの顔に生まれさせてくれて。

 顔が熱い。体も熱い。




 ハリーが僕に見惚れてくれていただなんて。
 ハリーの事を考えて百面相をしていたことを見られたことは恥ずかしいけれど、ハリーが僕の顔綺麗だって思ってくれたんだ。

 今ほど、僕は自分の外見を気に入ったことはない。
 見惚れるってことは、僕のことを少しでも気に入ってくれているということだから。ありがとう。


「ドラコって、本当美人だよね。髪の毛とかさらさらだし、睫毛長いし」
「…………もう、いい」



 さすがにもうこれ以上褒められたら、僕が保たない。


 心臓に悪い。


 こんなのを続けていたら、僕は早死にしてしまうだろうから。




 ………実は、もっと聞きたかったけど。



「褒めるのは、お前の好きな子だけにしておけ」

 僕は、今機嫌がいいから、ハリーのどんな惚気話でも聞いてやろうという気分だ。ドンとこいだ。
 僕はいますこぶる上機嫌だから、ハリーがどんな不細工が好きでも、どんなパーフェクトな女の子が好きでも、誰でもきっと笑顔で嫌えると思う。好きにはなれないけど。

 僕は、本当に今気分がいい。

「恥ずかしいからそんなことは言うな。僕なんかにそんなことを言う暇があったら、好きな子を口説いたらどうだ?」

 気分がいいし、浮かれているし、いつもより血液の循環が早いから口も早く回って、僕は何を言っているのかわからないようなことを口走ってはいないだろうか。







 それから、僕達は他愛のないお喋りを少ししてから、寮に戻った。




 寮に戻っても僕は、地面から三センチ上を歩いているような気分だった。

 ゴイルやクラッブにも優しくしてしまうから、すごく変な目で見られた。
 気がつくと、口元が緩む。






 今日は、いつもより念入りに身体を洗い、いつもより長い時間鏡を見た。
















ヲトメ
0612