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 僕は先日僕のことが好きだと言ってくれた女の子をなんとか探し出して、きっぱりとした態度でお断りしようと思った。

「知ってました」

 彼女は、泣きも笑いもせず、ほとんど無表情で僕にそう言った。
 僕のことが好きだと言ってくれたから、僕にある程度の全面的に無責任な信頼を寄せてくれていると思ったのだけど、どちらかと言うと彼女の視線は蔑んだものだった。

「ハリー・ポッターに聞いたんです」

「ハリーに?」

 彼女の口から何故僕の好きな人の名前が出るのか、僕はわからなかった。ハリーのいない所でその名前が出ただけでもどきどきしてしまうのに……、ハリーの名前が出ると耳が五倍増しになってしまうぐらいには、彼の名前に反応するから、彼女の口からハリーの名前が出た時には心臓が止まるかと思った。何で彼女の口から彼の名前が出るんだろう。

 しかも聞いたとは、それは一体どういうことだろう。

「はい。貴方には好きな人がいてそれは私じゃないって言われました」

 ………ハリーが?


 僕の頭の中は恐慌状態になとていた。
 頭の中にハリケーンが来たようだ。
 頭の中がぐるぐるとしてしまって、ろくな返事が思い付かない。

「この前、あの人に会って……」

「…………」

 僕が断ってあげようか? そう提言してくれたのは覚えている。半分は冗談だと思っていた。もし僕が本気になって頼み込めばもしかしたら断ってくれたのかもしれないと、そうちらりと思ったこともあったけど。
 友人というのは、いちいちこんなことに借り出される物なのだろうか。いや、ないわけではないかもしれない。僕に告白するために何故だか二対一の体勢を取らされる場合もあるし……女の友情はよくわからない。それにクリスマスパーティーの誘う相手をゴイルが探している時に、手紙を書くことになって、僕が文面を考えたような気もするが……結局あの彼女とはどうなったのか僕は知らない。何かあれば報告もあっただろうけど……なかったということはそういうことなのだろうと勝手に思ってはいたが。

 いや、そうじゃなくて。

「好きな人がいるって本当ですか?」

 ハリーが?
 何で?

 なんで僕が好きな人がいることを知っているんだろう。言ったつもりもないし、気付かれたはずがない。
 僕もできる限り感情は押さえられたと思うし、ハリーだって気付いていた感じもない。家柄上、気持ちを外側に出さないようにするのは得意な方だ。父上のお仕事上のお知り合いなどには、父上の性格上敵が多いので、僕が子供ということで大層立派な扱いをされたことなども多々あるけれど、そんなことぐらいで父上に恥をかかせるわけにはいかないから、それなりに感情を押し込めるのはできる方だと思う。まあ、ホグワーツでは僕が媚びへつらうような対象は存在しないから、いちいちそんな無駄な努力をする必要性がないけれど。

 もし、ハリーが僕の気持ちに気付いていたのなら、僕と仲良くしてくれるはずがないのだから。絶対に気がついていたら、何かしらの亀裂が走っているはずだ。
 だから気付かれるているわけなんかない。

 大丈夫。

 落ち着け。


 僕は目の前にいる僕のことが好きだという女の子の前でパニックになりそうな心臓を、気付かれない程度の浅い深呼吸で治めた。

 大丈夫。
 ばれてるはずなんかない。

 きっと彼なりの嘘と言う方便だろう。

 ハリーは優しいから。ちゃんと早く断ってあげないと彼女が可哀相ってそう思ったんだろうか。
 彼女が可哀想だと思って、でも断る理由は適当に、とか、そういうことだろうか。


 きっと、そうだ。

 だから、大丈夫。


 僕は、少しだけ落ち着きを取り戻したと思い込んで、ちょっと笑った。
 寂しそうな笑顔、というのを作って見た。本当は、頭の中はぐちゃぐちゃでそれどころじゃないんだけど。ハリーがせっかく断ってくれたんだから、それに乗じない手はない。
 

 嘘じゃないし。

「ああ。僕には好きな人がいるから。だから、君を好きになれない」


 僕は、その彼が好きなんだよ。だから、他の人は目に入らないんだ。

 もともと大して同じ学年の男子が騒ぐほど恋人を作ることに対しての興味を持っていなかったけれど……まったく興味を持っていなかったけれど、僕が今まで誰のことも好きじゃなかったからだ。
 こんな風に誰かを想うなら、その人を独占して自分の物だって思うために恋人になりたいと思うんだ。

 僕はハリーが好きだから、だから、僕のものにならないなら、誰のものにもなって欲しくない。
 誰のことも触って欲しくないし、僕だけに触れて欲しい。誰とも仲良くしないで僕だけに笑って欲しい。そんな独占欲があるから、きっと恋人という契約を交わしたいのだと思う。





 それにしても、ハリーが僕に好きな人がいるって、知っているのか?
 僕の気持ちに気付いたはずがない。

 昨日だって、普通に話したんだし。今朝だって大広間で朝食の時間ポッターが僕に気がついて、お早うって言ってくれたし。


 気付かれたくない。






 まだ、せめて友達でいたい。



























「どうしたの?」
 いつもの場所で頭を抱えて、誰も話しかけるなってバリアを張るように下を向いていた僕の隣りに、いつもの気軽い動作でハリーが腰を下ろした。
 ハリーには、僕のバリアは効かない。


「ハリー……」

 それが本当にいつも通りだから。

 なんだか、安心した。
 良かった。
 気付かれたわけじゃないんだ。
 そう、気付かれない限りはこうしてハリーの隣で笑っていられるんだ。


 僕はまだ彼とこうしていられる。




「この前の娘に、さっき謝って来たんだ」

 下を向いたまま、それだけ言った。それで全てがわかると思う。

「……………」




 僕に内緒で彼女に断ってきたのだから、バツが悪いのか、ハリーは気まずそうに僕の視線から外れるように横を向いた。
 ハリーの視線を感じなくなったので、今度は逆に僕がハリーの観察をすると、彼は下を向いたり上を向いたり、赤くなったり青くなったりしていた。


 もしかしたら、僕が勝手なことをするなと怒ると思っているのだろうか。

「………ごめん」

 なんとか聞き取れた声は、絞り出すような物だった。
 わざわざ気を使ってくれたのに、怒ったりなんかしない。


「いや、ありがとう。僕がいつまでも返事をしないから、気を使ってくれたんだろう?」

 確かに僕に黙って、と言うところはあまり頂けないのかもしれないけれど、それで僕も助かったのは事実だし、彼女だって早く返事が欲しかったのだろうし。ずっと放っておいたから。



「…………」




 ハリーは、優しいから。
 誰にでも優しいから。だから僕も大好きなんだ。

 しばらく下を向いていたハリーだったけれど、ぐしゃぐしゃと自分の頭をかき混ぜてから、ハリーが僕に向き直る。

 ようやく僕を見てくれたことで、僕はなんだか嬉しくなる。


「ドラコ、僕が何でそんな勝手なことしたのかわかってる?」
「ああ。僕がいつまでも返事をしなくて、待っている彼女が可哀想だと思ったんだろう?」



「………ドラコ」


 さっきまで僕が怒ると思っていたからかハリーは若干挙動不審だったけど、今は少しだけ目が潤んでいる。

 僕が怒らなかったことがそんなに嬉しかったのだろうか。僕が怒ってもそれほど怖くないと思っていたのだが……。どうやら僕は常に機嫌の悪そうな顔をしているらしいから勘違いされやすいと聞いたことがある。どっちでもいいけど。逆にハリーはいつも笑顔の方が多いから、怒ると特にそのギャップが怖い。
 それに僕だって前のように大声で罵りあうようなことは、もう決してしたくない。もう立派な友情は築き上げていると思う。話し合えばなんだって許しあえるぐらいの理解の深い仲にはなっていると思う。いや、何でもというのは多少語弊があるかもしれないけれど、でも、それに近いぐらいの仲になっていると、少なくとも僕は思っている。
 まあ、僕の一方的な感情を考慮すると、ハリーのことはきっと何でも許してしまうのだろうけど。


「ドラコ、僕が言いたいのは……」

 ハリーが僕の片手をとって両手でぎゅって握った。
 暖かい手。
 僕が好きな暖かい手。
 僕のじゃないけど。

 謝らなくっても大丈夫なのに。それを伝えたくて、僕は精一杯の笑顔でハリーの次の台詞を待った。



 優しいハリーが大好きで、僕はハリーに笑顔でそれを伝えたいと思った。
 言う事なんかできないから。でも、時々喉まで出かかってしまう。伝えることぐらいも、できない。
 本当に好きなんだ。


 僕が君を好きだって、この笑顔で伝わればいいのに。

 でも、きっとただの好意的な笑顔にしか写らないだろう。それでいい。それで僕は満足だ。
 少しぐらいなら……僕が、こんなに強い感情を向けていることまではハリーがわからなくてもいい範囲だけれど、僕がハリーに対して好意的だって、そのくらいはわかって欲しい。









「…………何でもない」



 溜め息と一緒に、ハリーはその言葉を吐き出した。

 僕は謝って貰いたいわけじゃない。怒ったりなんてしない。


「ハリー、ありがとう」
「………」
「ハリーは本当に優しいな」


 ハリーが溜め息を吐いた。僕にわかるようにわざと大きく。
 僕は、本当に君に怒ったりなんて、きっとできない。

 ハリーは優しいから。

 誰にでも優しいから。

 本当は僕だけに優しくしてほしいけど。


 もう少し、僕はハリーの掌を感じていたかったけど、すぐに放されたから……僕はハリーに気付かれないように、ハリーに握ってもらったほうの手を握り締めた。
 まだ、何となく暖かい。


 ハリーが何も言わないから、僕も黙っていた。





 しばらく、風が吹いていた。














0612