9 今日は雨だったから、ドラコの家に行った。 ドラコは、彼の家ではまるで目が見えるように生活している。 何がどの場所にあるのかを把握していたり、ドラコが物の名前を呼べばそれが飛んできたり、魔法でご飯ができていたり、掃除をしたり。目が見えないながらになかなか快適そうな生活を送っているらしい。 僕の家に誘ってみたが、慣れないところは嫌だと言って断られてしまった。 「昔、目が見えなくなるか、魔法が使えなくなるかどちらかの呪いをかけられることになって。何も知らないマグルに行くなら目が見えないのも同じ様な物だから、目が見えない方が何倍も有り難かったんだ」 最近になって、そんな事を話していたのを思い出す。 何で呪いをかけられることになったのかは、教えてもらわなかったけど。 知ってるけど。 僕が好きだと気持ちを伝えてからどれくらいだろう。 僕が、ドラコを好きだとドラコが知ってから、もうだいぶ経つ。 ドラコは、僕が触れるのを嫌がらなかった。 初めは髪の毛だけだったけれど、頬に触れるのも手を握るのも嫌がらなかった。 ドラコからは決して僕に触れようとはしないけれど、僕がただ触っている振りをして指先にキスをしたり、髪の一房にキスをするのは、何も嫌がらなかった。僕が触っているのかキスしているのかわかっているとは思うけど、でも彼は何も言わなかった。 嫌だと言わないから。 つい、期待してしまうんだ。 僕のこと、少しは好きになった? 「ねえドラコ、好きだよ」 「僕も好きな人いるぞ」 いつも通りの会話。 僕のことが嫌なら、突き放して。そう、頼んだことがあるけど、ドラコは笑いながら嫌じゃないって言ったんだ。 「ニコラスがどんなにかっこよくても僕の心は動かないよ」 だって見えないから、そう付け加えた。 かっこいいのかどうかは解らないけど、いつもきっと驚くよとしか言えない。 ドラコの目を見えるようにしたら、ドラコは僕を好きになってくれるだろうか。 いつでも治せるのに、僕を見た時にドラコがどんな風に想うだろう、最高の結果と最悪の結果が僕の中に二つある。最悪の方が僕にためらいを生じさせてしまうから、出来ない。 抱き締めても、唇以外にキスをしてもドラコは笑って僕を受け入れてくれた。 別に嫌じゃないって言った。だから、初めは遠慮がちだった僕の手がエスカレートするのにはあまり時間がかからなかった。あまりやりすぎるとくすぐったいと怒られるけど。 僕は、ドラコの優しさにつけこんでいるのだろうか。 僕のこと好きになってよ。 「誰が好きなの?」 ずっと訊きたかったけど訊けなかった質問。 誰だか判ったら、僕はその人のことを嫌いになりそうだったから。その人が誰だか判ったら、何しに行くか判らない。もし、許されるのであればきっと殺しに行ってしまいそうだ。 だから、訊けなかった。 でも、こうやってドラコに触れる事ができていると、気持ち以外ではその誰かよりも僕が勝っている気がしたから。僕と会っていない時にその誰かと会っているのかと思ってたけど、どうやらそんなこともないようで、ドラコはいつも一人でいたから。 誰だろう。 「ニコラスも知っている人だよ」 「……?」 僕とドラコの間に共通の知り合いなんかはいなかったはずだ。 ドラコは外で食事をしたりするのを極端に嫌がったから。 見えないことが不便だからだと言うけれど、グラスを倒してしまったりとかそういう事が嫌なのだろう。 二人でどこかに行ったのは箒で空を飛んだ時だけだし、それ以外では公園か、ドラコの家だけだ。 公園にいると、ドラコは小さな子供を相手にしていたりするが……さすがにその子達を考慮に入れる必要は無いだろう。 「わかんないよ」 その人に悪いなと思いながら、僕は椅子に座るドラコの頭に唇を落とした。 「ドラコはその人と付き合っているわけじゃないんだよね」 「そんなことは望んでいない。僕が一方的に好きなんだから」 「気持ちを伝えたらきっとその人も喜ぶと思うよ」 「有り得ないね」 ドラコの言い方は自嘲的でまるで吐き捨てるようだった。 なにが有り得ないなんだろう。 ドラコのことを大嫌いだった僕でさえドラコが大好きなんだ。 悪いけど僕は魔法界では英雄なんだ。女の子だって途切れたことはないし、こっちが選ぶ程度には不自由してなかったのに。 その僕が大丈夫って言っているのに、ドラコは自信がないらしい。 「まあ僕は、ドラコが僕のモノにならないなら、誰のモノにもならない方が嬉しいんだけど」 「………」 「好きだよ」 「悪いが、僕の気持ちは動かない」 「うん。そばにていい?」 赤くなって俯く。 だから、僕は後ろから柔らかく抱き締めた。 やっぱり、僕は卑怯なんだろう。 ドラコは僕のことを好きではないけれど、ドラコの想いが叶わないうちは、少しでいいから触れていたいと思う。応援している振りをしながら、どうにかして邪魔しようと思っている。 抱き締めていて、おかしいけれど、僕はもっと君に触れたいんだ。 ドラコの髪の毛に顔を埋めた。 けれども、そんな僕の葛藤には全然気付かないようにドラコは雑誌に夢中だった。 さっきからドラコは膝の上にクィディッチの雑誌を広げて指で写真を触っている。 僕の写真が写っていた。 いつもは記事を指でなぞっているけれど。 いつの試合のモノなのか、僕の写真は飛んでいる僕で、こっちを向いていないけれど。 ドラコの指が僕をなぞる。 写真が見えるわけでは無いけれど、魔法で何かを読み取って居るのだろう。そこに僕が写っている事を分かっているから。 細い白い指先。 僕の写真を触るドラコの手は、まるで僕がドラコに触る時のように優しく平面の僕に触れていた。 写真の僕に触れる手は、愛しそうで。 ぞくり、とした。 写真なのに。 ここに僕がいるのに。 「もしかして、ドラコの好きな人ってハリー?」 冗談のつもりだったけれど、ある種の確信があった。 さっき、僕に触っていたから。 僕がドラコに触るように、そっと。 ドラコは、小さく頷いた。 0611 |