11 今日は魔法史の筆記試験があったらしく、どんよりとした顔つきで今にも頭を抱えてぼさぼさの頭をさらにぐしゃぐしゃにしてしまいそうな陰鬱なオーラを振り撒いているハリーがいつも僕たちが座る中庭のベンチに座っていたから、僕もその隣りにすとんと腰を下ろす。 「試験、どうだった?」 「う〜」 こんな顔じゃ聞くまでもないんだろうけど。 「ポッターは本当に記憶するのとか苦手なんだな」 ポッターは、変身術や闇の防衛術とか実技の伴う授業に関しては呪文の発音とコツさえ掴めば誰よりも上手に魔法を扱えたし、魔法式を記憶せずに理論で覚えた場合に限りその単元に関してはほぼ文句の付け所がない点数を稼いでいたが、記憶を重点に置く教科……今日の筆記試験があった魔法史などに関しては壊滅的……破壊的な点数を更新している。覚えるのはあまり得意じゃないようだ。 そんないつものポッターに僕はつい苦笑してしまう。相変わらずだったから。 「………」 僕が苦笑をすると、ポッターは恨みがましい視線を僕に投げかけてきた。 「ポッター?」 なんだろう? 「ハリーって呼んでくれないの?」 じっとりとした恨みがましい目付きでうなだれた姿勢のまま、ポッ……ハリーが僕を見た。 「いや、……ハ……ハハリー、その……」 笑ってるんじゃあるまいし……。 呼び慣れないのもあるし、緊張するのもあって、口調がおかしくなってしまいそうだ。 「どうしてもファミリーネームの方がいいなら、ポッターでも別にいいけど。何となくハリーって呼ばれた方が仲良くなれた気がするって……」 「いや、ハリーがいい。ハリーと呼ばせてくれ」 せっかく、ファーストネームで呼び合えるような仲になったんだ。そう呼んでもいい仲になったんだ。 また戻すのは勿体ない気もするし、ハリーがファーストネームで呼んでもらいたいって言ってるんだから仕方ないし……そう思ってくれてるなんて嬉しいのだけど。 「そう?」 「ああ、まだ慣れていないだけだ。すぐに慣れるから」 すぐに慣れないと、僕の心臓が生きた心地がしない。今だってこんなに……。 すぐに慣れるつもりだ。 せっかくハリーって呼べるのに、こんな機会を逃したら勿体ないから。せっかく、一段深い仲になったのだから。ポッターはそのくらいのことかもしれないけれど、僕の中では一大事だ。 「あのさ、それよりもさ、ポ、君は……そのハ…ハリーはどうなんだ、最近。うまくいってるのか」 実際話題のすり替えは下手な方だ。 名前を呼ぶのも吃ってしまう。声も少しうわずっていたのではないだろうか。変に思われなかっただろうか。とりあえず、何でもいいから話題を変えないと……。 そんな僕を見て彼は軽く苦笑してくれただけだった。大丈夫、すぐに慣れるから。 「んー、うまくいってると思いたいんだけど……」 彼にしては、だいぶ自信なさげな声だった。 「ドラコはどう思う?」 僕を見て微笑んだ顔は僕が大好きな悪戯っぽい笑顔で、思わず赤面してしまったが。 どう思う? って訊かれても……。 僕じゃないんだし。 僕なら、うまく行っていないと思いたいけどさ。 できれば彼女に嫌われていてほしいけど。ポッターはいつまでも恋人なんて作らないで僕と一緒にいて欲しいと思ってはいるけれど。 でもポッター……ハリーなんだし。 男の僕だって好きになってしまったのだから。 ハリーに好かれて、断る女の子がいるなら会ってみたいくらいだ。 それに……未だに僕はハリーの好きな人が誰なのか知らないんだし。教えてくれる気配もない。そのうち教えるって言ったまま……教えてくれるって言ったから、僕は律儀に待っているというのに。 「……知らない」 「…………」 僕が、冷たい口調だったせいだろうか。 ハリーは、少しだけ溜め息を漏らした。 だって僕が知るはずないじゃないか。 僕が判断できるはずがない。 「第一、僕に君の好きな人を教えてもらったことなんかないじゃないか」 少し、言い方が冷たかったかなって思って慌てて言い繕う。 「気付かないかなあ?」 「……僕にお前の交遊関係を全て把握しろと?」 わかるわけがないじゃないか。 ハリーは僕と違って友達が多いし、人当たりがいいから誰とでもすぐ仲良くなるし……犬猿の仲だった僕とでさえ仲良くできるほど、いい奴なんだし。 この前なんて仲良さそうに話していたからてっきり僕の知らないハリーの友達かと思って聞いてみたら、知らない人だという事もあったし。 わかるわけないじゃないか。 唯一思い付いたのが………。 本当に可愛い娘だし、頭も性格もいいし、人気もある。僕がホグワーツ内で女性のランキングをつけるとしたら五本の指には入れてもいいかもしれない。……僕はそんな下世話なことはしないけど。 それにハリーも時々楽しそうに話しているのを何度か見た事があるから……。ポッターも楽しそうだったし本当に魅力的だと思う。彼女なら……それでも、やっぱり……まあどの女の子であっても僕に勝ち目……というよりも、僕自体はポッターの中では圏外に属しているから比べる必然性もないのだけれど…… でも……まあ、彼女なら……悔しいけど。 きっと、笑っていられる。 と、思わないこともない、気がする。もしかしたら。……どうだろう。 「……チョウ・チャンか?」 ハリーから特大の溜め息が漏れた。空気量にするときっと一息で風船が膨らむくらいのものだろう。ただ、その重量はかなりのものだったのでふわふわとしてくれそうにはないけれど。 溜息をついたということは……違うのだろうか。 別段照れた様子もない。 グレンジャーも違うらしいし。 本当にさっぱり思い当たらない。 ただ、否定はしていないから。 彼女なのだろうか。でも今の溜め息は、外れだって言っている気がした。当たってたら、こんな態度じゃないと思うのだが……。 それは僕の希望か? 彼女じゃ勝ち目なんかない。もともと比べる気なんかないし、勝つ予定なんかもないし、ハリーと両思いになれるなんて夢でしか見たことがない。夢でなら、僕とポッターは仲が良くて……今だって仲がいいけど、恋人同士で……その、抱き合ったり、……決して誰にも言えないけれど、キスをしたり………もう、夢の中では僕達の仲はそこまで進展している。 本当に誰にも言えないけど、僕だって人並みぐらいにそのくらいは夢を見たりしてるんだ。誰にも言うつもりはないから、そんなことで誰にも迷惑をかけることもないから、夢を見るぐらいは自由だろう。 「僕の大好きな人とうまくいってると思うんだけど、仲良くなる事はできたんだけど、相手に恋愛感情があるのかどうかさっぱりわからなくてさ」 ポッターは僕の質問をなかったことにして話を進めたから、やっぱり違うのか? 「ふうん」 相手がポッターを好きかどうかわからないなんて、ポッターがただ鈍感なだけじゃないのか? 僕にだってすごく優しいのだから、きっとその子の事を本当に大切にしているんだろうから。すごくよくわかる。 ハリーだったら、大丈夫だと思うから。 ハリーのことを好きにならない女の子なんてきっといない。 優しいし。 僕だってこんなに大好きなんだから。 でも、僕はまだハリーとこの関係を続けていたいから。 大好きな彼が、大好きな彼女と両想いになって、僕に紹介なんかしてくれたりしたら、僕は笑顔でいられる自信なんかないから。 その時を覚悟していないわけじゃないけど。 いつかは来るんだ、その時は。そんなのははじめっからわかっているんだ。もともとそれが目的で僕と仲良くなったんだから。 だけど、まだ。 まだ僕はハリーとこうやっていたいから。 「もう少し、様子を見たらどうだ?」 僕が本当の友人なら、背中を押してあげるのが一番友達らしいありかたなんだろうけど。 ハリーなら、どんな女の子だってきっとOKするだろうから。 大丈夫だよ、告白してみたら。そう言ってあげる事が友達ならできたんだろうけど。 僕は、本当はハリーの友達になりたいわけじゃないんだ。僕は、君が好きなんだ。 ただ、僕の願いは叶わないから、このままでいたいだけ。 「……そうかなあ」 「ああ。いつかきっとハリーの気持ちに気付いてくれるさ」 「……どうだろう」 ハリーの笑顔が寂しそうだった。 僕は、いつかはポッターが笑って、照れた顔をしながら僕に彼女を紹介してくれる、そんな日が来ることをハリーのためを思ってほんの少しだけ願って、それを全面に押し出してそれが全部だという嘘をついて、その日が来ないことを本当は誰よりも心底から願っている。 いつか……そんな日が来ることはもうわかりきっているのに。 でも、まだ、もう少し僕は君のそばにいていいですか? 君の隣で笑っていていいですか? 僕は………卑怯者だ。 0612 |